新しい仲間
レンカが全てをひっくり返した試験も終わり、新たな通知が来た。
階級三十位に昇格。個室を用意したので、荷物をまとめて移動しろとのことだ。
俺の待遇も上がったようで、専用の個室と給与のアップが通知された。
レンカに対する嫉妬は多少残っているにしろ、他の勇者候補生も簡単には嫌がらせできないほどの実力を見せた。
それにレンカは一人ぼっちではない。倉庫小屋に遊びに来るシエラに加えて、新しく遊びにくる人が増えた。
「ぼろっちい……」
「うわぁっ!? リコちゃんどっから来たの!?」
「転移魔法で来た。歩くのだるいから」
階級二位のリコまで、いつのまにかレンカとつるむようになった。そういう意味でも、生徒間での身の安全は保証されている。
ただ、レンカは何故か引っ越しは拒否したし、俺も引っ越しには反対的だった。
こっちの小屋の方が近いから、と言ったレンカの理由は分からないが、俺の方はハッキリしている。
明らかに誰かがレンカを追い落とそうと狙っている。
そんな連中のいる場所に、自分から入っていくのはごめんだ。
なにせ、俺とレンカに対する圧力はマシになったようで、より酷くなったのだから。
「レンカ、次はミリアルドと対戦なんだ」
「う、うん、まさか階級一位の人と戦うなんて思わなかったよ」
総合戦闘術で階級一位との試合を組まれてしまった。
しかも、武器も練習用の木剣ではなく、実際の武器を使って戦わないといけない。
あまりにも条件がおかしすぎる。
「レンカ! あんた次の試合大丈夫か!? って、リコォォォ!? なんでレンカの部屋にいんの!?」
あ、シエラが来た。
いつも賑やかなヤツだけど、今日は一段と賑やかだな。
「あ、ミリアルドに反則負けしたシエラだ」
「仕方ねえだろ! 思わずカチンと来て手が出ちまったんだから!」
リコの言った通り、シエラとミリアルドの戦いはシエラの反則負けで終わった。
それも開幕十秒も経たない出来事だった。
ミリアルドがドラゴンを討伐した理由を言った途端、シエラがミリアルドに飛びかかり顔面を思いっきりぶっ飛ばしたのだ。
シエラが言うには、レンカに強い魔法を使わせないようにするため、ドラゴンを狩り尽くしたと言っていた。それなのに、負けてしまうとはリコもまだまだだね。と言われたそうだ。
そこで思わず拳が出てしまい、反則負けになった。
「っていうか、リコ! お前もミリアルドのくそったれ側じゃないのかよ!?」
「ホントにシエラの相手はだるい。あたしはエルマにやれって言われただけ。そもそもの提案はアルフレッドがした」
「んじゃ、てめぇは今どっちの味方だよ?」
「見れば分かる」
「ちっ……」
とりあえず、リコに敵意は無いらしい。シエラもそれ以上は追求出来ないと思ったのか舌打ちで矛を収めた。
俺も上に抗議してもムダなのはリコ戦の時に知っている。
嫌なら出て行けが、上の答えらしい。だから、今回も勝って自分達の力を証明するしかない。
階級一位か。シエラのせいで戦い方が分からないんだよな。何でもありの総合戦闘試験だと色々やれるだろうし。
「リコいくつか聞いて良いかな?」
「ん、構わない。あなたには興味がある」
どういうことかは分からないけど、聞きたいことを聞いておこうか。
「ミリアルドってのも職業は勇者なのか?」
「違う。職業に勇者は存在しない。ミリアルドは魔法剣士」
「勇者の職業が存在しない?」
「七英雄は、魔法剣士、重戦士、剣士、暗殺者、魔法使い、僧侶、神殿騎士の七人だった。そして、戦王様は記録が無い。だから、この学園は最低全ての職業を一人ずつ入学させている。そのどれかに戦王様と同じ職業の人がいると信じて」
なるほど。それで色々納得が行った。
戦闘職は争わせて最も強い人間を見出し、生産職は少数精鋭を育てる。
そして、遊びの職業は飾りか。
「七英雄の子孫と言っても、かなりの人数がいる。私やシエラはその中でも血が濃い方って言われているけど、それは違う。血が濃いのでは無く、魂の欠片が宿っている」
「転生みたいなもんか?」
