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レンカVSミリアルド sideレンカ

 昨日の先生、私を信じてくれて嬉しかったな。


 一緒に並んで戦えるくらい強くなったって、言ってくれたことも嬉しかった。

 まぁ、まだ一回も攻撃を当てたこと無いから、追いついてはいないんだけどね。


 でも、後ろで先生と一緒に戦えるくらいには強くなれたんだと思う。


 だから、今回は絶対に負けられない。

 私には先生がいてくれるから。


 目を開けるといつもの試験会場が広がる。

 観客席の一番良い席には王様とアルフレッドさんが座っていた。それと、もう一人今まで見たことの無いおじさんが立っている。


 三人の視線は、私の前で剣を構えるミリアルドに注がれている。


 勇者候補階級一位、七英雄の一人、魔法と剣技を融合させた魔法剣士の魂を宿した強敵だ。

 ステータスもオールAでバランスが取れている。剣も魔法も素の能力も高い万能選手って感じの人だ。


 でも、怖くなんか無い。

 この人より強い人を私は知っている。


「僕から逃げなかった勇気だけは褒めてあげるよ」

「私と戦ってくれることだけは敬意を払います」


「面白い冗談だね。少し前まで最下位だったヤツの言うことか? そこは感謝して当然のところさ。誰よりも強い僕のような使い手の胸を借りられることを栄光に思うべきだ」

「私はあなたより強い人を知っています。例え階級が低くても、階級が無くても、ステータスが劣っていたとしても、あなたより強い人と戦って来ました」


 力ならシエラちゃんの方が強いし、魔法ならリコちゃんの方がすごい。

 それに、万能さなら先生の方がよっぽど強い。


「リコとシエラのことかい?」

「はい。それと私の先生です」


「どんなズルをやって勝ったかは知らないけど、人形使い風情が生意気なんだよね」

「七英雄の転生体か何か知りませんが、あなたは傲慢なんですよ」


 私の反撃で初めて余裕を見せていたミリアルドが顔を歪めた。

 例え階級一位だろうと、かつて世界を救った英雄の魂を宿していようと、この人は私の憧れにならない。


 審判の人が両者構えと声を張り、私とミリアルドが剣を抜いて構えた。

 試合が始まれば、言葉はいらない。必要なのは行動と結果で証明するだけだ。


 だから、始まる前に私は自分の覚悟を言葉にした。


「だから、あなたを倒して証明してみせます。あなたが最強ではないことを!」

「良いだろう。僕も証明してみせよう。君は弱い、この学園に必要無い人物ということをね」


 鏡写しのような私達の言葉とともに、試合開始の合図が告げられた。


 その直後に、ミリアルドがその場で剣を振ると、三日月型の氷が飛んできた。


 無詠唱による魔法の刃。本来ならば戦士と魔法使いの二人一組で作る連携技だ。それをミリアルドは一人でやってのける。

 遠近どちらの攻撃が飛んでくるか分からない、変幻自在の戦い方がミリアルドの強さの秘訣だ。


 相手に距離感を失わせて、自分の距離感で戦うことを封じる。その間に有利な位置から攻撃を続ける。その戦い方を卑怯とは言わない。


 一人で連携を取ることなら、私にだって出来るのだから。


 氷の刃を弾きながら、私は腕を前に突きだした。

 その腕の先には騎士の人形がハンマーを持って走っている。


 その子の頭を通るように、私は刀をミリアルドに向けて投げた。


「ちっ! 手癖が悪い!」


 私の投げた刀をミリアルドが上に弾いた。

 その隙を私は逃がさない。


「下ががら空きです!」


 騎士人形がミリアルドの足下でハンマーを横薙ぎに振るう。


「ちぃっ! 人形如きに!」


 ミリアルドの振り下ろした刃が、ギリギリでハンマーを止める。

 騎士人形の一撃を受けたミリアルドが動きを止めた。


 残念だね。ミリアルド。

 立ち止まった瞬間、あなたは完全に私の想像に囚われて、死地に立ったよ。


「ドラグフレア!」

「バカなっ!? 人形が魔法だと!? 魔法結晶か!?」


 そうやって驚いて、次は後ろに下がる。


「はっ!? レンカがいない!?」


 そして、人形の操者である私を探すよね。


 全部読めてるよ。あの魔法は攻撃であり、本命への繋ぎなんだ。


 宙に弾かれた刀を糸で引き寄せた私は、既にミリアルドの背後に回り込んでいた。

 剣が弾かれた時から、私はミリアルドの意識から消えている。

 人形に囚われ、惑わされたら、もうそこに私はいない。


「上か!?」

「後ろですよ」


 上からの奇襲も結構好きなんだけど、ミリアルドが遅いからとっくに回り込んだよ。


「くっ!? 調子に乗るなぁぁぁ!」


 そう、そうやって焦って私に向かって剣を振るよね。


 素早さBの私より、素早さAのミリアルドの方が速く動けるって思うでしょ?

