レンカ覚醒
来る週末のシエラとの戦いに向けて、俺はレンカに新しい修行をつけていた。
様々な動きを人形操作のスキルで対応出来るようにするために、倉庫小屋のリフォームをおこなうように命じたのだ。
「師匠、こんなので本当に強くなれるんですか? これじゃぁ、ただの大工さんですよ?」
樹の板を切り出したり、ハンマーで釘を打ったりして、やっていること自体は確かに大工になるための練習だ。
そんな作業をしているレンカを俺は少し離れて見ていた。
「いやー、昨日の夜すきま風で結構寒くてさ。塞いでくれないと今夜辛いなーって」
「うぅっ、先生がそう言うのなら仕方無いですが、私は剣の指導をして欲しいのにー。しかも何でスカートなんですか? 動きにくいですよぉ……」
「だから、これが人形使いの修行なんだよ」
「え?」
俺の回答が意外だったのか、レンカが手を止めてこっちに振り返った。
頃合いかな?
俺は立ち上がってレンカの側に行くと、彼女が樹の板を打ち付けた壁を見つめる振りをした。
「先生?」
そして、レンカが俺に問いかけた瞬間に、俺は彼女に足払いをしかけた。
「きゃっ!?」
あっさりと尻餅をついてしまったレンカが、お尻をさすりながら俺を見上げてくる。
着替えるときは部屋の外にいたから分からなかったけど、そうか。白か。
「先生、何するんですか!?」
「だから、これが今のレンカの弱点」
別にパンツが見たくてやったんじゃない。
「え?」
「予想外の攻撃を受けたり、自分の攻撃が外れると自分の操作が散漫になって、今みたいに転ぶ」
昨日の剣の打ち合いで怪我したのも、レンカが攻撃を外したり、俺が回避するために投げた時に転んですりむいて出来た怪我だ。
攻撃の意識が途切れない状態、いわゆる残心が出来ていない。
そして、いくらイメージをしても、相手の咄嗟の行動で動きを変えないと、こちらがやられる。
身体の操作ができるようになったレンカにとって、次のステップは咄嗟の反応が出来るようになることだった。
「あ……、そういえば、私攻撃が外れると、ダメだーって思って、その次を考えたことがありませんでした……」
「そういうこと。だから、今のレンカに大事なのは色々なイメージをして、自在に身体を動かしながら、突然の変化に対応出来るよう反射力を上げること」
「だから大工仕事だったんですね」
「そうそう。ハンマーで釘を刺すのは繊細で思い切った制御が出来るように、木を切り出すのはイメージを真っ直ぐ出したり、曲げたり色々な出し方が出来るように。そして、常にやることが微妙に変わるから、連続でイメージを作る練習だな」
「すごいですね先生。こんな修行方法全く思いつきませんでした。でも、なんでスカートなんですか?」
「動きにくい服装でも自在に動かせれば、どんな装備をしていても、対応出来るからな」
「なるほど。そこまで考えていませんでした。この姿にも意味があったのですね。さすが先生です!」
納得したように手を叩いたレンカが、尊敬の眼差しで俺を見上げてくる。
この目をした子をさらに虐めるのは申し訳ないが、これもレンカを強くするためなのだから仕方無い。
座っているレンカに手を差しのばすと、レンカが俺の手をしっかり握った。
「ほら、続きをやるぞ」
「はいっ!」
気合いの入ったレンカの返事とともにレンカが立ち上がった瞬間、俺は突然彼女の手を放して、もう一度足払いした。
「きゃっ!?」
今度も綺麗にお尻から草の上に転んだ。スカートもど派手にめくれて、純白のパンツがよく見えた。
それぐらい勢いよくひっくり返ったレンカは、涙目でこちらを見上げてきている。
「あー……レンカ大丈夫か?」
「うぅっ! もう引っかかりません! 自分で立ちますっ!」
もう一度手を差し伸べたら断られた。
まぁ、さすがに二度も三度も引っかかるアホの子ではないか。
でも、さすがにちょっとご機嫌ナナメみたいだなぁ。
釘を打つ手の勢いがより早く、より強くなっている。
ん? って早くなってる!? しかも、精度は落ちてない! 嘘だろ? 俺の思った以上に飲み込みが早い。もう普通に工具を使うよりも素早く仕事をこなし始めている。
始めてから三十分くらいしか経ってないぞ?
次の段階を試してみるか。どこかにちょうど良い物転がってないかな?
お、こんなところにドングリみたいな木の実が転がっている。
「おーい、レンカ」
「はい?」
声をかけてレンカが振り返った瞬間、俺は落ちていた木の実をレンカに向かって投げつけた。
「きゃっ!?」
レンカの短い悲鳴が返ってくるが、俺はその瞬間を見逃さなかった。
レンカの奴、奇襲で投げた木の実を避けずに、掴みやがった。
「今度は何ですか!?」
「手、開いて見ろ」
「え? あぁ、トルトルの木の実ですね。焼いて食べると美味しいんですよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
まさか自分がしたことを気付いていないのか?
小さな木の実による奇襲を避けたんじゃなくて、止めたんだぞ?
精密さとスピードが無ければ出来ない芸当をあっさりやってのけたんだぞ?
「自分が何したか覚えてない?」
「え? 何でしょう? とりあえず、板は打ち終えましたけど」
きょとんとした顔のレンカの前に立つと、何を言われているのか分からないのか、レンカは戸惑ったように視線を泳がせていた。
「お前結構すごいことしたんだけどな」
「え? そうなんですか?」
「うん。レンカがさっき捕った木の実な――」
真っ直ぐ俺の目を見る真剣な目をしたレンカの足下を、俺は説明の途中でまた払った。
「きゃっ!?」
またも目の前に白いパンツが見えて、そのままひっくり返るかと思ったら、レンカは地面に手をついて、その手をバネに後ろへ飛んで受け身をとる。
「もう! 先生! 真面目に聞いてるのに! 意地悪です!」
「おいおい……マジカヨ……」
三回目だぞ? たったの三回でここまで上達するのかこの子は!?