「そういうことになる。記憶は無いけど、スキルや魔法、そしてステータスを記憶した魂が宿って、私達の力になってる。だから、こんな学園で訓練するのはムダ。七英雄の子孫だけで強くなれば良いと思ってた。レンカに負けるまでは」
リコがレンカに視線を向けると、レンカが困ったように首を傾ける。
「私ですか?」
「そう。七英雄の魂が宿っていないあなたが、シエラとあたしを倒した。七英雄の生まれ変わりとして、役割を果たそうとするあたしに対して、あなたは過去の七英雄なんてどうでも良いって言った。あたしの全て否定されたみたいで悔しかった。あたしは七英雄として生きるために、今まで頑張ったのだから」
「あ……ごめんなさい……まさかそんな風になっていたなんて知らなくて……」
「構わない。おかげであたしは七英雄じゃなくても、強くなれることを知った。初めての例外を見つけられて、あたしも七英雄以上に強くなれると思えた。そう思えば悪くない」
突然試合中に激昂したり、戦うのがだるいと言っていた理由は、リコが転生体のせいだったか。
もし、それを上の連中が知っていたとしたら、レンカの存在はあまりにも異質だろう。
というか、そういう意味ではここにもう一人転生能力を得たやつがいたっけ。
「シエラはそのこと知ってたのか?」
「知らなかった……」
「やっぱりか……」
「まぁ、でもあれだ。誰の生まれ変わりだろうが、筋肉が無いと強くなれないってやつだよな!」
「完全にゴルドンさんと同じ思考になってやがる……」
どんな才能を持っていようが、才能を見つけて育てなければ、強くはなれない。言っていることは間違い無いんだろうけどな。
レンカだってそういう意味では最初ダメダメだった。
「それでリコ。何で上の連中はそんなにレンカを追い出したいんだ?」
「アルフレッドが戦王っていう職業を見つけたらしい。パッと見普通の人だったけど、確かにステータスは全てS級だった。全ての武芸と魔法に通じた戦いの天才と言われた戦王にふわしい能力だったよ」
「つまり、戦王を見つけたから、外れ職業の人形使いは必要ないと?」
「そういうことだと思う。でも、今のあたしは反対する。レンカは強い。職業関係なく。だから、あたしはレンカを応援する」
全く心強い味方が出来たもんだ。俺とレンカを追い出そうとするトップの中に、俺達の味方が出来たのはすごくありがたかった。
おかげで相手の行動の理由が全て分かった。
「リコありがとう。レンカの友達になってくれて」
「構わない。どうせだから宗一にも訓練して欲しい」
「え? なんで? エルマさんがいるんじゃないのか?」
「どっかに姿を消した。そのせいで今指導官がいない。レンカを育てたあなたなら、信頼できる」
上目遣いで見上げてくるリコは、捨てられて心細そうな子犬のような目をしている。
うぅっ、断りにくいなぁ……。魔法使いはどう育てれば良いのか分からないんだけどなぁ……。
「先生、私からもお願いします」
レンカにまでお願いされたらなぁ。
「いいじゃねぇか。宗一の旦那。あたいの面倒も見てくれてるし、一人ぐらい増えてもさ」
シエラお前勝手に仕事を増やして……。ったく、仕方無い。
「良いよ。人形使いだから、そんなに教えられることは無いかも知れないけど、よろしくリコ」
「ありがとうございます。宗一先生」
こうして、俺が面倒を見る候補生が三人に増えた。
とはいえ、一番大事なのはレンカの試験だ。
次の試験が総合戦闘試験だから、どんな訓練が良いかなぁ。
って、ん? この三人か。ちょうど良い組み合わせが出来てるな。
「それじゃ再来週の試験に向けての特訓だけど、シエラ、リコ、お前達二人の協力が不可欠だ」
「先生、みんなと一緒に何をするんですか?」
「実戦訓練だよ。相手は魔法も剣術も使える魔法剣士。遠近両方に対応出来るようにする必要がある。んで、ここには近接戦が得意なシエラ、魔法戦が得意なリコがいる」
「あっ、二人と戦って極意を教えてもらうんですね?」
「あぁ、そうだ。同時に戦って貰う」
「え? えぇぇ!? シエラちゃんとリコちゃんの二人を同時にですか!?」
七英雄二人と二対一で戦うという無茶振りに気付いたレンカが驚いた。
