弟子が師匠に並ぶためには
二週間後の試験前日、加工屋のオッサンからようやく連絡が来た。
ミリアルドに勝つために、俺からレンカに与えられる秘策。
今のレンカならきっと操れる。
何せこの二週間、ずっと複数人相手に戦って来たのだ。
視野の広がりや、先読みの精度、ミスを挽回する一瞬の判断力も上がっている。
それと、化け物級と戦い続けていたからから、レベルも40を超えて、ステータスがオールBにまで上がった。
今まで外で操っていた糸が身体の中にでも入ったのか、操術を切ってもそれなりの動きが出来るようになっている。
そのおかげで、他人を操る人形乱操の精度がかなり上がった。
だから、この新しい武器をレンカはきっと自在に使えるはずだ。
「レンカ、今日の訓練はこれを使うぞ」
「人形なんか取り出してどうするんですか? あ、この人形を今日は相手に今日は攻撃をあてる訓練ですか?」
俺が取り出したのは一メートルくらいの鎧姿の騎士人形。
騎士人形の背中には、何かを止める穴が空いている。
俺はその穴にクエストで集めた武器を差し込んでいった。
「本職を忘れてどうする……。一応、俺達って人形使いなんだよな……。今まで使わせて貰えなかったけど」
「え? もしかして、これ戦闘用の人形なんですか?」
驚くレンカに俺は笑って頷いた。
人形遊びしか出来ない。
そう言われたこともあったけど、レンカと俺はレベルを大きく上げた。
人形使いが同時に操れる人間は一体だけだ。
でも、意思のない人形なら、自分を操りながら、ある程度同時に動かすことが出来るレベルに俺達は達した。
それが人形操作・極のスキル。
複雑な想像力が必要だが、今のレンカになら出来ると踏んだんだ。
その手本をまずは見せてやる。
「行くぞ。よく見ておけよレンカ」
俺が人形に触れて人形使いの糸を繋げると、人形の腕が剣を掴み振り抜いた。
「と、こんな感じに人形操作で人形を操りつつ、自分も操る。これからは自分一人の姿じゃない。もう一人の姿を想像しながら戦うんだ」
「え? でも、それ大変じゃないですか? だって、自分の姿を想像するだけで大変なのに、二人分って」
「そう、そこがコツ。俺はもう一人の姿を自分とは言ってない」
俺が人形に重ねたのは昔の俺じゃ無い、今の俺でも無い、最強の俺でも無い。
最強の自分とともに肩を並べ、背中を預けられる人の姿を思い浮かべるんだ。
自分のもっとも信じられる人間で、互いに守り合いたいと思える人間で、強さを信じられる人間の姿を重ねるんだ。
そんな人間は元の世界を含めても、俺の知っている限り一人しかいない。
誰よりも近くで見守って、誰よりも一緒に時間を過ごした。
たまに抜けているけど、いつだって一生懸命な愛弟子しかいない。
「俺がこいつに重ねたのはレンカの姿だ」
「え……? 私……ですか?」
レンカ以外には考えられなかった。
きょとんとした顔してるんじゃないって、結構恥ずかしいんだからさ。
「うん。ってことで、もう一体あるから、レンカも試してみてくれ。それで一本訓練するぞ。そうだなー。レンカは強い友達出来たんだし、まずはシエラを重ねてやってみるか? ここ最近の訓練でシエラの戦い方も覚えてきただろ?」
あれ? レンカがフリーズしてる。
「おーい、レンカ? 起きてるかー?」
「え? あっ! はい! 覚えてます。シエラちゃんの戦い方ですよね?」
「んで、シエラが出来たら、次はリコを重ねて見ろ。指輪を入れてあるから、魔法が放てるぞ」
「あ、あの! 質問というかお願いがあります!」
何だろう? 何か随分鬼気迫る表情なんだけど。
「うん?」
「先生を重ねても良いですか?」
あぁ、そのことか。敢えて言うのなら、俺が一番危惧しているレンカの弱点かも知れない。
「自分の考える最強の姿は見つけられたか?」
「はい」
「なら、俺を重ねるのは最後にしようか。まず自分は操らず、二人の練習から」
「はいっ!」
レンカはあっさりとシエラの動きも、リコの動きも人形で再現した。
そして、俺を投影した人形も、すごい速度で動き回り、剣を振り回してきた。
人形であるために、本人より少し力は劣るが十分な性能を誇っている。
立ち止まって人形を操るだけなら、何の心配も無いほど完璧に出来ている。
「なら、次は動きながら! 来い! レンカ!」
「はいっ!」
レンカの操る人形がメイスを握り俺の正面から飛びかかってくる。
それを後ろに避けると、レンカが人形の背後で跳躍し、白い糸が繋がった剣を投げつけてきた。
その剣を弾いた瞬間に人形が懐に潜り込んで、メイスを振ってきた。
「ちぃっ!」
防ぐしかない。
人形のメイスを受け止めると、あまりの攻撃の重さに、腕に痺れが走った。
これがシエラを投影した力か。S級のパワーを再現しただけはある。
「はぁぁぁ!」
人形の奥からレンカが突っ込んで来ると、彼女に引っ張られるように宙に飛んだ剣が彼女の手に収まった。
