アルフレッドの企み
案の定というか予想通りというか、特訓が終わった後のレンカはへろへろになっていた。
化け物級の二人と俺が三人で攻めるのを防ぎながら、隙を見つけては反撃して、戦況を覆そうとするのは体力も精神力も削られる。
夕方にはレンカは自分で歩けなくなるほど疲弊していた。
そんなレンカを抱きかかえて食堂へと連れて行く。
「お、今日もがんばったみたいだねレンカちゃん。大目に料理を盛っておくよ」
食堂のおばちゃんがレンカを見た途端に、気前よくご飯を用意し始めた。
最初は変な目で見られていたけど、いつからか応援してくれるようになったレンカの味方の一人だ。
俺にもついでにおまけしてくれるからありがたい。
こんな感じに今や俺とレンカは学園内で有名人になっていた。
「レンカ大人気だなぁ。あたいも親友として鼻が高いぜ」
「だから、王様はレンカが邪魔なんだと思うよ」
「リコじゃねぇけど、めんどくせぇ話しだな」
「一緒にされるのは心外だけど、面倒臭い話しなのは同意」
シエラとリコはレンカの前に二人仲良く並んでいるけど、お互いに口が悪い。
同じ七英雄の転生者の癖に、仲が良いのか悪いのか良く分からない二人だ。
席に着くとすぐに食事が出された。
レンカは出された食事をゆっくり噛み締めるように食べている。
ご飯のおかげで少しは元気が出たのか、骨付き肉を幸せそうな顔してかじりついていた。
「でも、今回は王様も来るんですよね? なら、私だって戦えることを直接見せることが出来ます」
レンカの言う通り今度の試合は御前試合だ。だからこそ、おかしい。
頭が筋肉で出来ていそうなシエラも気付くほどだ。
「というか、それがおかしくねぇか? 王様の所にだって順位表が行ってるんだろ? それでなんでレンカをこんな狙い撃ちするのさ? 最下位で職業が二人以上いるのを退学させればそれで良いんだろ?」
「その疑問、僕がお答えしようか?」
聞き覚えのある小生意気な声がする。
その声のした方を向くと、金髪の少年が立っていた。
勇者候補生階級一位、魔法剣士のミリアルド。
「げっ!」
「ふっ、シエラ君は出会い頭に失礼だね」
「会いたくねぇんだから当然だろうが」
シエラが吐き捨てると、ミリアルドは肩をすくめて、目線をリコの方に向けた。
「ふっ、まぁ、良い。それよりもリコ君とも不思議なところで会うものだ。一度の敗北で落ちぶれてしまうとは情けない。失敗にへこたれない精神が大事だとは教わらなかったのかな?」
「だるい」
「ふっ、君らしい答えだ」
ミリアルドが一々髪をかき上げて鼻で笑う。
本当に師匠のアルフレッドに似て、イヤミっぽいヤツだな。これも七英雄とやらのプライドか。
「さて、では先ほどの疑問の答えだが簡単さ。指導官達の間でレンカの勝ち方に疑問が出ている。ステータスからは考えられない動き、そして指導官の急激な成長、最後にリコ君の敗北の仕方。レンカ君は全ての試合で設定されたルールを破っているのではないかとね」
こいつ人形操作のことを言っているのか?
回りくどい言い方をしているが、俺達がズルをしているとでも言いたいのだろうか?
「何が言いたい?」
「宗一先生、顔が怖いですよ? どうぞ笑って下さい。先生には皆が期待していらっしゃいます。それこそ戦王の方が入ったあかつきには、指導官になって欲しいと王は熱望されています」
余計に意味が分からない。
レンカを追い出して、俺を何故残す?
「それが答えですよ。つまり、王はこう考えておられます。最弱だったレンカがあなたに出会った途端、目覚ましい成長を見せました。ですが、ステータスは大して変わっていません。だから、我々は宗一先生がレンカを操って、全ての試合に勝ったのではないかと疑っております」
「……ふざけるなよ?」
「いえ、至って真面目ですよ。もし、仮にそうであったとしたら、宗一先生の力は非常に役立ちます。仮に間違いであっても、レンカ君の強さは役に立ちますし、宗一先生の指導力の素晴らしいことになります。どちらに転んでも結果としては上々です」
このクソガキ、今ここでぶん殴ってやろうかと思ってしまった。
だが、その前にテーブルを叩いた人間がいる。
シエラが完全にぶち切れている。
「ふざけんなよお坊ちゃま? てめぇは今あたいだけじゃねぇ、リコのこともバカにしやがったことを分かってんのか?」
「おや? 最弱の生徒に負けた理由がズルなら、君達の面子も保たれるはずだと思うのだけれどね? それとも、最弱の人形使いに負けたのが君達の実力だと?」
「お前それ本気で言ってる?」
「むしろ、シエラ君がそれを本気で聞いているのか疑問ですけどね。仮にも七英雄の転生体である僕らですよ?」
シエラが拳をぎゅっと握り締め、今にもミリアルドを殴り飛ばすのではないかとハラハラしたが、シエラは黙って拳を引っ込めた。
そんなシエラの隣でリコが長いため息を吐く。
「ミリアルド、ご飯が不味くなるから帰って」
「おやおや、嫌われてしまったものだね。君もこちら側の人間のはずなのに」
「……言わないとだるいから、一応言っとくよ」
「何でしょうか?」
「ミリアルドじゃ、レンカには勝てないよ」
「面白い冗談を言うようになったものだ。まぁ、いい。全ては今度の試合で僕が証明する。精々がんばると良い。レンカ君」
ミリアルドが髪をかき上げて、その場を立ち去る。
そして、肝心のレンカは肉にかじりついたまま固まっていた。
「レンカ、あんなキザ野郎絶対ぶっ飛ばせよ」
「あいつが階級一位だとだるい」
ショックを受けているのか、それとも友達二人が怒ってくれたことに驚いているのか、どっちかわからないけど、何も言わないのはおかしいな。
あっ!? まさかこいつ!