一対一でもギリギリの戦いをしていたのに、二対一になったら不安になるのも仕方無い。
でも、階級一位を相手にするだけじゃなくて、俺はその先に戦王とやらがいる気がしたんだ。
そう考えれば、二人ですら物足りないかもしれない。
「違うなレンカ。三人同時だ」
「え? シエラちゃんに、リコちゃんに……まさか先生ですか!?」
「うん。その通り。まずは見本を見せるよ。さぁ、みんな小屋の外に出ろ。まとめて面倒見てやるぜ」
こうして、俺は弟子三人を相手に剣をとった。
パワータイプの重戦士に、最強の魔法使い、そして、万能の愛弟子。気を抜けば苦戦は必須な組み合わせだな。
レンカは随分すごい人達を友達にしたもんだ。
だから、師匠として、ちゃんと見せてやらないとな。
「どっからでもかかってこい」
想像で全てねじ伏せて証明してみせる。俺とレンカにはその力があるってことを。
「くぅー! 相変わらず宗一の旦那を相手にすると、全身がぞくぞくするさね!」
「この威圧感……。本当にさっきと同じ人?」
「リコ、あんたは今回が初めてか。速いぞ。レンカ以上に」
「冗談は止めて、あれ以上とか詠唱する暇ない」
「冗談だったら、あたいは宗一の旦那に一撃くらい入れてるよ。今まで一撃もまともに入れたことないぞ」
「……それが本当だったら、すごいめんどい人」
さて、シエラとリコはハンマーと杖を構えたか。
後はレンカだけだけど、あの雰囲気前より更に強くなったかもな。
恐ろしく落ち着いている。レベルも20まで上がって、ステータスもオールCまで上げただけじゃない。
強敵に勝ってきたことで自信もついてきたおかげか。
「先生行きます」
「あぁ、まとめてかかって来い。試合開始だ!」
うおっ!? 開始した瞬間にレンカが目の前に現れた。
なんつうスピードだ。速度だけで言えば、誰よりも速くなってやがる。
もういつものように避けたり、腕だけ掴んで転ばせたりは出来ないな。
受けるしか無い。
レンカの剣を、俺も剣を振って受ける。
動きが止まったレンカが次何をするかは、すぐに察知出来た。
「エクスプロード!」
つばぜり合いで密着している俺に対する魔法攻撃だ。
だが、来ると分かっていれば相殺出来る。
「フレアボール!」
お互いの指輪が輝き、炎の塊がぶつかりあう。
そして、レンカの戦い方なら、相殺に持ち込んだ時点で俺はレンカの罠に誘われている。
炎による目くらまし。
その奥から襲ってくるのは――。
「オメガフレア!」
リコによるもっと巨大な炎だ。
既にレンカはバックステップで俺から離れ、炎には巻き込まれない位置へと逃げている。
「リフレクトシールド!」
これも敢えて避けずに受ける。
前に突っ込めば、それこそレンカ達の思うつぼだ。
炎を魔法の盾で受け止めると、炎の影からシエラが飛び出してきた。
「メテオインパクトォォォォ!」
シエラがハンマーを振り回しながら突っ込んでくる。
魔法を目くらましに使い、本命は最も威力のあるシエラの攻撃。
「そうだ。そうやって、魔法と武器による攻撃を連携して戦うんだ」
迫るハンマーを横に飛んで回避し、着地したシエラに向かって剣を振り下ろす。
これでまずは一人だ。
「させません!」
「レンカ!?」
シエラへの一撃は、目の前に滑り込んできたレンカによって防がれた。
となると、不味いな。態勢を立て直したシエラが――。
「ナイスレンカ!」
横薙ぎに俺の頭目がけてハンマーが振るってくる。
俺が上体を反らして回避すれば、今度は紫色の雷が襲ってきた。
「オメガエクレール!」
さすがにこの連携はその場だけで回避出来ない。
リコの雷を避けるために、バク転しながらその場を大きく離れ、俺も息を整えた。
「ふぅ、三人ともなかなかやるな」
レンカもシエラもリコも三人揃って、良い連携をしてくれる。
「うー……先生を追い詰めているはずなのに、全く追い詰めている気がしません」
「相変わらず宗一の旦那はメチャクチャ動くなぁ」
「でたらめすぎる……。当てるのが面倒臭くてしかたない」
三人とも良い線行っているが、まだまだ俺も負ける訳にはいかないしな。
