手荒い歓迎会
レンカを抱きかかえたまま食堂に入ると、他の勇者候補生達と勇者指導官が大勢いて、宴会のような騒ぎになっていた。
壁に貼られた横断幕には新指導官歓迎会と、現地の文字で書いてある。
今更だけど、勝手に頭の中で文字が翻訳されててちょっと驚いた。
騒ぎの中心にはエルフのお姉さんと、巨人のおっさんと、金髪勇者がいる。
なるほど、どうやら彼らの歓迎会のようだ。
というか、俺も彼らの同期なんだけど、お知らせなんて全く無かったな。
やっぱりというか何というか、俺は予期せぬお客さんだったらしい。
そして、どうやらレンカの方も来るべきでは無かったようだ。
「おい、落ちこぼレンカが来たぞ!」
「お、本当だ! おい! 落ちこぼレンカ遅いじゃねぇか? って、既にボロボロだし。あはは。指導官にやられたのか? よかったじゃねぇか」
勇者候補生達が俺の腕の中でぐったりしているレンカを指さして、下卑た笑い声を上げ始めた。
師弟揃って全くもって期待されていない。
「人形使いとかいう外れ職業でも一人は枠を作らないといけないなんて、変なルールが無ければ、絶対に退学させられているのにね。生産職は武器作りに集中してるけど、人形使いだとねー」
「学園創設の時の規則だからって、全職業を最低一人は入れろってルールなんて、ムダでしかないよなー」
一瞬カチンと来たが、胸の中にいるレンカがギュッと俺の服を掴んで来たので、言葉に詰まった。
レンカは無言なのに、大丈夫だから、気にしないでという言葉が聞こえた気がした。
「自分で止める分には全然問題無いみたいだけどねー」
「ねー、どうせどれだけやっても、所詮人形遊びしか出来ないんだから、さっさと止めた方が将来のためだよねー」
ぷるぷると震えている腕の中のレンカを俺は強く抱きしめると、レンカは少しだけ力を抜いてくれた。
「まぁまぁ、みんなそう言うなよ。レンカは一生懸命頑張っているんだ。その努力は認めてあげようよ」
「ちっ、階級一位の勇者様はさすがだな」
「ふっ、勇者は公平で弱いモノの味方だからね」
色々な罵声が飛び交う中、一人だけレンカの味方をする金髪の男がいた。
随分と整った顔立ちに、自信満々な表情、みんなを一声で静まらせるカリスマ性、何となく似ている人間を知っている。
同じ金髪で勇者オーラを纏っている同期の指導官の男だ。
そいつの方を見てみると、金髪の指導官はうんうんと満足そうに頷いていた。
そして、俺の視線に気付くとこちらに来るよう手招きしてきた。
「宗一君もこっちに来なよ。僕達の歓迎会なんだから」
随分と爽やかで馴れ馴れしい好青年だな。さすが勇者って感じの人間だ。
とりあえず、これ以上突っ立っていても、レンカがイジメを受けそうなので、レンカを抱きかかえたまま、新人指導官の集まりに加わった。
「自己紹介が遅れたね。僕はアルフレッド。アルって呼んでくれ。前の世界では勇者をやっていた」
もうそのまんま勇者だった。
「どうも。山本宗一です。こっちの世界では職業人形使いらしいです」
「へぇ、面白そうな職業だね。パーティが旅で辛い時に、癒しと笑顔を提供してくれそうな気がするよ」
眩しいばかりの爽やかスマイルを浮かべているが、本当に面白そうとは思っていないだろう。
でなければ、パーティでの役割でそんなお荷物や娯楽みたいな例えをあげる訳がない。
そして、他の新人も俺に気付いたようで、巨人っぽいオッサンが俺の前に立った。
「ふん、どいつもこいつも筋肉が足りん! いいか、アル殿、宗一殿、世界は筋肉で出来ているのだ! 武器を握る力も、振る力も、戦場を駆け抜ける足腰も全て筋肉が支えている! つまりこの世界は筋肉だ!」
やけに筋肉について語る巨人のオッサンは、確か破壊王とか言われていたっけ?
