魔王復活
俺の目の前で王様が刺されたと思ったら、足場が崩れた。
王様がレンカを認めてくれたことが嬉しくて、レンカに余所見していた最中だった。
アルフレッドを操っていたのは王様のはずだ。
ならば、何故アルフレッドが王様を殺す必要がある?
俺は何か大きな勘違いをしていたんじゃないか?
王様がレンカを追い出したいのでは無く、アルフレッドがレンカを追い出したかった。
王様に妙なことを吹き込んだのも、全てアルフレッドだとしたら。
戦王を見つけたことも、全てレンカを追い出すためにアルフレッドが作った嘘だとしたら――。
王様を切ったのも納得が行く。
「やれやれ……。何とか間に合ったようね。リコに監視の魔法をかけておいたかいがあったかしら」
「エルマさん!?」
煙が晴れて、王様の隣にエルフのエルマさんが立っていた。
エルマが王様から剣を抜くが、剣に血はついていない。
「わ、わしは一体!? アルフレッドに剣を投げられて」
「ディメンションシールド。一時的に王様の身体を次元の狭間に逃した。それよりも、王様、あなたはとんでもない間違いを犯した。でも、何とかふみとどまってる」
エルマの言う間違いとは何だろう?
エルマと王様の向こう側にはニヤニヤと笑っているアルフレッドと、彼の新しい弟子、戦王ガンドがいる。
「エルマ殿、お主は一体何を?」
「私はこの二週間、この世界の過去の文献を探り、現地を調査し、魔王の封印された地をこの目で見てきたの。魔王の封印は既に解かれていたわ」
「バカな!? 監視の報告では魔王の身体は今だ封じられておると!」
「魂は解放されていたわ。そして、私達はその魔王の魂にまんまと騙された。勇者指導官は九十九人しか召喚されていない。そこの宗一さんを含めてね」
「九十九人……だと?」
魔王は既に解放されていた。そして、俺達は騙された。
元勇者候補だった召喚者は百人ではなく、九十九人だった。
九十九人に俺は含まれているとすれば、含まれていない男は目の前のアルフレッド。
――まさか。
「アルフレッドが魔王の魂を宿してるのか!」
「その通りよ宗一さん」
エルマが杖を構えながら肯定した。
俺達の答え合わせでアルフレッドが額に手を当てながら、くっくっくと笑い出す。
「やれやれ、最後まで隠しておきたかったんだが、人間というのはずる賢くていかんな」
アルフレッドの金髪が青く変色し、白い肌が灰色に変わっていく。
もはや隠す必要は無い。そういうことだろう。
「そうだ。俺が魔王アルゴノードだ。数百年前の復讐をしに来たぞ。七英雄と戦王の魂よ!」
だが、相手が魔王なら余計分からない事がある。
何故レンカを追い詰めた?
レンカは七英雄ではない。戦王でもない。人形使いだ。
戦王はガンドとか言う男じゃないのか?
だが、アルフレッドの全てが偽りたったとしたら――。
って、いつのまにかガンドがいない!? まさかレンカのいるフィールドに!?
「レンカアアアア!」
「もう遅い!」
アルフレッド、いや、魔王アルゴノードの一言で確信した。
ガンドは戦王じゃない。
伝説の七英雄を束ねた戦いの王は――。
「先生!」
ガンドがアルゴノードの隣からいなくなった代わりに、レンカが俺の隣に現れた。
「リコか!」
「はい、転移魔法で先生の側に飛ばしてくれました。これは一体……。アルフレッドさんはどうしたんですか?」
「アルフレッドが魔王アルゴノードだったんだ」
「え!?」
「あいつは勇者召喚に紛れ込んで、俺達と同じ指導官の振りをしやがったんだ。巫女さんが勇者召喚した時に言っていた、一人多いっていう言葉は俺じゃなかった。魔王アルゴノードのことだったんだ!」
最初から俺は巻き込まれた訳ではなかった。
レンカを導くために召喚されたんだ。
同じ人形使いとして、そして――。
「レンカ、さっきのガンドは戦王じゃない」
「偽物なんですか?」
「あぁ、それとな本物の戦王もここにいる」
「え、どこですか!?」
「本当にレンカは天然だな……」
呆れて笑いそうになるが、今は魔王が目の前にいる。
少しでも気を抜いたら、何をされるか分からない。
だから、こっちから揺さぶりをかける。
「戦王はレンカだ」
そう考えれば全てのつじつまが合う。
アルゴノードの執拗なレンカへの嫌がらせも、恐ろしい勢いで成長するレンカの強さも、そして、この学院が創設された時に出来たルールも繋がる。
「……へ?」
レンカが完全に気の抜けた声で返事をした。
でも、アルゴノードの顔が険しくなったのを見る限り、俺の考えは正しい。
「戦王なんて職業はない。この学院が全職業を一人ずつ集めるっていう変なルールを、戦王が作った理由だよ」
「す、すみません先生。混乱して分からないんですけど」