「レンカのやつ肉にかじりついたまま寝てる!?」
「先生……どうですか……初めて……当てました……」
「ハハ、夢の中でも訓練してんのか……」
起きて友達の言葉を聞いた方が良かったのか、寝たままイヤミを聞かなかった方が良かったのか、どっちが良いのか良く分からない。
けど、シエラとリコの呆れながらも、楽しそうな笑顔がきっと答えだ。
「こんなになるレンカが、宗一の旦那に操られて勝ってる訳ないさね」
「珍しくシエラに完全同意する。そもそも、宗一先生の方が速い。レンカはレンカの速度と間合いがある」
レンカ聞いてるか?
お前の頑張りはちゃんと伝わってるぜ。
良い友達が出来たじゃないか。眠ってるのがもったいないぞ。
万が一の時は俺が絶対に守ってみせる。
だから、絶対にあんな奴にも、上の企みにも負けるなよ。
「シエラちゃん……リコちゃん……一緒に……」
「ご飯包んで貰って帰るか」
俺がレンカを抱きかかえ、シエラとリコが料理を運び、倉庫小屋に戻る。
レンカをベッドに寝かせるが、何故か二人はまだ自分の部屋に帰ろうとしなかった。
「なー、宗一の旦那。今日は泊まっていっても良いか?」
「リコも部屋からベッド転移させてくるから、泊まっていい?」
本当に良い友達になったもんだ。
「レンカも喜んでくれるよ。側にいてあげると俺も嬉しい」
そう言うと、シエラもリコも嬉しそうに笑ってくれた。
○
レンカをシエラとリコに任せて、俺は学院内のある部屋に赴いた。
人をいない部屋を選んで、俺は人を待っていた。
「宗一殿、集めてきましたぞ」
「ありがとうゴルドンさん。これでやれるはず」
「礼には及ばんよ。シエラを鍛えて頂いたのだから」
ゴルドンから袋を受け取ると、ずっしりとした重みが伝わってきた。
魔物の素材と金属がたっぷり詰まっている。
人形使いとしての戦い方を今まで封じられていたが、今回の総合戦闘試験でようやく人形が使える。
剣術は剣だけだったし、魔法試験も魔法でしかダメージが与えられなかった。裏技だけで何とかしてきたが、今回は初めて普通の技が使える。
「そういう意味では、レンカには本当に無理させたよなぁ」
「人形使いが人形を封じられて、よくぞ試練に打ち勝ったと思うぞ。我が輩の筋肉が封じられているようなものだからな」
ゴルドンさんが筋肉を封じられたら、何も出来ない気がする。とはとても言えず、苦笑いしか出来なかった。
「それと、もう一つの調べ物だが……。宗一殿の予想通りだ」
「やっぱりか……。アルフレッドの下に戦王がいるんだな?」
「うむ。とはいえ……我が輩にはあれが英雄には見えんかった」
「というと?」
珍しく言い淀んだゴルドンに俺は首を傾げた。
いつもの豪快さがない。
だが、ゴルドンさんも仮にも異世界の英雄だ。怖じ気づいた訳ではないだろう。
一体何を感じ取ったんだ?
