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師匠同士の和解と弟子同士の因縁

「よいよい。先ほどの戦いで、我が輩とお主は既に筋肉の仲だ」

「……あ、ありがとう?」


 どんな仲だよ!? とはゴルドンの暑苦しい笑顔の前では言えなかった。

 それにレンカも何だか嬉しそうにこっち見て来てるし、変なことは言えないんだよな。


 そんな微妙な握手をしていると、突然誰かによって俺達の手は無理矢理離された。


「ゴルドンの旦那! 何へらへらしてるんすか! それにレンカ! あたいの指導官に色目を使うな!」


 赤い髪をツインテールにした気の強そうな女の子が、ゴルドンを引っ張った。


 旦那という呼び方と指導官と言っていることからすると、試合中にゴルドンを応援していた子だろうか?


「シエラ。男と男の勝負はな。勝っても負けても互いの健闘をたたえ合うもんだ」


 あぁ、やっぱりそうか。この子がゴルドンの指導生のシエラか。


「人形使い! お前も一度勝ったくらいで、旦那に勝ったと思うなよ! 旦那の本領は武器を持ってからだ!」

「あぁ、うん、分かってるよ。あの筋肉ならどんな重い武器でも振り回せるだろうな。ハンマーとか似合いそうだ。当たったら即死しかねんから、素手で助かったよ」


 素手でも十分化け物だったが、破壊王というには少し物足りない。

 ゴルドンも伝説の勇者なら、伝説の武器くらい持っているだろう。


「さすが宗一殿だ。やれやれ、その心の筋肉の強さを、少しでもシエラに分けて欲しいですよ。お主は実に素晴らしい指導官になれる」

「旦那!? こんな筋肉のないヒョロヒョロな男を見習えとはなんたる屈辱! いくらゴルドンの旦那でも、それは耐えられません!」


「シエラ! 歯ぁ食いしばれ! この大馬鹿モノがぁぁぁぁぁっ!」

「ぐはぁっ!?」


 うぉっ!? ゴルドンがシエラをぶん殴って吹っ飛ばしたぞ!?

 空中を二回転くらいしてるぞ!? 生きてるのかあれ!?


「だ、旦那!? 何しやがる!?」


 シエラがぶたれた頬を押さえながら立ち上がると、ゴルドンがシエラの胸ぐらを両手で掴み、彼女の身体を持ち上げた。


「勝負にケチをつけるのは筋肉の足りない愚か者がやることだ! 武器が無くて負けた? てめぇは俺の筋肉という武器をバカにする気か!? 相手が玩具の剣しか持っていない中で、俺だけ武器を使って勝つのが強い男の勝ち方か!? 答えろシエラ!」

「い、いえ、そんなことは決してありません!」


「負けた理由は筋肉が足りなかったからだ! 負ければ次勝てるように鍛えれば良い! それでも足りないのなら、さらに強くなれ! 敵が武器を使い、己が何も使えないという戦いなど、いくらでも起こりうる! その時にお前は言い訳する気か!? 武器が無いからと戦いから逃れるつもりか!? そうなのか!?」

「いえ! しません!」


「良いか! 負けた理由を他人や道具に押しつけている限り、お前の心の筋肉は弱いままだ! てめぇは強くなりたいのかシエラァァ!」

「はいっ! ゴルドンの旦那! あたいは強くなりたいですっ!」


「よかろう! ならば、誠心誠意、己の全てを賭けて、先ほどの無礼を謝れぃ! それがお前の心の筋肉を鍛える第一歩だ!」

「はいっ! 旦那ぁ!」


 ゴルドンがシエラを怒鳴り終え手を離すと、シエラは俺に向かって滑り込むようにひれ伏した。

 俺は異世界で生まれて初めてフライング土下座を見るなんて、考えても無かった。すごい身体能力の無駄遣いだ。


「大変失礼いたしました! 宗一の旦那! このシエラ! ゴルドンの旦那のおかげで目が覚めました! 先ほどのご無礼をどうかお許し下さい!」

「い、いや、そんな気にしなくても大丈夫だよ。俺は気にしてないから」


 というか、恥ずかしいんで止めてくれないかな!?

