人形使いの力は妄想の強さで決まる
顔合わせも済んだ後に案内されたのは、二人で一緒に暮らす部屋だったのだが、これもまた酷かった。
「ぼ……ボロボロの倉庫じゃねぇかこれ……これが部屋?」
農具でも保管してありそうな、薄い樹の板で出来た倉庫だ。
しかも、所々、穴でも空いたのか、樹の板と釘で補修がしてある。
「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……。勇者候補はランクによって与えられる部屋に違いがあるのです……」
「聞くまでもないことなんだけどさ。……これ以上、下は無いんだよな?」
「……はい。お恥ずかしながら。勇者候補は百人いるのですが……、私より一つ上の人から、ちゃんとした寮で相部屋が貰えます。これでも開けられた穴を塞いだので、まだマシになったんですけど」
こんな倉庫でも十分可愛そうなのに、壁に穴まで開けられたのか……。
もはや、嫌がらせとしか思えない扱いを受けているレンカに、俺は思わず額を押さえた。
「マジか……俺のワンルームアパートの方がマシとか……」
「で、でもですよ先生! 元々農具が入っていた倉庫ですが、私は個室なんです! 個室は五十位以上の人からなので、実質私も五十位以上と同等の設備を貰っているのです!」
レンカの前向きな発想に、思わず崩れ落ちて両手で顔を覆ってしまった。
ちょっと待て。マジか。
ステータスは酷いけど、精神の強さだけはA級かもしれない。
「そ、それにですよ! ここって近くに古い地下水道があるせいか、たまに魔物が現れるんです。その魔物相手に戦う練習も出来るんですよ! 最高の場所です!」
「そんな危険な場所なのここ!?」
さっきの判定を訂正しよう。精神の強さだけはS級だ。
それ完全に嫌がらせを受けてるよ。勇者候補止めろって無言の圧力だよ。
「それに……ここなら一人で修行出来て、誰も虐めて来ませんし……」
「あ……」
この子は自分の扱いを全て分かっている。
それでも、前を向いて、勇者になろうと頑張っているのか。
「あはは。なんて。でも、今は私にも先生が出来ました。先生のもとで強くなって、みんなを見返して、魔王も倒します! 先生! 是非一本お手合わせお願いします!」
何とも健気な子だ。
一瞬あまりに酷い待遇に投げだそうかと思ったけど、逃げた所で行く先もない。
留まったら留まったで、この子を昇級させなければこのまま一年、いつ魔物に襲われるかも分からない生活をしないといけない。
それだけは回避したい。なら、さっさとこの子を昇級させないといけないか。
それに俺を役立たず扱いした王様と巫女もちょっとむかつく。
「分かった。付き合おう。えーっと、次の実技試験は――剣術か」
メイドさんから渡された袋からスケジュール手帳を取り出してみると、早速週末に試験があった。
そして、練習用に木で出来た剣が二本袋に入っている。
その剣をとりあえずレンカに渡して、互いに構えてみた。
――のは良いんだけど、俺って剣道高校の授業くらいでしかやってないぞ!?
何を教えれば良いんだ? 漫画やゲームの必殺技を教える訳にもいかないだろうし――。
「行きます先生!」
「うわっ! ちょっ! 待っ!」
「でやああああ!」
レンカのやつ待てって言ったのに待ってない! やられる!?
と思ったら、カツーンといい音がして、俺の剣が勝手にレンカの剣を止めた。
「あれ?」
「おぉ、さすが先生!」
「おかしいな? 身体が勝手に動いたような?」
「さすが先生です! 見なくても殺気に対して身体が勝手に反応するのですね! 私も魔物を相手にする時に必死になると、咄嗟に防げるのですが、普段は出来なくて!」
「いや、そういう意味じゃ無くて……」
勝手に動いた。いや、違う。思った通りに動いたんだ。
でも、偶然か?
