対決前夜
週末の試験まで四日間、普段の生活の様々な行動も人形操作のスキルでおこない、戦闘訓練で戦い続けたレンカは、驚くほど強く早く鋭い動きが出来るようになった。
レベルも1から5に上がり、素のステータスもFからEに上がった。
魔法は相変わらず一つも無いが、スキルの人形操作が人形操作+に成長している。
実技試験前日の夜、俺とレンカは随分と綺麗になった倉庫小屋のベッドで寝転んでいた。
「先生……起きていますか?」
シーツ一枚で仕切られた壁の向こうからレンカの声が漏れ聞こえてくる。
「起きてるよ」
「……明日実技試験ですね」
「あぁ、そうだな」
「私……明日勝ちます。絶対に勝ちます」
「うん、レンカは強くなったよ。だから、自分を信じるんだ」
「あの!」
シーツの仕切りからレンカが俺の側に入ってくる。
パジャマ姿のレンカが俺の前に立つと、裾をギュッと掴んで何か言い出そうとしていた。
「先生に嘘をつく弟子はダメな弟子……でしたよね?」
「あー、うん。どうした? 調子悪いのか?」
「私……。私はまだ……私の力を信じられないんです」
恐らくこの告白はレンカの紛れもない本心なのだろう。
「レンカ……そんなことは――」
「だから、先生を信じさせて下さい……。先生は私を信じて下さい……。そうすれば私は先生の信じる私を信じられます……」
俺はベッドから立ち上がると、レンカの頭の上に手を乗せて優しく撫でた。
「私の動きは先生ならどうするかな? って思って動いています……。私の最強の姿は先生だから――」
元々の俺は別にそんなすごい人間でも、前向きな人間でも無かった。
どちらかと言えば、レンカと同じ気弱な人間だったと思う。
でも、だからこそ、今のレンカの気持ちが分かる。
そして、俺は人形使いだ。俺は自分の想像する一番カッコイイ自分になる。
「レンカ、俺はレンカの才能を信じてる。レンカの心の強さを信じてる。それと、それ以上にレンカの努力を一番信じてる。今は自分で自分のことを信じられなくても良い。でも、これだけは覚えておけ。お前の先生は、レンカが明日シエラに勝つって信じてる」
俺はシエラのことを何も知らないから、勝てるかどうかは分からない。
でも、勝てるとは信じられる。
俺はレンカの先生で、レンカが頑張って戦いを覚えようとしているのを見たのだから。
「レンカはもっと強くなれる。だから、胸を張って、前を見ろ」
「先生……」
「レンカ、俺の言葉を証明してくれ。あの夜、かき消された俺の勝利をレンカが取り戻すんだ。それはレンカにしか出来ないよ」
「はいっ!」
いつもの元気の良い返事が戻ってきた。
大分調子が戻ったみたいだな。
でも、レンカも緊張するんだなぁ。
シエラに喧嘩売ったと狼狽えていたレンカが、勝ちたいから緊張したのか。
ゴルドンさんじゃないけど、レンカに心の筋肉がついたのかな。
「あの……緊張して眠れないので、……今日は先生と一緒に眠っても良いですか?」
「っ!? いや、俺男だよ!? レンカ、自分が年頃の女の子だって分かってる!?」
「わ、分かってます。でも、先生なら別にいいかな――って違う。先生はお父さんみたいだから、ちょっと安心して眠れそうで……。ダメ……ですか?」
そんな不安そうな顔して言われて、断れる訳がないだろう。
全く……仕方の無い弟子だなぁ。
「今日だけだからな」
「ありがとうございますっ! お邪魔します!」
レンカがあっさりと木のベッドを片手で運んで、俺のベッドの横に並べる。
普通は女の子が片手で運べる重さではないのだが、人形操作+になったおかげか、持っているモノも一緒に動かせるようになった。
だから、持ち上げているというよりも、吊して動かしている感じだ。
「先生は強くて、優しくて、私の憧れです。私のステータスを見てもちゃんと向き合ってくれて、真面目に訓練してくれた初めての先生でした」
「俺も失敗作みたいな扱い受けてたしなぁ……」
そう言えば、俺って元の世界でも就活失敗続きだったっけ。
ある意味、異世界に来ても失敗続きか。
「みなさんが先生をバカにするのはおかしいです。こんなに強いのに」
「まぁ、何というか第一印象で決まるからなぁ。……引きこもってた期間を見ただけで、就活はマイナスされるんだから」
「えっと、就活とはなんでしょうか?」
「あぁ、ごめん。何でも無い。この世界だとステータス鑑定で全て決まるみたいに、俺達の世界でも、紙切れ一枚で人間の印象が決まるって話しだよ」
それに、出来れば思い出したくない。
でも、レンカは笑っていた。
「なら、きっと私は幸せです」
「え?」
「私は先生に出会えて、やっと自分のことが分かりました。だから、えっと、その……なんていうのかな?」
ベッドの中でレンカがもじもじしている。
「えっと、きっと、多分ですけど、どれだけダメな自分でも、自分を見てくれる人ってどこかにいるんだなって思いました! 今までいなかったけど、私は先生が来てくれました。だから、きっと幸せなんです!」
全く、このバカ弟子は小生意気なことを言いやがって。ちょっとうるっと来たじゃねぇか。嫌だとか恥ずかしいとか言っても、頭撫でてやる。
「レンカ」
「はい?」
「俺もレンカが弟子で良かったよ。だから、明日に備えて今日は早く寝るんだ。ダメな弟子はどんな弟子か、ちゃんと覚えてるだろ?」
「はい。体調管理の出来ない弟子ですよね。おやすみなさい。先生」
「あぁ、おやすみ」
レンカが目を閉じ、穏やかな寝息に変わるまで、俺はずっと彼女の頭に手を乗せ続けた。
がんばれよ。レンカ。