レンカVSシエラ sideレンカ
昨日はあんなに緊張していたのに、先生のおかげでゆっくり眠れた気がする。
身体の調子は悪くない。
私を操る光の糸も修行通りに使えている。
先生は観客席で私を見守ってくれている。
良い所を見せて、先生の力を私がみんなに証明するんだ。
きっとやれる。多分やれる。ううん、違う。先生ならきっとこう言う、私がやるんだ。
私は大きく息を吸い込んでから吐き出すと、ゆっくり目を開けた。
今回の試験会場は闘技場形式の広場。先生達はちょっと高い位置にある観客席から私とシエラちゃんを見下ろしている。
目の前にいるシエラちゃんは木で出来た巨大なハンマーを担いでいる。
剣術の試験なのに、何でハンマーなんだろうと思ったら、あくまで近接戦闘術の試験で、たまたま私が剣を使っているから剣術の試験になっているみたい。
それで、シエラちゃんの職業は重戦士で武器は何でも使えるけど、師匠のゴルドンさんに合わせたって聞いた。
だから、勝敗関係無く、それぞれの動きが評価されるみたい。
それにしても、見れば見るほど、あの大きいハンマー当たると痛そうだなぁ。頑張って避けないと。
「レンカ、あんた少し変わった?」
「え?」
シエラちゃんの質問に、私は上手く返事が出来なかった。
確かにステータスとレベルは上がったけど、シエラちゃんからしてみれば、FとEの差なんてほとんどない。
だって、シエラちゃんのレベルは三十もあって、ステータスも力がS級、速さや頑強さがB級、魔法は苦手だと言いながら、魔力だってC級だ。
B級評価なら、十分に武器になると言われるのに、S級なんて普通に戦ったら達人くらいしか敵わない。
でも、先生は教えてくれたんだ。私にステータスは関係無いって。ステータスだけで相手を怖がる必要なんてない。
「やっぱりちょっと変わったよ。ゴルドンの旦那が見たら、心の筋肉がついたって言いそうな顔してる」
「え? でも、私、力がFに上がったばかりですよ? そんなに変わりました?」
ステータスは関係無いって分かってるけど、やっぱり上がってると嬉しいなぁ。先生はもう全部A級になってるし、私も先生に早く追いつきたい。
「あー、安心しろ。身体に筋肉はついてない。見た目は相変わらず弱っちいままだ」
「フォローになってないですよ!?」
「フォローしてるさ。あんたに対する最大限の敬意さね」
私が驚くとシエラちゃんは鼻で笑ってきた。
でも、目は笑ってない。真っ直ぐ私を射貫く怖い目をしている。
「そんな相手でも本気を出さないと危ないって、あたいの筋肉がざわついているからね。手加減はしないよ」
「あ……」
そっか。シエラちゃんの目は私を見ているんだ。
私の力を測ろうと、シエラちゃんは本気で私と戦おうとしてくれている。
私もそれに応えないと。そうだよね? 先生?
私の問いかけに先生は答えてくれない。でも、私を見てくれている。
胸を張ってシエラちゃんと戦えたって言えるように、先生の言葉とゴルドンさんに勝ったことを証明するために、先生の教えてくれた全てをぶつけるんだ。
「ありがとうございます。シエラちゃん」
「ん? なんで感謝?」
「だって、おかげで私も本気で戦えます。私が勝てたら先生の強さを証明出来ます」
「ククク、アーハッハッハ!」
「シエラちゃん!? 私そんなに変なこと言いました!? た、確かに階級最下位の私が言うには恥ずかしいかもしれないですけど!?」
「あはは。悪い悪い。バカにした訳じゃないんだ」
シエラちゃんは大笑いを済ますと、呼吸を整えるように目を瞑って大きく息を吸った。
そして、落ち着いたのか私を真剣な目で見つめながら、口だけは笑っている。
シエラちゃんの不思議な笑顔に戸惑っていると、審判の先生が私達に武器を構えるように言ってきた。
「ただ、あんたとやるのが俄然楽しみになってきたってだけさ。良いよ。見せてみなよレンカ。あんたの本気を。私の本気で全て叩き潰すからさ!」
シエラちゃんがハンマーを振り回し、私に向けてくる。
あぁ、ついに始まっちゃうんだ。
怖いなぁ……。
あんな大きなハンマー当たったら痛そうだなぁ。
負けたら先生に申し訳ないなぁ。負けたくないなぁ。
……先生にだけは見捨てられたくないなぁ。
だから――。
「はい。私も全力で参りますっ!」
絶対に勝つんだ!
