弟子を鍛えてみよう
レベルもステータスも最低と聞いて、俺は軽くため息をついた。
「なるほど。最低ランクか。王様と巫女に変な顔される訳だよ」
「でも、さっき先生が戦っていた時、何か身体から何か出ているのが見えたんです。魔力のような淡い光の糸みたいなものが。それなのに、魔力も最低値ってあり得ないですよ」
「良いかレンカ。人形使いにステータスは必要無い。スキルだって必要無い」
「え? でも、伝説の勇者は様々な魔法やスキルで魔王を倒したと……。それに私は何も出来ないから落第だと言われて、落ちこぼレンカって……」
レンカで落ちこぼれだから、落ちこぼレンカか。
なら、その思い込みがダメだったんだ。
きっとこの子は自分の能力を意識して使っていない。
無意識に使えることはあるかもしれないけど、それを意識に変えるのが、一歩目か。
「レンカ。剣を構えて」
「え?」
「良いから構えて」
「は、はい」
レンカが剣を構えて俺と向かい合う。
「よし、今度は全身から力を抜け。自然体でいるんだ」
「これから打ち合うのに、全身の力を抜くのですか? それだと動けないのでは?」
「逆だレンカ。俺達は力を入れると動けないんだ。俺達は力をかけて動くんだ」
「力をかけて動く?」
「そうだ。力を抜け、心を落ち着かせて、ただ、自分の格好良いと思う動きを妄想するんだ」
そう言って俺も人形使いのスキル人形操作を発動させる。
白いモヤのようなモノが身体を覆い、手を上げるようイメージするとモヤが動いて、俺の手が上に上がった。
「先生、その糸のような光は?」
「レンカも持ってる俺達人形使いの固有スキル、人形操作だ。自分を操るつもりで意識を集中しろ」
「は、はい!」
今度は俺にもハッキリ見えた。
レンカの周りに白い糸のような光が現れる。あれが人形操作をする魔法の糸か。
なら、きっとレンカにだって出来る。
「レンカ、そのまま俺に全力で打ち込もうとするな」
「え?」
「代わりに、自分の全力を超えた理想の動きを妄想して、俺に打ち込め」
「は、はい! 先生みたいにやってみます!」
レンカは大きく息を吸うと、こちらをキッと睨み付けた。
その次の瞬間、彼女の姿が土煙とともに目の前から消えた。
「でやあああああ!」
「下か!」
超スピードと小柄な体型を活かして俺の懐に潜り込んだレンカの動きで、視界から消えたように見えたのだ。
俺がさっきゴブリンに見せたのと同じ動き。
一回見ただけで覚えたのか。
こいつ、存外化ける!
「良い動きだけど、甘い!」
レンカが振り上げた剣を、俺は上体を反らして回避する。
そして、地面に手をついて、その腕を軸にしながら回し蹴りを放ち、レンカの足を払った。
ブレイクダンスっぽい戦闘シーンみたいな感じだ。バトルアニメやアクションゲームで何度も見た。日本で真似した時は出来なかったけど、人形使いのスキルがあればいくらでも出来る。
「きゃっ!?」
可愛らしい悲鳴とともにレンカがしりもちをつき、彼女から白い光の糸が消える。
「あう……届きませんでした……」
しゅんとしてしまったレンカが木剣を抱きかかえながら、体育座りでいじけだした。
やれやれ、あんな動きをしておいて、いじけるなよ。
かなりワクワクしたんだぞ。
「なーに、しょげてんだよレンカ」
「え? 先生?」
俯いたレンカの頭をくしゃくしゃと撫でてやると、レンカは戸惑いの表情で顔をあげた。
「いきなり俺の動きを再現するなんてやるじゃねぇか」
「ですが……先生には届きませんでした」
「いきなり届いたら俺が困るわ。これでも先生なんだぜ?」
「……失望してないですか? 私、こんなに弱くて、せっかく先生に教えて貰ったのに弱いままで……」
「むしろワクワクしてる。すげぇよ。あんな動きアニメかゲームでしか見たことないんだからさ。それを見せてくれるなんて、本当にアニメの世界に入ったみたいで――」
「え?」
「あぁ、こっちの話し。えーっと、勇者の教科書みたいなもんだ」
この世界にアニメやゲームがあるとは思えないし、誤魔化そう。
でも、俺達人形使いは、まさにそういう想像の世界の動きを再現出来る職業だ。