投擲武器に糸を繋いで弾かれても、すぐに回収して次の攻撃が出来るようになった。
その操作を覚えたおかげで、レンカは最近迷い無く武器を投げるようになっている。
「もらいますっ!」
下からは人形のメイス、上からはレンカの剣が俺を襲う。
上下から挟むような攻撃に、俺はたまらず笑ってしまった。
そうだ。レンカ。それが俺達の本来の戦い方なんだ。
「俺だって人形使いだぜレンカ!」
俺の後ろに隠していた人形が、俺の肩を蹴ってレンカに向かって跳躍する。
「あっ!? なら、私だって! ドラグフレア!」
俺が押さえ付けていた人形が、赤く煌めいた。
竜の炎の魔法が発動する。
至近距離で食らうには、あまりにも痛い魔法だ。
だからこそ、俺も魔法をぶつけてやり過ごす。
「リフレクトシールド!」
紅蓮の炎を半透明の盾が防ぐ。
だが、ここで安心したらレンカにやられる。
俺は即座にもう一度足下に向かって剣を振った。
そして想像通り、武器が連続でぶつかる音が炎の中でこだまする。
「やるな。レンカ。防いだか」
「先生も防いでるじゃないですか」
俺もレンカも、お互いに人形の武器を自分の武器で受け止めていた。
「俺の知ってるレンカなら、止められるって信じてたからな」
「私も先生ならきっとこう来るって思ってました」
レンカ気付いているか?
俺とお前の言葉の大きな違いに。
「なら、次はお前の思う最強でかかってこい」
俺は一旦人形と一緒にレンカから下がって挑発する。
「はい。先生のようにやってみます」
意地悪だなぁ。と思いながらも、俺は自分の拳を握りしめた。
俺の思ったとおりなら、レンカは――。
「はああああ!」
人形とレンカが全く同じ動きで突っ込んでくる。
やっぱりか。レンカ、俺はレンカが見つけられたと思ったんだ。
だから、聞いたんだ。最強の自分は見つけられたか? ってさ。
「レンカ。自分を信じろ」
俺は突っ込んでくるレンカの耳元でそう囁くと、一刀のもとにレンカと人形に一太刀をいれた。
「やっぱ……先生は強いなぁ……」
そう言って、レンカはその場に倒れて気絶した。
○
その夜、レンカは食事を済ませると、すぐに寝る挨拶をして仕切りのシーツをかけた。
明日は試験だから早めに寝る心がけは素晴らしい。
だから、声をかけるのが躊躇われたけど、俺はシーツ越しにレンカに声をかけた。
「なぁ、レンカ。ちょっと話をしても良いか?」
「はい。良いですよ。あ、でもせっかくだから、隣で聞きたいです。最近、シエラちゃんとリコちゃんがいて、先生と一緒に寝れてませんし」
「あぁ、うん、来ても良いよ。いや、違うな……。来て欲しいかも」
「えへへ、お邪魔します」
シーツを取り払い、レンカが俺の隣にやってくる。
何故かそれだけで、随分ホッと出来たような気がした。
ベッドで隣同士になるようレンカに座って貰って、俺は話を始めた。
「なぁ、レンカ。俺はお前に色々謝らないといけないんだ」
「何ですか?」
自分を信じろと言った言葉を言える立場にないから、レンカが自分を信じられなかったのではないか。
そんな風に思ってしまった。
「俺は元の世界じゃ、勇者でなければ、英雄でも無い、ただのダメ人間だったんだ」
「何を言っているんですか先生? そんな訳ないですよ」
「本当だよ。俺は人に会うのが怖くて、誰にも会わないように引きこもってた。でも、それじゃあ、ダメだって気付いて、頑張って仕事を探そうとしたけど、どこも雇ってくれなかった。何も出来ないダメ人間だって、思っていたらこの世界に来て、レンカに会えた」
レンカは黙って俺の話を聞いてくれている。
最後まで聞きますという意思表示なのか、俺に幻滅したのかは分からない。
でも、俺は伝えないといけない。
レンカが強くなるためにも。
「そこで、妄想だけで戦える力を手に入れて、俺は自分が強くなった気でいて、何でも出来る気になったんだ。ここの世界なら誰も俺の昔を知らない。それに、すごい力が手に入った。ここにいれば、俺はなんだって出来るんだって思えたんだ。だから、俺は俺がすごいってことを証明するために、レンカを強くするなんて大きな事を言った」
過ぎた力を手に入れて気が大きくなっていただけなんだ。
でも、俺と違って、レンカはそんな俺の虚像を常に追いかけて、追い越しそうになっている。
レンカは本当に強くなった。俺のイメージする最強の俺に限りなく近い。
「レンカ。お前の先生は所詮そんな残念な人間なんだ。だから、俺の背中じゃなくて、自分の考える一番強い自分の姿を手に入れるんだ。今日、レンカが俺に負けた原因は、レンカ自身の考える最も強い姿が、人形と同じ俺の戦い方だったから、同時に倒されたんだ」
「先生、お話はそれだけですか?」
「うん。レンカは俺を乗り越えて、自分を手に入れられれば、もっと強くなれる。自分らしい新たな理想を見つけるんだ」
階級一位を倒すためにも、その後の魔王を倒すためにも、もっと強くなって欲しい。
レンカはガッカリしたかな?
