家計簿
リアル系ホラー。
ダイヤの宝石が欲しくなったので、夫に黙ってへそくりを貯めることにした。
家計が如何に逼迫しているかを夫に伝えたところ、あっさりと節約に取り組んでくれた。
趣味の釣りもゴルフも控えめとなり、毎日の小遣いも言った分だけ減らしてくれた。
私の方も、節約の正当性を示すために嘘の家計簿をつけ始め、これ見よがしに夫に見せつける。
「ああ、これだけ切り詰めても赤字寸前だなんて、一体何が原因なのかしら」
「僕の稼ぎが足りないからなのかな」
夫は気付いていないようだ。まあ、今まで仕事一筋に生きてきたのだから、家計のことなど知る由もないだろうけれど。
もう少し頑張って働いてみるよ、と言った夫の顔が、少しくすんで見えた。
半年近くが経ち、ダイヤまであと一歩というところまでお金が貯まった。
本来ならば心が弾むはずだったのだが、最近、そうもいかなくなっている。
夫が気になって仕方がない。
私と話す時に常に笑顔を見せるようになった。
今までしたこともなかった家事を手伝うようになった。
頼んでもいないのに、マッサージをするようになった。
最近では、休日になるたびに、節約したお金を絞り出してデートに誘うようになった。
言ったら悪いのかもしれないが、以前の夫はこんなに愛想良くなかった。
朝は新聞で顔を隠し、夜遅くに帰ってきて、夕飯を俯きながら食べて、寝る。
正直な話、半年前の夫の顔を思い出せる自信はない。
嫌な予感がする。
女の勘というものが、大変な事態が起こっていると叫んでいる。
そろりそろりと、夫の書斎へ足を踏み入れる。
本棚には釣りやゴルフの本、仕事絡みと思われる資料が並べられている。
特に変わった本などは、見当たらない。
やはり気のせいだろうか、と何気なく俯いた時、あるものが目に入った。
机の引き出しから、行きつけのスーパーのレシートがはみ出ている。
恐る恐る、その机の引き出しを開くと、中に夥しい量のレシートが入っていた。
レシートの中央に、「かけいぼ」と書かれた大学ノートが一冊置かれている。
このノートを開けてはいけない。
だが、開けてみなければ、この不快感の正体を知ることはできない。
悩んだ末、震えが止まらない手で、ゆっくりとノートを読み進めていく。
そこには、私がへそくりを貯めた日付と金額、隠し場所まで事細かに書かれていた。
そして、最後のページを見て、私は絶句した。
「見ていると思ったよ。捺印をよろしくね」
片方に印鑑と名前が入った、離婚届だった。