「ど、どうも、えっと、筋肉さん……じゃないですよね?」
「素晴らしい名前だ! 是非ともそう呼んで頂きたいが、残念ながら違う。我が輩の名はゴルドン、前の世界では破壊王と呼ばれた英雄だ。筋肉をつけたければいつでも相談に乗ってやる。そして、筋肉をつけるために、まずは飯を食え!」
いきなり骨付き肉を押しつけられた。
良い人だけど、ムダに暑苦しい! 脳みそまで筋肉で出来ていそうなオッサンだ。
とりあえず、お腹を空かせたレンカに肉を渡して貰い、レンカがゆっくりとかじりついている。
「筋肉だけで魔法が撃てたら苦労しないわ。私はエルマよ。よろしく。人形使いさん。あなたが来なければ良かったのに」
そして、クールに正論を吐くエルフのお姉さんがエルマさんと言うらしい。
やけに面倒臭そうにため息をついているのは何故だろう?
俺なんかやったかな?
「えっと、俺なんか失礼なことしましたっけ?」
「いいえ、別に。ただ、面倒臭い行事が始まるなって思っただけ」
エルマが指さした方を見ると、昼間に俺達を召喚した巫女さんが現れた。
巫女さんは誰かの用意した台の上に立つと、両手を広げて食堂内にいる皆に向けて声をはりあげた。
「本日召喚された勇者指導官が全員揃いました。戦王の遺言の通り、これでちょうど百人目です。これから我が校は本格的な試験を開始します。各自、異世界より参られた勇者達が今からおこなう戦いから学び、糧にしてください」
聞き間違えじゃなければ、今から俺達に戦えと言っているように聞こえる。
おかしいな。エルマさんは知っていた様子なのに、俺はまた何も聞かされていないぞ。
「アルフレッド殿とエルマ殿には魔法戦を、ゴルドン殿と宗一殿で格闘戦の模擬試合をおこなってもらいます。一同外へ!」
ちょっと待て。何だこの見せしめ感溢れる組み合わせは?
こんな筋肉お化けと戦うのか!?
と、自分の職業の特性に気付かなかったら焦りに焦っていただろう。
でも、今は別に焦ってもないし、怖くもない。
意外とあっさり勝てるんじゃないか? って思っている。
生徒達が号令で外に出て行く中で、俺はレンカを降ろして彼女の頭に手を乗せた。
「もう自分の足で動けるか?」
「はい。でも、先生……大丈夫ですか? あの人、破壊王って言われてましたよ? パワーはS級になっているのも、それ以上の階級が無いからだってみんなが噂してます……」
「言っただろ。俺達人形使いにステータスは関係無い。俺が身体張ってくるんだから、しっかり見て覚えろよ?」
「あ……はいっ!」
さて、とはいえ、他の勇者指導官の実力は分からないし、どう戦おうかな?
とりあえずは、勇者と大賢者の魔法合戦を見てから考えようか。
そう思って俺達も外に出ると、ちょうど勇者アルと大賢者エルマが戦闘を開始した。
炎と水、雷と土、風と氷が激しくぶつかり合い、二人の間で爆発が連続する。
さすが異世界の勇者と大賢者を名乗るだけあって、かなり派手な魔法ばかりを撃ち合っていた。
そして、結局勝負の五分間で決着はつかず、引き分けの判定が下る。
「続けて我が輩達だな宗一殿よ」
「お手柔らかに頼みますゴルドンさん」
「ハッハッハ。面白い冗談を言う。男と男の筋肉の語らいに、お手柔らかなど存在しないだろう? 武器と武器、肉体と肉体を本気でぶつけ合おう宗一殿よ!」
このオッサンやっぱり頭の中まで筋肉仕様だ。
良い人なんだろうけど、面倒臭い!
「おいおい、人形使いが破壊王と戦闘だってさ」
「しかも、あの指導官ステータスが全部Fだぞ? 本当に勇者指導官なのか?」
「やっぱり人形使いは何処まで行っても戦闘向けじゃない、ってことじゃないか?」
あぁ、もう、勇者候補生達にまで言われたい放題だ。
まぁ、普通そう思うよな。
ステータスだけを見ればさ。
だから、ここで俺が勝てば、レンカの評価も変えられるかもしれない。
まいったな。負けない理由が出来ちまった。
元ひきこもりからしてみれば、目立つのは苦手なんだけど、やるしかないか。
「では、続けてゴルドン殿と宗一殿の試合を開始する!」
あぁ、もう勝手に始められてるし、やるか!