想像するんだ。私の知っている一番強い人の背中に追いつく自分を!
「試合開始!」
行きます! 先生!
審判の合図とともに、私は地面を蹴って飛び出した。
姿勢はハンマーを普通に振るわれても、当たらないくらい低く!
そして、足下を狙われたら――。
「やっぱり、あたいの考えは間違ってなかった! そのスピード、あたい以上だ! でも! 当たってしまえばどうということはないさね!」
来た。やっぱり、足下をなぎ払うようにハンマーを振ってくる。
相手の視線は今下に向いている。こういう時、先生なら!
「なっ!? 消えた!?」
上に飛んで視界から消える!
そして、見失っているシエラちゃんの頭にあの技を放つ!
先生から教えて貰った、身体を捻り回転の力を加えて剣を振り下ろす必殺技!
「メテオ――」
「上だシエラ!」
誰の声だろう?
何人もの声が重なって、誰が言っているのか分からない。
困ったな。その声のせいで、シエラちゃんがこっちに気付いちゃった。
あぁ、そっか。私の応援なんてする人いないよね。みんなシエラちゃんの応援するよね。
誰も私に勝って欲しくなんか無いよね。
どうしよう? このままじゃ、当たらないや。
せっかく勝てると思ったのに……。
「レンカ!」
あれ? 先生の声だ。ごめんなさい先生。私やっぱりダメな――。
「信じろ!」
あぁ、そうだった。何で諦めようとしてるんだろう?
私は昨日の夜、信じるって決めたんだ。
先生と先生が信じてくれる私のことを。
何で一度攻撃が通用しないぐらいで諦めようとしたんだろう?
当たらなくてもいいや。先生なら、この大技を囮にして次に繋げる!
「インパクト!」
思いっきり振り下ろした剣はシエラちゃんに当たること無く、砂の床に当たった。
そのせいで、砂が思いっきり舞い上がり、目の前が黄色い砂煙でいっぱいになる。
「ちぃっ! あたいに向けてゴルドンの旦那の技を! やってくれるねレンカ!」
シエラちゃんの声は、真正面よりちょっと左側から聞こえる。
なら、このまま当たれ!
私はシエラちゃんの声がした方に向けて、剣を思いっきり投げつけた。
「うおっ!? まさか声だけであの中から投げたってのか!?」
剣を投げると同時に走り出していた私は、砂煙を突破した瞬間にシエラちゃんが剣をハンマーで防いでいたところを見た。
すごいなシエラちゃん。何も見えない所から急に剣が飛んできても、しっかり防ぐんだ。
私みたいに人形操作している訳じゃ無くて、自分の身体で反応して止めるんだもんなぁ。
やっぱり階級五位の人は強いなぁ。
同じ人間でも、私とは身体のつくりが違うんだろうな。
でも、私は先生みたいに強くなって、勝つって決めたんだ。
シエラちゃんが剣に気を取られて、上を向いている隙に、下から襲いかかればいけるはず!
私は一気にシエラちゃんの懐に飛び込んだ。
「シエラ前だ!」
もうその応援は遅いよ。今度は私の方が速い!
私はガードの空いていたシエラの胴体に向かって、思いっきり拳を放った。
自分自身の力は込めない。外側から力をかけて、私の考える最速の拳を打ち込む! 先生の拳を真似て!
「ぐっ! くはっ……剣すらも囮だったてのかい!」
入った! 私の攻撃が初めて人に届いた! しかも、階級五位のシエラちゃんに!
なら、ここでもう一発――、って、あれ? 操る腕が重い?
「でも……捕まえたよ! レンカ!」
しまった! 攻撃を当てた事に夢中になりすぎて、いつのまにか掴まれていたんだ。
シエラちゃんは既にハンマーを振り上げていて、私の頭にきっと振り下ろす。
早く逃げないと、この攻撃で私がやられちゃう。
でも、シエラちゃんの腕力は私の集中力より強いのか、なかなか手が引っこ抜けない。
ダメだ。逃げられない。
ここで負ける? そんなの嫌だ。私はまだ何も出来てない!