俺の本当の姿は結局自分に自信の無い情けない男なんだ。
手に入れた自信も、この世界が与えてくれた力が生んでくれた物でしかない。
俺が、俺自身で手に入れた力は、何一つ無いし、レンカに与えられていない。
「先生は初めて会った時に言いました。私は強くなれるって」
「え? レンカ?」
レンカがベッドから立ち上がり、俺の頭を抱きかかえてくれた。
「先生は私がシエラちゃんとの戦いの前に言いました。私を信じてくれるって」
あの日、不安がっていたレンカは、俺が信じられるレンカなら、レンカも自分自身を信じられると言った。
あの時はレンカが自信を持って戦えるのなら、言えば良いと思ったんだ。
でも、あの気持ちに嘘は無かった。
俺はレンカの努力と強さを今も信じている。
「先生は私がリコちゃんと戦う時に言ってくれました。私のサポートを全力でしてくれるって」
リコがレンカに強力な魔法を使わせまいと、ドラゴンを狩り尽くして妨害された。妨害された中で勝てる手立てを考えて、近距離格闘魔法なんてのを編み出したんだっけ。
人の頑張りに対して、足を引っ張る相手がむかついたんだ。
どんな妨害をしかけられようが、俺はレンカの努力をムダにさせたくなかった。
「そして、今回のミリアルドとの対戦でも、先生は一生懸命私を強くしてくれています。さっき先生が言った先生の弱さだって、私を思ってくれているのが分かります。それが私の知っている先生です」
「全部虚勢と見栄とハッタリだったんだよ……」
「私だって虚勢と見栄とハッタリばかりです。戦うのは怖いですし、痛いのは嫌いです。でも、それでも戦って勝てたのは、先生がいてくれたからです。それに、先生のは虚勢でも見栄でもハッタリでもないですよ。それに敗者でもないです。だって――」
レンカが俺の頭をより強く抱きしめてくれる。
鼻が彼女の胸元に押しつけられて、俺の顔が僅かに膨らんだレンカの膨らみに包まれた。
「先生はいつだって私と一緒に挑戦してくれました。真っ直ぐ私を見てくれて、私が無理だと思った試験内容でも諦めること無く、私が勝てるって信じて鍛えてくれました。見栄だけなら行動なんて伴いません」
「レンカ……」
「先生はご自分で思っているより強い方です。きっと、向こうの世界で上手く行かなかったのは、最初の私と同じで、自分の戦い方が分からなかっただけです。でも、私は先生の良い所いっぱい知ってます。強いところもいっぱい知っています。優しいところもいっぱい知っています。私の好きな先生は単純な強さでは計れません。だから、私は先生に憧れたんです」
「……ありがとう」
その言葉しか言えなかった。
それにレンカが俺の顔を抱きしめてくれて、本当に良かった。
だって、いつのまにか俺は泣いていたのだから。
自分より歳下の女の子に励まされる情けなさや悔しさ、全く上手く行かなかった今までの自分を思い出し、知られてしまった恥ずかしさ。
そういうマイナスの感情だけから溢れる涙ではなかった。
嬉しかったんだ。
俺は俺のしてきたことで、俺のレンカを思う気持ちで、レンカに憧れを抱いて貰えたことが、泣きたくなるほど嬉しかった。
何も出来ず、人から見捨てられた俺が、初めて自分の心のままに感じたことをして、好きだと言って貰えた。
「先生。だから、教えて下さい。私は先生と並んで戦えるくらいに強くなれましたか?」
「当たり……前だろっ!」
もう情けないぐらい涙声だ。こうなったらとことん情けないところを晒してやる。
「信じて貰えるか? 俺がレンカと一緒に並んで戦って活躍出来るって」
「はい。信じています。だって、宗一さんは私の先生なんですから。いつだって私と一緒に戦ってくれる憧れの先生です」
その言葉で、俺はこらえきれなくなって、声をあげて久しぶりに泣いた。
今まで溜めていた涙が全部出るみたいに止まらなかった。
レンカはそんな俺を泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。