妄想力だけで無限に強くも、どうしようもなく弱くもなる。
レンカはもしかすると、俺の知っているどんなヒロインよりも格好良く美しくなるかもしれない。
そんな誰もが憧れるヒロインの師匠っていう響きは悪くない。
「だから、立てよレンカ。お前を俺が誰よりも強くしてやる」
「私は……ホントに強くなれるのですか?」
「強くなりたいのか、なりたくないのか。俺達人形使いにとって、大事なのはそれだけだと思うぞ。俺もステータス最低だし」
強い自分をイメージ出来るか? 俺が授けられた人形使いという職業は、そこに全てがかかっているのだから。
ようはどれだけ主人公っぽく振る舞えるかが、人形使いの職業を与えられた俺の強さだ。
「――なりたいです。誰よりも強くなりたいです! 強くなって魔物に襲われた村を取り戻したいです!」
「なら、剣を構えて。今度は俺から打ち込むぞ。全部防いで覚えるんだ」
「はい!」
こうして、俺達はその日のほとんどを剣の打ち合いに費やした。
かなり一方的に打ち込んだが、レンカはへこたれず歯を食いしばりながらついてきた。
そして、夕方になる頃には、レンカはボロボロになりつつも、攻撃を防ぎつつ反撃するほどに進歩した。
腕や足には擦り傷がいくつもついているのに、レンカはなおも俺に立ち向かってくる。
今も俺の剣を弾いた勢いで、真っ直ぐ突きを放ってきていた。
「そこです!」
「良い攻撃だな。でも、まだまだだ。真っ直ぐ過ぎるぞ」
「きゃあっ!?」
俺は突っ込んでくるレンカの剣を避けて、彼女の腕を掴み、勢いを活かして転がす。
合気道のような投げ技でレンカの突撃をいなすと、彼女は地面を転がり回った。
「はぁはぁ……すごいですね先生。剣だけでなく、体術も勇者みたいにすごいです……」
「すごいのはレンカだよ。よくもまぁ、こんなボロボロになっても頑張るな」
「いえ、この傷は全部、私が勝手に転んでつけたものです。先生は剣で攻撃する時、必ず寸止めをしてくれました。怪我したのは全部私のせいです。だから、まだやれます!」
レンカは息を切らせながら、なおも立ち上がり剣を構えた。
だが、剣を構えた瞬間、彼女を操っている糸が切れ、そのまま前のめりに倒れてしまった。
「あっ……」
「レンカ!?」
ギリギリ地面に頭をぶつける直前で、レンカを受け止める。
すると、レンカはフラフラしながらも自分の足で立ち上がろうとした。
「だ、大丈夫です……。これぐらいどうってこと……ありません」
「いや、いきなり倒れたんだぞ!? どうってことない訳ないだろ!? えっと、医務室はどこだ!?」
「ほ、本当に大丈夫です……。ただ、その、お……」
「お?」
「お腹が空きました……。今日は先生が来るかも知れないと緊張して、お昼ご飯食べて無くて……」
言われてみれば、レンカはずっと戦い続けていた。
身体を操って動かすので、疲れ自体はそんなに感じないのだが、塵も積もれば何とやらというやつだ。
想像以上にバカで真っ直ぐな弟子に俺はため息をつくと、お姫様抱っこで抱きかかえた。
「レンカ、食堂はどっちだ?」
「あっちの木で出来た建物です。ごめんなさい。先生。私ダメダメです……」
「あぁ、ダメダメだな」
指さされた建物に向かって歩きながら、俺はレンカの言葉に同意した。
でも、この子は何がダメなのか分かって言っているのだろうか?
「あう……ごめんなさい」
「自分の体調管理が出来ない奴も、体調を崩しても隠し通そうとする奴も、先生に嘘をつこうとする奴はダメダメだ。考えても見ろ。実戦でピンチになっても平気な振りして動けなくなったら、ただの足手まといだ」
「……ごめんなさい」
「でも、その心の強さはすげぇよ。よく頑張ったな。レンカ」
「え……?」
「ご飯食べたら、傷を見て貰って、その後にまた戦い方を考えよう。心配すんな。レンカはこれから強くなれる」
「先生……。私がんばります。……だから、私を見捨てないで下さい。……これからも色々教えて下さい」
「おう、任せとけ」
こうして俺達師弟の最初の修行は割と成功したように思えた。