「レンカ。もう一度思いっきり打ち込んで見てくれ」
「はい! でやあああ!」
レンカがジャンプしながら剣を振り下ろしてきた。
さっきの感覚を思い出せ。
イメージするのはレンカの剣を受け止める自分の姿だ。
「あっ! 出来た……」
やはり手が、身体が自分の思った通りに動く。
「おぉっ! さすが先生! 私の全力を受け止めるとは!」
そうだ。受け止めようと思って、受け止めたんだ。
まさかとは思うけど、人形使いの能力って……。
「レンカ、ちょっと離れて貰って良いか?」
「先生? 一体何を?」
「いや、ちょっと試したいことがあって」
レンカを巻き込まないように離れて貰った後、俺はゲームで見たような必殺技をイメージしてから目を開け、剣を振り抜いてみる。
すると、身体が勝手に剣を下から振り抜き、その勢いで飛び上がり、一回転しながら勢いをつけて、剣を振り下ろした。
「お、やっぱり出来た」
「先生!? 今の技は何ですか? 身体が光ったと思ったら、あんなすごい動きをして驚きました!」
「なぁ、レンカ。一応確認するんだけどさ。人形使いの能力ってなんだ?」
「えーっと、人形を操ることでは?」
「自分の職業なのに知らないのか……」
「えっと……、はい、人形使いの人は人形劇やったり、劇団に入る方が多いので……。ゴーレム作って戦う人もいますけど、直接戦う人って見たこと無いんです」
あぁ、なるほど。誰も知らなかったんだ。
人形使いは人の形をしたモノを操る力。ならば、人の形をしている人だって操れるってことに誰も気がつかなかったんだ。
魔法もスキルも何もないのも当然だ。
強くなりたいという気持ちで、強くなった自分を妄想するだけで、本当に強くなってしまう。
人形使いは自分の妄想する力だけで、強さと技を生み出す職業なのだ。
となると、案外早く昇格させられるかもしれない。
次の実技試験は剣術なら、魔法とか余計なことを考えないで、戦う姿をイメージするだけで十分に戦えるだろう。
「レンカ。君は強くなれる」
「……え?」
きょとんと剣を握ったまま、レンカが固まる。
信じられないみたいな顔するなよ。
強くなりたいって言ったのはお前だろうに。
さて、何から教えたもんか。と思案していると、突然レンカが指を俺に向けた。
「あっ! 先生! 魔物です!」
後ろを振り向くと、斧を持った緑色の小鬼がいる。
ゴブリンという奴だろうか。
俺自身の能力を調べるにはちょうど良いかもな。
「レンカ、よく見とけよ。俺達人形使いの戦い方を教えてやる」
「先生! それ玩具の剣です!」
「良いから。黙って見てろって」
俺は全身の力を抜いて、一歩の跳躍でゴブリンの目の前に飛ぶ自分をイメージする。
すると、その通りに足が動き、ゴブリンが一瞬で目の前に差し迫った。
驚いたゴブリンが慌てて斧を振り下ろしてくるが、その斧を持った手に向けて剣を振り抜き、小鬼の斧を腕ごと弾き飛ばす。
そして、飛んだ斧を奪って、鋭く振り下ろした。
「うん、やっぱやれるもんだな」
最後の一撃でゴブリンは絶命したのか、そのまま倒れて動かなくなった。
勇者候補って言われたけど、確かにこんな力があるのなら、人形使いも勇者候補になれる訳だ。
妄想力で全ての力と動きが決まるんだから、俺がアニメや漫画で鍛えた妄想力が全て力になるんだ。そういう意味では予習はたっぷりしてきた。
さっきのだって、アニメやゲームの動きをヒントに編み出したスティールアタックだ。
敵の武器を奪って、流れるように攻撃に使うってカッコいいと思ってたんだ。
あんなにガッカリした巫女と王様が、バカみたいに思えるほど強い職業だよ。
「す……すごいです先生! まるで剣術の達人のような動きでした! 先生は一体どれだけ能力が高いんですか!? 私も修行すればそれぐらい強くなるんでしょうか!?」
「あー、そう言えば俺自身のステータスって正確には知らないんだよな。測って貰って良いか?」
鑑定用の虫眼鏡をレンカに渡して見て貰うと、レンカは渋い顔をした。
予想はしていたけど、レベルとかステータスは大したこと無いんだろうなぁ。
「あの……これ壊れています」
「いいよ。見えた物を正直に言って」
「レベルが1で、ステータスが全てFなんです。でも、さっきの素早さはとてもそんなFには見えなくて……。だから、これ壊れているんだと思いました」
予想以上だったよ。まさか巫女の言っていた平均以下どころでは無くて、最低ランクだったか。
それが元勇者候補で、勇者の指導官となれば、変な顔されるよなぁ。と酷く納得してほんの少しだけ悲しくなった。