破壊王VS人形使い
「では、続けてゴルドン殿と宗一殿の試合を開始する!」
あぁ、もう勝手に始められてるし、やるしかないか。
って、フライング気味にゴルドンが突っ込んで来た!?
飛び込んできたゴルドンが丸太のような腕を振り上げている。
このまま打ち下ろされれば、おそらく木の剣で受けても簡単に砕くだろう。
ならばここは避ける。
俺が後ろに一歩飛び退くと、目の前を豪腕が通り過ぎた。
地面に当たったゴルドンの拳は土煙を巻き上げ、石が飛び散るほどの衝撃を与えている。
とんでもない力だ。筋肉筋肉言ってるだけある。
「さすがゴルドンの旦那! 半端ねえ!」
「おうよ! よく見とけよシエラ! これが筋肉の力だ!」
候補生の誰かがゴルドンの拳に熱狂した声をあげると、ゴルドンは声援に応えるように拳をあげた。
シエラという子がゴルドンの弟子なのだろう。
それにしても、戦闘中だってのに声援に応える余裕を見せるとは、弟子の前では格好付けたいってことか?
「先生! 負けないで!」
あ、レンカの声だ。あぁ、なるほど。これは確かに応えてやりたくなるな。
見てろ。って言っちゃったしな。
「レンカ!」
背後にいるレンカにも聞こえるように、俺は声を張り上げた。
振り向かなくて良い、手を上げなくても良い、
俺の戦い方と勝利を見せるだけで良いんだ。
「良く見とけよ!」
「はい! 先生!」
自分が動くんじゃない。自分の想像した最強の自分が敵を倒すんだ。
イメージするのはこの巨人をなぎ倒す自分の姿!
この身体から漏れ出すこの白い光の糸が、俺を最強へと導くんだ。
「宗一殿、お主の顔つきを見れば分かる。身体に筋肉は無いが、良い心の筋肉を持っておるな」
「何でもかんでも筋肉だな」
「言っただろう。世界は筋肉で出来ている。心を支えるのもまた筋肉だ! 強靱な肉体と強靱な心から生み出される筋肉の力をお見せしよう!」
ゴルドンが驚くほどの高さで跳躍した。
そして、両手の拳を握り合わせ、両腕がまるで巨大なハンマーのようになっている。
そこら辺の木なら飛び越えそうなジャンプ力ですら、筋肉で片付けるつもりかこのオッサンは!
「ザ・マッスル・メテオインパクト!」
「技名まで筋肉!?」
なんて突っ込みしてる場合じゃ無い!
イメージするのは最強の自分だ!
そして、教えてやるんだ。俺達が戦えるんだってことを!
「隙だらけだゴルドン!」
空中にいるゴルドンに向けて、俺も地面を蹴って飛んだ。
糸に引っ張られるように空へと飛んだ俺の目の前に、ゴルドンの巨体が迫る。
「良いぞ! 実に良い心の筋肉だ! この我が輩に真正面からぶつかってくる! だが、惜しい! お主に足りぬモノは力! 速度! 頑強さ! そして何よりもぉ! 筋肉が足りんッ!」
「結局筋肉かよ!?」
「インパクトォォォ!」
ハンマーのような腕が俺の頭目がけて振り下ろされる。
しかも、このオッサン筋肉ばっか強調しているが、拳には赤い炎を纏っていて、魔法っぽいモノが発動している。ただの筋肉バカじゃ無い。
食らえば即死級の威力を秘めた筋肉の化け物だ。
でも、落ちてくる前に拳を振り下ろされるのは想定内だった。
俺の身体は俺の意思で動く! スキルを活かせばこんな攻撃当たらない!
「見えてるっての!」
「なにっ!?」
ゴルドンが驚いた頃には、俺の目の前を腕のハンマーが通り過ぎていた。
身体を操る魔力の糸を思いっきり自分の後ろに引っ張り、無理矢理動きを止めてみたんだ。
そうしたら、思った通りの位置で身体が止まった。
「空中で止まっただと!?」
「恨むなよゴルドン!」
両手を振り下ろし無防備になったゴルドンの顎に向けて、俺は剣を振り上げた。
鈍い音とともにゴルドンの首がのけぞり、勢いを失ったまま地面に落下していく。
「やるなぁ! 宗一殿! だが、まだだ! まだ我が輩の筋肉は戦意を失っておらぬ!」
勢いを失ったにせよ、ゴルドンはまだまだ元気そうだ。
ただの強振ではあの筋肉の防御を打ち破れない。
何か新しい技が必要だ。巨人すらも一撃で沈めるような威力の技が欲しい。
と考えてみると、ついさっき見たな。
ゴルドンの見せたザ・マッスル・メテオインパクトという技は、ようは高さから生まれる位置エネルギーを活かした技だ。
その原理なら、今上空を取った俺だって同じ技が出来るはず。
そうとなれば、ゴルドンの技をもとに、俺だけの必殺技を編み出す!