 でも、その剣を私は受け止めるよ。


「僕は誰よりも強いんだ! 階級一位なんだ! 戦王とかなんかより僕の方が強いんだよぉ!」


 うん、普通にミリアルドは強い。でも、私には勝てない。


 ミリアルドより速い剣は先生が何度も見せてくれて、何度も魅せられた。


 ミリアルドより重い剣はシエラちゃんが何度も打ち込んでくれて、何度も受け止めた。


 二人に比べれば遅過ぎて! 軽過ぎる!


「やっぱり弱いです。だって、あなたはあなたがバカにした最弱の人形使いに負けるんだから」

「黙れ黙れ黙れええええ!」


 ミリアルドの剣を弾くと、彼は随分必死な表情を見せた。

 そして、その顔を最後に、ミリアルドは地面に伏した。


「私のッ!――勝ちですッ!」


 先生の真似をして、拳をかかげて勝利を叫ぶ。

 私の振った刀と人形の振った剣がミリアルドを捉えて、あっさり気絶させた。


 びっくりするぐらいあっけなく、シエラちゃんよりリコちゃんよりすんなりと勝てた。


「勝者レンカ!」


 審判の告げた言葉で割れんばかりの歓声が轟いた。

 応援してくれたみんなの声に応えるために、私はぐるりと周りながら手を振った。


 先生もシエラちゃんもリコちゃんも拍手してくれている。

 あの王様ですら、席から立ち上がって私を讃えている。

 先生やりました。私は全部ひっくり返せました!


 そして、もう一人、意外な人が拍手してくれていた。

 アルフレッドさんが拍手? あの人も、他の人達と同じように、私の見方を変えてくれたのかな?


「よくやったレンカ君。素晴らしい人形操作の術だった。ここ最近のレンカ君の活躍は目を見張る物がある。だが、だからこそ! みんな少し落ち着いて私の話を聞いて欲しい!」


 アルフレッドさんの一言で歓声が鳴り止んだ。


 何を言うんだろう?

 分からない。心当たりが無い。それに、アルフレッドさんは私の方を向いていない。

 一体誰に向けて話をしているんだろう?


「レンカは今までの試験で規約違反を犯した! 近接戦闘術のみの試験で魔法を使い、魔法試験では近接戦闘術を使ってリコの魔法を妨害した。そして、その規約違反に用いられた魔法の名前は人形操作だ! 人形使いの方から説明してもらう!」

「人形操作は極めると他人を意のままに操ることが出来る術だ。しかも、人形使いにしかその魔法の糸は見えない。そこの小娘はこの試合でアルフレッドを操って、動きを鈍らせておった。アルフレッドを踊らせて、あたかも戦っておる振りをして、アルフレッドをはめたのだ」


「そういうことだ諸君! レンカの勝利は自分の力では無く、他人を陥れることによって手にれた勝利だ! そんな勝利が許されると思うか? 魔王に立ち向かえると思うか? 分からぬのなら僕が答えよう。否! 断じて否だ!」


 あの人形使いのおじさんは何を言っているんだろう? 先生の教えてくれたことと全く違う。


 他人を操る人形乱操は捨て身の技だ。そんなにポンポン出せないし、覚えたのはリコちゃんと戦った時だ。


「違う私はそんなことしていません!」

「魔法の糸が存在しないというのか? そんな人を操る技は使っていないと? 今までの戦いが全て君本人の力なのか? この人形使いは君が糸を伸ばしているのを見たと言っているよ?」

「それは……」


 そんな言い方はずるい。

 私は私を操っているから、人を操る技に入るんだろうけど……。


「アルフレッド!」


 先生の叫び声が聞こえたと思ったら、先生は試合会場を飛び越えて、反対側の観客席からアルフレッドの元へと飛んだ。


「てめぇ! 何のつもりだ!? さっきの言葉、てめぇが金でおっさんを雇って言わせたのか!?」

「止めて下さい! 僕を責めても、宗一君が教えたことには変わりませんよ!?」


 アルフレッドさんが急に態度を変えて、被害者のような口ぶりに変わる。


「みなさん! 見て下さい! これがあの師弟の真の姿です! みなさんが憧れた二人の姿は偽りの姿だったのです! こんな二人を学園に残すわけにはいきません! 代わりにここにいる戦いの希望、戦王のガンド君こそがこの学院に相応しいと思いませんか!?」


 その問いかけに学院の生徒達が一斉にざわつきだした。


 みんなアルフレッドさんを信じるの?