 何か俺が虐めているみたいになってるし!


「何と心の広い……。これが心の筋肉……。な、なるほど。ゴルドンの旦那が一目置くわけですね! 宗一の旦那と呼ばせてください! お願いします!」


 なんなんだろうこの師弟関係……。


 何かすげー暑苦しくて、周りの気温が上がっている気がするよ。

 ゴルドンも腕を組んでうんうんと頷いていないで、この弟子の暴走を止めろよ。


 というか、気付いたら周りの候補生も指導官もいなくなってるよ。

 完全に取り残された……。


「シエラ、お前にも分かったようだな! 心の筋肉って奴が!」

「はい! ゴルドンの旦那! 宗一の旦那の心の広さと強さに触れて分かりました!」


 ゴルドンが乱暴にシエラの背中を叩いて、シエラの成長を褒め称えている。

 師弟揃って脳みそまで筋肉で出来ている上に、通じ合っている辺り、筋肉の力怖い。


 筋肉の付け方を教えてやるとか言ってたけど、訓練を手伝って貰ったら、レンカもこんなノリに染まってしまうのだろうか……。ちょっとそれは困るなぁ。


 レンカが俺を見る度に、先生! 筋肉をつけましょう! とマッスルポーズを取って近づいて来られたら、どうしよう……。


 ゴルドンの筋トレは連れて行かない方が良いかなぁ……。


「なら、宗一殿の弟子にも謝ってやれ」

「それだけは出来ません!」


「何故だ!?」


 ゴルドンですらも驚いた。俺もちょっと意外だった。

 いくらレンカがいじめの対象にあっているからって、師匠の命令でも謝れないのか。


 確かにいじめられっ子を助ける人もいじめられるって言うもんなぁ。

 どこの世界に行ってもそれは同じなのか。


「今週末の試験であたいと勝負するからです! 勝負する前から負ける訳にはいきません! あたいは誰が相手だろうと勝ちたいのです!」

「それはてめぇの本心かシエラ? くだらない理由ならもう一度活を入れるぞ!?」


「はい! あたいは旦那の全てを学び強くなります! その時間を他の連中に奪われたくありません!」

「ふぅ、やれやれ、心の筋肉がまだ足りないようだな。だが、その負けん気は認めてやろう。すまんなレンカの嬢ちゃん」


 ゴルドンがポリポリと頭をかいて諦めたようにため息をつく。

 俺も疑ったのはちょっと悪かったかもしれない。


 弟子の方も随分と真っ直ぐなお嬢さんだった。

 やる気と負けん気の強さで言えば、俺のレンカと変わらないくらい強いんじゃないだろうか。


「シエラちゃん、私はもう落ちこぼレンカじゃないよ」

「レンカ?」


 あ、レンカの奴、これ完全にやる気スイッチ入った顔してる。

 シエラの負けん気に当てられたか。


「階級五位のあたいと本気でやり合うつもりなんだね? レンカ」

「先生が教えてくれたから、人形使いだって戦えるってことを。だから、今度は私が先生の正しさを証明する番。私も強くなれるって言葉を現実にするんだ」


「手加減はしないよ?」

「……うん。私はもう自分の弱さから逃げない」


 躊躇いながらも頷いたレンカに、シエラはニヤリと頬の端を吊り上げた。


「レンカ、あんたのその喧嘩買ってやるよ。ゴルドンの旦那! 今からあたいに稽古をつけてください!」

「ったく、仕方ねぇな! 宗一殿、互いに頑張るとしましょうや! お主の所のレンカの嬢ちゃんも良い心の筋肉を持っているから、きっと良い勝負が出来る! さらばだ!」


 あ、行ってしまった。

 やれやれ、一瞬でもシエラがいじめっ子にいじめられないように、って考えてしまったのは間違いだったな。


 単純に誰よりも強くなりたい一心で、他のことはどうでもよさそうな子だ。