ただ、これでレンカに必要なモノが何かは分かってくれたはず。
「レンカ。何が必要か分かったか?」
「あ、はい。常に敵の動きを読んで、変化し続ける戦いに合わせて動くことですね?」
「その通り。超スピードで動く敵、魔法からの近接攻撃、近接攻撃から魔法への切り替え。常に自分の得意とする戦いに持ち込むんだ」
レンカが学ぶべき事を理解してくれた。
なら、次は新しい弟子達にも教えるか。
「そうだ。それじゃぁ、ちゃんと今からの動きも覚えろよ。まずはシエラに行くぞ!」
「来たな! 宗一の旦那!」
「シエラは踏み込みが速すぎる! もうちょっと引きつけるんだ!」
シエラが俺に反応し、的確にハンマーを振った。反応速度は素晴らしいが、緩急に弱い。
ハンマーが俺の目の前を通り過ぎた瞬間に、俺は魔法の名を叫んだ。
「フレアボール!」
「誘ったのさ! アイスショット!」
俺の炎魔法にシエラが氷魔法をぶつけて、二人の間に蒸気が発生する。
その蒸気の中に俺は剣を突っ込むと、鈍い音と一緒にシエラが短い悲鳴をあげた。
「悪いな。誘いに乗ったんだ」
「ぐっ……そ」
これでシエラは撃破。なら次は――。
「次、リコ!」
「オメガ――」
「リコは自分の魔法に頼りすぎ。もっと動き回りながら魔法を撃つんだ! それと、味方がいる時は敵に魔法を当てるだけじゃなくて、味方の武器に魔法を付与して、戦いを有利に進めるサポートも覚えること!」
リコの懐に飛び込み、詠唱を潰すために剣を振る。
だが、俺の剣は空を切った。
「エクレール!」
背後に転移したリコの杖から紫電が襲いかかってくる。
「自分の弱点くらい把握済み」
「だから、言ったんだよ。自分の魔法に頼りすぎ」
紫電は俺には届かない。
届く前に背中で爆発が起きて、リコが俺の前に吹き飛んできた。
「え? あれ?」
「リコが転移した瞬間に魔法結晶を転移陣に放り込んだ」
「いつのまに……」
残りはレンカ後一人。
「次、レンカ!」
「は、はい!」
俺の全速力で襲いかかるとレンカは俺の剣を受け止めた。
そして、打ち返すこと無く、俺の身体に向けて手を伸ばしてくる。
「人形乱操!」
接近戦で臆すること無く自分の操作を止めて、敵を仕留めるために手を伸ばせるようになったか。
あの左手は直接触れると不味い。ならば、魔法で弾く!
「フレアボール!」
「リフレクトシールド!」
魔法に対する恐れは全く感じられない。
リコの強烈な魔法に突っ込んだ時の自信がきっと残ってるからだ。
だからこそ、レンカは気を付けないといけないことがある。
「レンカ!」
「あっ!?」
レンカの左手に俺の剣がそっと触れる。
それだけでレンカは俺の考えと自分のミスに気がついたようだ。
これが刃物だったらどうなったかは容易に想像がつく。
「そっか……。相手は魔法剣士のミリアルドですもんね」
「そういうこと。レンカが魔法を防ぐ盾を張っても、こうやって剣で待たれたらどうしようもない。それも魔法剣なんて構えられたら、手が吹き飛ばされてるぜ」
「あう……また届きませんでした」
「でも、よくがんばったな」
俺はレンカの頭を撫でて、頑張りを労う。
「えへへ……ありがとうございます」
人形使いとしての身体能力向上を一時的に止めてでも、敵を倒しに行く覚悟が出来た。
触れられれば、それこそ敵に自害させることも、動きを封じて一方的に攻撃することも出来る。
人形使いに与えられた必殺のスキルだ。
レンカを撫でていたら、いつのまにかシエラとリコが集まっていた。
「あー……くそー。まーた負けた。というか三人がかりで勝てないって、すげーな宗一の旦那」
「レンカこんな先生とずっと戦ってたんだ……。強かったのも納得……」
俺からしてみれば人形使いの能力じゃ無くて、自力でここまで動ける二人の方が化け物染みているんだけどな。
でも、この二人のおかげでレンカは強くなれたし、もっと強くなれる。
「それじゃ、ちょっと休憩したら、レンカの番だからな」
「はいっ! がんばります! 先生、シエラちゃん、リコちゃん、よろしくお願いします!」