 私はずっと頑張ってきた。先生に追いつけるように一生懸命だっただけなのに、そんな嘘の言葉で私を否定するの?

 止めてよ……。私はみんなと全力で戦ったのに……。

 シエラちゃんもリコちゃんも本当に強くて、ズルだけじゃ勝てないよ。

 分かってよ……分かってよみんな!


 自分でも気付かないうちに、私は膝から崩れ落ちていた。

 どうしてだろう? 前までこれぐらいの言葉、何とも無かったのに……。


 私……弱くなっちゃったのかな?


「っざっけんなよ! アルフレッドオオオオオオ!」


 シエラちゃんの声が会場に響き、地面がビリビリと揺れた。


「レンカがズルした? 上等だバカ野郎! それに勝てなかったのはあたいの筋肉が足りなかっただけだ! でもな! あたいはズルだけで勝てるほど甘くも弱くもねぇ!」


 シエラちゃん……。

 ……ありがとう。本当にありがとう。


「知ってるか? あの試合の後の訓練でな! あたいはまだレンカにサシで勝ったことがねぇんだ! 宗一の旦那には一太刀すら浴びせられねぇ! ズルだけでそこまで強くなれるのなら上等! でもな! ズルがあるなら必死になる必要なんてねぇ! 努力する必要だってねぇ! レンカはな! 誰よりも頑張ったんだ! あの宗一の旦那と何度も剣を交わして強くなったんだよ! そんなレンカに文句があんのならあたいが相手になってやる!」


 その中に、シエラちゃんだっているよ。私はシエラちゃんが親友になってくれたから、訓練がより楽しくなったんだ。


「よくぞ言ったシエラ! 心の筋肉が輝いておるぞ! 我が弟子、シエラの言う通りだ! 我が輩はレンカ嬢ほど強い、心の筋肉の持ち主はおらぬと思っておる! まさに鋼の精神だ!」


 あはは……。ゴルドンさんは相変わらずだなぁ。

 でも、おかげで私は倒れなくて済む。また立ち上がれる。


「レンカ、疲れたのなら手を貸すよ」

「リコちゃん!? どっからって、転移魔法ですか」

「うん。バカがみんなの注意を引いているからね。まぁ、今回は良いこと言ってるけどさ」


 リコちゃんの手に引っ張られて、私はもう一度立ち上がった。


「あたしはシエラに全面同意。例えそんな技があったとしても、それはレンカの力。恥じることじゃないし、罰せられることでもない」

「ありがとう……ございます」


 私の気持ちはちゃんと届いてたんだ。


「それと、ミリアルドを黙らせてくれありがとう。レンカ、やっぱりレンカは古い言い伝えなんかじゃ収まらないのかもね」

「えへへ……。だったらリコちゃんが手伝ってくれたおかげだよ。強い魔法をくれたのはリコちゃんなんだから」


「これでも大魔法使いだからね」


 思い出した。私は一人なんかじゃない。

 二人のおかげでざわついている声も、私を支えてくれる声が多くなってきた。

 そして、その声は王様にも届いたみたいだ。


「アルフレッド君。もう良い。規定通り、最下位の生徒を退学させよう。その代わりにガンド君を入れよう」

「王よ。あなたが言ったのですよ? レンカを追い出せと」


「彼女の戦い振り、そして人望の厚さを目の当たりにしたら、考えを変えざるを得んよ。彼女は強い。規約に反した戦いだったのかも知れぬが、それでもミリアルド君を倒した逸材だ。手放すには惜しい」

「なるほど。分かりました……」


 アルフレッドさんが先生の手を振りほどき、会場に背を向ける。

 私は助かったのかな?

 まだ先生と、シエラちゃんと、リコちゃんと、一緒にいられるのかな?


「レンカ、あたしはまだレンカから色々学びたい」

「私もリコちゃんから学びたい魔法がいっぱいあります」


 うん、リコちゃんが笑ってくれた。なら、きっとこれで助かったんだ。


「全く……王よ。あなたが暗愚であれば良かったのに……」


 聞き間違えでなければ、アルフレッドさんの声だ。


「――えっ!?」


 不思議に思って視線を上げると、アルフレッドさんが王様に向けて剣を投げ、王様の胸に剣が突き刺さった。


「ガンドやれ!」


 そして、アルフレッドさんの声で、ガンドと呼ばれた戦王の男の子が観客席を砕く一撃を放った。


「何が起きているんですか!? 先生!」


 立ち上る灰色の煙で、私は先生を見失った。


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