「先生私の話聞いてますか?」
「レンカ、もう一度聞くぞ。お前今自分が何やったか分かってるか?」
「え? あれ? そういえば、お尻が痛くない」
ったく、こいつを落ちこぼれ扱いしたバカはどこのどいつだ……。
「さっきの木の実は完全な奇襲だった。でも、お前は避けるのでもなく、つかみ取った。んで、完全に意識外からの足払いにも、レンカは態勢を自力で立て直した。突然の出来事にも対応出来るようになってる」
「あ……あぁぁぁ!? 言われてみれば本当です!? 魔物相手とかで必死な時みたいに身体が勝手に動いてました!」
気付いてなかったのかこの天然娘は!?
これなら誰もレンカの強さに気付かないのも納得だ……。
となると、さっきのはまぐれか? もう一度試してみるか。
俺は試しに驚くレンカに向けて、ポケットから木の実を取り出すやいなや、親指で弾いてレンカに向けて飛ばした。
だが、それもあっさり捕られた。
「っ!? あ、ちゃんと自分の意思で掴めました……。出来ました先生!」
「レンカ、大工は中止。剣を握れ。思った以上に基礎練習が早く終わった」
「はいっ!」
咄嗟の動きが出来るようになるまで、二日はかかると思っていた。
それが一時間もかからないうちに、レンカは反射を身につけた。
俺はこいつの評価を変えないといけない。
見えるステータスは確かに最低のFランクかも知れないけど、レンカの成長速度は間違い無くS級だ。
今までレンカを教えられる人間がいなかったせいで、レンカは落ちこぼれ扱いされていた。
何が落ちこぼレンカだ。メチャクチャ強くなるぞ。
この修行を終えた後、鑑定虫眼鏡を使うのが楽しみだ。
そう思っていたら、レンカが剣を握り真っ直ぐ俺に向けて構えてきた。
俺の予想通りなら、昨日のままのレンカだと思って油断すると不味い。
「来い。レンカ!」
「はい!」
まずは小手調べ。
一瞬で五メートルくらいは詰めてくる跳躍力に陰りは出ていない。
思い切りの良さは満点だ。
「はあああああ!」
振り下ろす剣の速度も格段に上がった。紙一重に避けるのも少し難しくなった。
「まだです! 逃しません!」
そして、一度外しても連続攻撃で逃そうとしない強い意志を感じる。
でも、問題はここからだ。
「甘い!」
「あっ!? しまっ――」
俺はレンカの剣を弾くと、すかさずがら空きになった彼女の身体に手をつけて、突き飛ばした。
「うわっ!? まだまだぁ!」
昨日までのレンカなら、「うわっ」と悲鳴を上げた頃には転げ回っていた。
それが、今では踏ん張った上にすぐに剣を構え直して、突っ込んでくる。
間違い無い。レンカは強くなった。
どこまで強くなったのか、試したい。
もっとこいつの底に眠る力を引き出して、どんな動きを見せてくれるのか見てみたい。
そんな好奇心に突き動かされ、俺は突っ込んで来たレンカの剣を受け止めながら問いかけた。
「レンカ、ちょっと乱暴にしても良いか?」
「はい! 先生になら乱暴にされても構いません! 私に先生のを全部下さい!」
「分かった。なら、全部受け止めろよ」
攻守逆転の時間だ。
レンカの剣を弾き、懐に飛び込んでレンカを掴んで投げ飛ばす。
そして、宙に浮いたレンカに向けて、剣を投げた。
「っ!? 見えっ……ました!」
空中で態勢を立て直したレンカが、何と宙に浮いたまま俺の投擲した剣を掴んだ。
しかも、身体を反らして避けた上に、剣の柄の部分をしっかり掴んでいる。
着地したレンカは息を切らせながらも、誇らしげな表情でこっちを向いている。
本物の刃のついた剣でも、同じ事が出来る。そう言わんばかりのレンカの動きに、俺は心が高鳴った。
「すげぇ! 漫画の主人公みたいだ! でも、打ち合いはまだ終わってない! 行くぞ!」
「はっ、はい!」
俺が徒手空拳でレンカの前に飛び込むと、レンカは待っていたと言わんばかりに剣を振った。
だが、俺はレンカの剣が届く範囲外ギリギリで身体を止めて、横に大きく跳躍してそれを回避する。
その回避をレンカに目で追われた瞬間、俺は反対側へと切り返して、さらにレンカに接近した。
「先生が消えた!?」
「返して貰うぜ!」
俺はレンカの握っていた剣の柄を下から蹴り上げ、宙に浮いた剣を奪い返した。
「きゃっ!? 危なかった……」
奪い返した勢いで剣を振り下ろしたが、レンカは俺の剣を紙一重で避けて、地面を蹴って大きく後退して逃げる。
攻撃を食らった立て直しも、回避も、退避も出来るようになった。
なら、次は敵の追い詰め方だ。
「良いかレンカ。人間の視野は左右に百二十度程度、上下には合わせて百三十度しかない。視線を誘導すれば見えない死角が生まれる。その死角に俺達は一歩で飛び込むスピードがある。それを活かすんだ」
「さっきの先生みたいにですか?」
「あぁ、そうだ」
「分かりました。やってみます!」
こうして俺とレンカは実戦形式の訓練を続け、剣術試験に向けて腕を磨き続けた。