 だからこそ、きっと強い。あの子を倒すのは多分簡単じゃないな。

 でも、そんな子に啖呵を切ったレンカも、これからいくらでも伸びて、十分に戦えるはずだ。


「せ……先生、私とんでもないこと言っちゃった!? どうしよう!?」


 どうしよう。うちのレンカはもうこの時点でシエラに負けていた……。


「いやいや、あんな格好良く決めたのは何だったんだ!?」

「あ、あれは私が自分自身にこうなったら良いなって思ったことで、シエラちゃん相手に勝ちたいとかそういうのじゃなくて……。えと、えっと!? あわわ!? 階級五位のシエラちゃんに喧嘩売っちゃったよ!?」


 やれやれ、こっちも前途多難だな。というか、敬語じゃなくて、この年相応の女の子っぽい喋り方が素なのか。


 でも、レンカの中に間違い無く覚悟は眠っている。その気持ちさえあれば、勝つ方法はいくらでもある。


「レンカ!」

「は、はいっ!?」


 俺は一人でパニクっていたレンカの頭に手を乗せ、ぽんぽんと叩いて落ち着かせてやった。

 後はレンカが自分で気付く番だ。


「レンカの言葉、嬉しかった」

「え?」


「俺の言葉を証明してくれるんだろ? 強くなるってのは階級百位から九十九位になるだけか?」

「あ……」


 俺の言葉の意味を理解してくれたのか、レンカがフルフルと首を横に振る。

 強くなりたいと言って、魔王を倒したいと言ったのなら、目指すべき場所は単なる通過点でしかないけれど、それでも通らないといけない場所だ。


「一番を……目指します。誰よりも強くなって……。私が魔王を倒します!」

「なら、階級五位だろうと、シエラを倒さないと一位には絶対なれないぜ」


「勝ちます……。私、シエラちゃんに勝ちたいです! 先生! 私にももっと色々教えて下さい!」


 レンカの中から消えかけた火がもう一度点いた。


 他人から貰った火ではなく、己の中に灯した火をより強く、より熱く燃えたぎらせている。


 シエラに負けないぐらい、こいつもやっぱり負けず嫌いなんだ。


「それで村のみんなを助け――」


 ぐうううううう。

 凄いお腹の音がレンカからした。


 何かすごく良いことを言おうとしたのは分かるんだけど、お腹の音で恥ずかしくなって顔を伏せてしまっている。


 全くこの子はどこまでも俺を楽しませてくれる。


「レンカ、俺が言ったダメな弟子がどんな弟子かは覚えているか?」

「……はい。体調管理が出来て無くて、先生に嘘をつく子です」


「なら、今言わないといけないことは?」

「……お腹空きました。さっきのお肉は半分も食べずに外出てきたので……。ご飯食べても良いですか?」


 素直なのもレンカの良い所だな。


「だな。俺もお腹空いたし、一緒に食おうぜ」


 俺はレンカの頭に手を置いて、彼女の頭を撫でた。


「はいっ!」


 こうして俺は何とか勇者指導官としての尊厳と、レンカの信頼を勝ち取った。

 でも、まだレンカのイジメは解消されていないし、俺の扱いも悪いままだった。


 ゴルドンは酔っ払っていた。武器を持っていなければ、本当の力は計れない。

 色々な理由で俺の勝利は無かった事にされている。


 巫女にも、俺がゴルドンに勝ったんだから、俺にもちゃんと指導官としての情報を渡せと怒ったら、何のことでしょう? とかとぼけられた……。


 でも、構わないんだ。俺の言葉も俺の戦いも、俺の弟子のレンカが今週末に証明してくれる。

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