「いつ俺の攻撃が終わったと錯覚した?」
「ぐおっ!?」
空中で加速し、ゴルドンの身体を蹴って再度飛び上がった俺は、身体を捻って回転を加えながら、地面に倒れたゴルドンに向かって急降下した。
巨大なハンマーを振り下ろすつもりで、腕を振り抜く!
「メテオインパクト!」
「その技は我が輩の!? ぬおおおおおおお!?」
木剣が砕け散るほどの威力で、俺の剣がゴルドンの胸を捉えた。
高高度の位置エネルギー、そして、遠心力が加えられた強力な一撃がゴルドンの腕をへし折り、ぶ厚い胸板にぶつかると、俺の剣が威力に耐えきれなくなって砕けた。
だが、その一撃でゴルドンは白目を剥いている。
剣が砕けて与えるダメージは減ったけど、ゴルドンはもう立ち上がって戦えない。
「見たかレンカ! 俺の勝ちだ!」
動かなくなったゴルドンの上で、俺は折れた剣を掲げた。
俺の勝ち鬨にその場にいた誰もが、口を開けたまま固まっている。
審判役を買って出た勇者アルフレッドすらも、審判の仕事を放置してこちらを信じられない物を見るような目で見つめていた。
そんな奇妙な空気の中で一人だけ場違いなのがレンカだった。
「先生! すごいです先生!」
ポニーテールを振り回しながら駆け寄ってきたレンカが、俺の手を握ってピョンピョン跳びはねている。
「勝っちゃいました! 本当に勝っちゃいました! すごいです! 人形使いが勝ちました!」
「あっ!? 勝者! 本山宗一!」
レンカの喜び具合でようやく我に返ったのか、勇者アルフレッドが試合の結果を口にした。
その瞬間に候補生達も堰を切ったかのように、色々な声が飛び交った。
「バカな!? あの動きFランクの動きじゃないぞ!?」
「あのスピードは素早さA以上ないと出来ないはず。それに空中で速度を緩めたり、早めたりしたあの動きは何だ!?」
「あの指導官本当に人形使いなのか!? もっと別の職業なんじゃ!? アサシンとかじゃないのか!?」
候補生達は完全に大混乱に陥っている。
自分達がバカにしていたレンカと同じ俺が、明らかに格上だと思っていた相手を圧倒した。
そのことが到底信じられなかったようだ。
でも、別に候補生達に信じてもらう必要は無い。
「レンカ、覚えたか?」
「はいっ! カッコ良かったです!」
「ありがとう。って、いや、そうじゃなくて」
「はいっ! バッチリです! ちゃんと覚えました!」
「なら、身体を張ったかいがあったかな」
レンカにはさっさと強くなって貰って、俺の安全な生活のためにも、立派な個室を手に入れて貰わないといけないのだから。
「む、むぅ……そうか、我が輩は宗一殿にやられたのだな」
「あ、ゴルドンさん、すみません、思いっきりやっちゃって、怪我とか……しちゃいましたよね」
「なぁに、構わんよ。骨は折れても治ればより強くなる。筋肉と同じだ。お主の強さを讃える握手が出来ぬのが少し残念だが」
このオッサン良い人なんだけど、ムダに筋肉なのはどうにかならないのか。
感謝したくても、しにくくて仕方無い。
と思って困っていたら、巫女さんがゴルドンの手に光を当てた。
すると、折れたはずのゴルドンの腕が普通に動き始めた。
「ふむ。治癒術はあるのだな」
「はい。怪我の絶えない職場ですので」
「助かった」
ゴルドンの腕を治した巫女さんは一礼すると、すぐにその場を離れた。
ゴルドンは治った腕を何度か振り回すと、満足したのかこちらに手を差し伸べてきた。
「改めてになるが宗一殿、実に良い試合だった。ここまで血湧き肉躍る戦いは久しぶりだ。まさか我が輩のザ・マッスル・メテオインパクトを一度見ただけで盗まれるとは思わなかったぞ。お主は強い! 気に入った!」
「見よう見まねだったけどな。でも、あれは絶対に食らいたくないな。命がいくつあっても足りない威力してそうだ」
「であろう? であろう? それこそが筋肉の力。筋肉をつけたければいつでも来い。お前の弟子ともども稽古をつけてやろう。お主ほどの勇士ならば、我が輩は大歓迎だ!」
「ありがとう。ゴルドンさん」
「よいよい。先ほどの戦いで、我が輩とお主は既に筋肉の仲だ!」
「……あ、ありがとう?」
どんな仲だよ!? とはゴルドンの暑苦しい笑顔の前では言えなかった。
だって、さらに訳の分からない筋肉仲間にされそうだったんだから!