「戦王は俺とレンカと同じ人形使いだったんだ」
「えええええ!? 戦王様が私達と同じ人形使い!?」
ようやく飲み込めたのかレンカが素っ頓狂な声をあげた。
「で、でも、戦王様って七英雄を束ねるほど強かったって」
「最後の戦いではね。それ以前では戦王が一番弱かったそうよ。旅の最後の方で初めて活躍出来たから別枠で追加されたの」
レンカの疑問にエルマが答える。何とも情けない裏話だが、俺もレンカも経験がある。
ステータスは最低、人形遊びしか出来ないと言われた職業だ。
妄想の姿で戦う裏技を見つけても、レンカは慣れるまで俺に良いようにあしらわれていた。
「仲間の七人の戦いを覚えて、最後は一人戦ったそうよ」
おそらく戦王は仲間の姿を想像して、自分を動かしたのだろう。
「フフフ、懐かしいな。未だにその時の傷の痛みを思い出せる。忌々しい人形使いめ。最弱の存在が我を封じるとは……。そして、お前達の考え通り、ガンドはただの奴隷。それを俺の魔力で操っているだけだ。最後まで騙して、お前達を内側から瓦解させようと思ったのだがな」
魔王アルゴノードが胸を押さえ、恐ろしい顔で笑う。
アルゴノードが恐れたのは七英雄ではなく、戦王。ミリアルド達ではなく、レンカだった。
レンカが強くなる前に、あらゆる手段を使って追い出そうとしたんだ。
そして、レンカから加護を奪い、戦王として覚醒する前に抹殺するつもりだったのだろう。
「アルゴノード! てめぇにレンカはやらせない!」
「安心するが良い。全ての人間が抹殺対象だ!」
アルゴノードが手を広げると、闘技場のいたる場所に転移陣が現れ、次々と魔物があふれだした。
羽根の生えた巨大な悪魔や、ドラゴン、巨大な蛇の化け物が現れる。
「先生! 上級の魔物です!?」
召喚魔法か転移魔法かは分からない。
でも、術者のアルゴノードを止めれば止まるはずだ。
魔王を放っておく訳にはいかないし、レンカにしたことを償わせてやる。
「うおおおおお!」
アルゴノードに飛び込み、俺は剣を振り下ろした。
確実に切れる。剣は完全にアルゴノードの首を捉えている。
魔王だろうが、一度人の手によって倒されたのなら、不死身ではない。
倒せない道理はない!
「忘れたか? 宗一」
「なっ!?」
俺の刃はアルゴノードの首に触れた瞬間止まった。
見えない壁のような物が存在し、弾かれたらしい。
結界? 結界か! ヤバイ飲み込まれる!?
俺は急いでレンカのいるところまで下がると、王様が血相を変えた表情で叫んだ。
「ダメだ宗一殿! 魔王は異世界の勇者の攻撃を防ぐ結界を張っている! 倒せるのはこの世界の者しかおらぬ!」
王様の声で俺も思い出した。そもそも俺達が勇者では無く、勇者指導官になった理由だ。それだけは嘘では無く、本物だった。
「そういうことだ。さぁ、雛鳥達をこちらに渡して貰おうか。その身を切り刻み、蘇りの加護を受けられない身体にし、憂いを断つ」
アルゴノードは今本気でレンカ達、七英雄と戦王の子孫を抹殺するつもりだ。
逆に俺達にとっても好都合だ。
ここでアルゴノードを倒せば全てが終わる。
魔王の転生体とは言え、身体は借り物。万全では無いはずだ。
レンカ達も育ちきっていない雛鳥と侮る愚か者だ。
今の状況なら勝てる。
「レンカ、やれるか?」
「分かりません」
レンカの瞳は分からないと言いつつも、まっすぐ魔王を見据えている。
手は震えていても、しっかり刀に手を添えている。
「でも、私は信じています。私なら勝てるって! 私が戦王だからじゃないです! 私は先生の弟子だから、私が勝てると信じています!」
レンカの身体から白い光が炎のように溢れ出た。
今までのいつよりも魔法の糸の輝きが強い。
「ったく、親友を置いて、一人で格好付けるなよレンカ」
「シエラちゃん!?」
レンカの隣に転移陣が現れ、中からシエラが現れた。
「ゴルドンの旦那にガンドを任せてきた。さーて、いくぜレンカ、あたいとレンカで英雄と戦王の物語を再現してやる!」
ハンマーを構え、魔王に対峙するシエラは笑っていた。
その笑みに釣られてレンカも笑う。
「いいえ、大賢者と戦王の物語に書き換える」
「リコちゃん!?」
「エルマ、あっちの偽物をお願い。こっちの魔王はあたし達が何とかする」
リコも遅れて転移陣から現れると、エルマさんが頷いてから転移した。
魔王が蘇り、一人で立ち向かおうとした戦王レンカのもとに、七英雄が二人揃って駆けつけた。
新しい伝説が今この時、生まれようとしている。
「行くぞレンカ。俺はあいつを直接倒せないけど、お前達を守る! 周りの雑魚は俺が全て切り伏せる。背中は任せろ」
新しい伝説の名前は何にしよう?
主役は決まっている。物語の主人公の名前はレンカだ!