「筋肉の輝きが感じられないのだ」
「……期待した俺がバカだったかなぁ」
いつも通りだったよ。
「真面目に話をしているのだが……」
「それだけだと想像出来なくて……」
「シエラだけではない、レンカ嬢にも、リコ嬢にも、あのミリアルドにすら英雄としての資質、原石としての煌めき、筋肉の輝きを感じている。だが、あの戦王からはそれとは違う筋肉を感じたのだ。底知れぬ黒さとでも言おうか」
「英雄ではないと?」
「分からぬ。光の戦士がおれば、闇の勇者も存在する。全ての負を飲み込んでも立ち上がり、世界を救う者であれば、あのような威圧感を発することも出来よう。現に暗黒騎士という職業も存在する」
闇を使う職業が悪という訳では無い。
だから、英雄をまとめた戦王がそういうダークヒーロー系の職業だったとしたら、自分の職業を隠していたのも納得は出来る。
「それと、予想通りってのは、あっちもか?」
「あぁ、アルフレッド殿が見つけたらしい。それも召喚された日にな。思えば奇妙なことが続くものだ。シエラとレンカ嬢の組み合わせも、あの日の歓迎会の直前に決められた。まるで、その日からレンカ嬢を本格的に追い出す仕掛けが始まったようにな」
レンカの試験妨害には全てアルフレッドの影が隠れている。
突如言い渡されたレンカとシエラの対決、ドラゴン根絶による魔法具の製作妨害、リコとシエラの悪意ある組み合わせ、そして、今回のレンカとミリアルドの戦闘試験もアルフレッドがいる。
「おやおや、こんな人気の無い時間に僕の噂ですか?」
ふと聞こえた声にハッとすると、アルフレッドが扉の側に立っていた。
薄明かりに照らされて、気味の悪い微笑を浮かべている。
「アルフレッド……」
「やだなぁ宗一君。そんな怖い顔しないでくださいよ。僕は王様の命に従っているだけなんですから」
「レンカを追い出したいのは王様の意思だと?」
「それはそうですよ。だって、考えてみて下さい。伝説の戦王が現れたのだから、全ての職業を揃える必要は無くなったのです。戦王がどんな職業か分からなかったから出来た規定だったようですしね」
この学園は七英雄と戦王の物語を再現する勇者候補を育てる場所だ。
そう考えれば話の筋は通っている。
「後は七英雄と戦王の転生体に、学園に残る九十二人を捧げれば、最強の八人のできあがりです」
この世界では筋が通り過ぎているからこそ、逆におかしい。
「アルフレッド、お前本当に勇者なのか?」
勇者という割には俺のイメージする勇者とは違い過ぎる。
血統や転生体という運命に囚われず、あがき強くなる人間を切り捨てるやり方は、現実主義過ぎて気味が悪い。
「ふふ、僕は世界を守るためなら、切り捨てることを選択出来るだけです。それに捨てるだけじゃない。僕が戦王を奴隷売り場から解放したしね。ゴルドンさんの言っていた輝きが足りないのも、彼の育ちが原因です。だから、僕が責任を持って真っ直ぐ育てているよ。民の好きな底辺からの成り上がり物語ですよ」
「ご苦労なこったな」
「宗一君には負けますよ。二人も七英雄の面倒を見ているのですから。大変でしょう?」
「わざとか?」
「はて、何のことでしょうか? 僕は宗一君を尊敬していますよ。僕と同じように七英雄と戦王の二人も手駒にしているのですから」
「俺に手駒なんていねぇさ」
「ふむ? ならあの二人は僕が頂いても?」
「誰がてめぇにくれやるか。いるのは自分の意思で一緒にいてくれる仲間だ。その中には七英雄じゃなくても強くて大事なヤツがいる」
お前にレンカの強さは分からない。
その傲慢さを俺とレンカが必ず砕く。
……だから、……ここは我慢だ!
「それは残念です。では、私はこれにて。良い勝負を期待していますよ。レンカを倒せば、二人も目を覚まして、僕についてきてくれるでしょう」
アルフレッドが丁寧にお辞儀をしてから部屋を出て行く。
「あれが世界を救った勇者……か」
何か納得が出来なかった。
きっとそれが一番効率的で、正しくて、一番簡単に解決できる方法なんだろう。
でも、それで自分は勇者ですって自称するのが、納得出来ないんだ。
「様々な英雄がいるものだ。宗一殿、我が輩の世界にはこんな言葉がある。英雄だから世界を救うのでは無い。世界を救ったからこそ英雄なのだ。どれだけ問題を抱えようと、世界を手に入れた者が英雄となる」
「珍しく筋肉じゃないんだな」
「何を言っておる? 世界を救うには筋肉が必要だ。筋肉を鍛え、強くなった者が勇気を出して、危機を解決出来た者が英雄だ。逆に言えば、危機が救われるまで英雄も勇者も存在しない。これは筋肉を鍛える意思がある人間であれば、誰にでも英雄になる可能性を与えられているという言葉だ」
「やっぱ筋肉かよ!? って、言いたい所だけど、意外に良いことは言ってるから、ありがたく受け取るよ」
地球にも似たような言葉がある。
成功したから成功者になる。それまでは挑戦者でしかない。そして、挑戦を止めた者が敗者となる。
敗者となってもあがき、挑戦を止めなければ、何度だって挑戦者になれる。
俺はそれをレンカから学んだ気がしたんだ。
俺を信じて、真っ直ぐ前を向いて、挑戦し続けるレンカを見て、俺も少し変われた気がした。
「良い面構えだ。心の筋肉がよりついたようだな」
「レンカのおかげかな」
「また今度一戦交えよう。今度は我が輩も全てを賭けて貴殿に挑みたい」
「今度も負けないぜ?」
「ふっ、楽しみにしておるよ。では、またな」
本当に暑苦しいけど、良いオッサンだ。
ゴルドンさんが勇者とか英雄って言われるのなら、納得出来るんだけどなぁ。
何でもかんでも筋肉だけど、この真っ直ぐな熱さ、俺は嫌いじゃない。
アルフレッド……お前の企みは俺が必ず止める。