「あたいの勝ちさね! レンカ!」
ハンマーが振り下ろされた。
先生ならこんな時――!
私が思っていた以上にすごい地響きのような音がして、私は吹き飛んだ。
目の前がまた黄色い砂埃まみれになって何も見えなくなる。
「いったー……うぅ、予想していたとは言え、やっぱり痛かったです……。先生のようにはいきませんでした……」
すごく痛かった。多分、人形操作の術が無かったら、左腕はろくに動かないと思うほど痛い。
「お、おい! レンカのやつ立ってるぞ!?」
「バカな!? シエラの馬鹿力とハンマーを食らって立ってるなんておかしいだろ!?」
「なら、あの状態で避けたってのか!? それこそありえない!」
「防御だったらもっとあり得ないだろ!? シエラの力なら、盾ごとぶち破るぞ!? それを腕だけで防ぐとか無理だ!」
みんなが随分驚いているけど、何に驚いているんだろう?
私はシエラちゃんの攻撃を避けきってもいなければ、防いでもいない。
普通にダメージを食らったんだ。
あれから十秒くらい経っているのに、左腕がジンジンしてる。
「なぁ、レンカ。あんたが初めてだ」
「え?」
砂煙の向こうからシエラちゃんの声がする。
「あたいの一撃を避けず、防がず、まっ正面から潰しにかかったのは、あんたが初めてだったんだレンカ。あたいのいた村にもいなかった。魔物ですら見たことない」
砂煙が晴れると、シエラちゃんは自分の身体の右側の地面にハンマーを叩きつけていた。
しかも、シエラちゃんは笑顔だった。まるで親しい友達と遊んでいるかのように、本当に楽しそうに笑っている。
「レンカ、あんたはやっぱりオモシレェッ!」
「でも、すっごい痛くて、左腕がまだ痺れていますよ。さすがシエラちゃんです。S級の力ってこんなにすごいんですね」
「ハッ! 良く言うぜ? そのS級の腕に向かって拳を打ち込んで、ハンマーの軌道をそらしたあんたが言う台詞か?」
「先生なら、もっと華麗にやっていました」
私の攻撃を何度も止めた先生は、いっつも私が怪我しないように、手で私の腕を掴んでくれた。武器を使って私を痛めつけようとしたことは、ほとんど無かった。
そんな先生の戦い方を一番近くで見続けていたから、私はシエラちゃんの腕を弾くって思いついたんだ。
「ククッ! アハハ! 良いね! 言ってくれる! あたいもゴルドンの旦那だったら、レンカの拳でずれなかったかもな」
シエラちゃんも自分の先生のことを尊敬しているのが、とっても伝わってくる。
お互いにまだ先生の背中は遠いみたいだ。
「だけど、あたいはあたいだ。効いたぜレンカの拳。笑っちまうくらいに右腕が痺れてやがる。あんたやっぱり良い筋肉してるのかもな」
「さっきは筋肉ついてないって言っていませんでしたか?」
「心の筋肉だよ」
先生がゴルドンさん相手に変な顔をしていた理由が、何となく分かった気がする。
改めて言われると困るなぁ。……心の筋肉って何だろう?
私、そんな脳みそまで筋肉みたいなことしたのかな?
「よ、よく分からないですけど、光栄です」
「あぁ、それで良い。さぁ、仕切り直しだ。あんたの得物を拾いな」
私に剣を拾わせてくれるんだ。なら、遠慮無く拾っちゃおう。
私は近くに落ちていた剣を拾うと、改めてシエラちゃんに向けて構えた。
「なぁ、レンカ」
「なんでしょうか?」
「あんた強いわ」
シエラちゃんは突然何を言っているんだろう。
強いのは階級五位のシエラちゃんだ。私の想像する最強の私でも勝負を決めきれないのに。
「あんたに負けたくないって本能的に思った理由が良く分かったよ。とぼけた顔して、戦いなんて向いてない小さな身体なのに、何か底知れない強さを感じてた。その強さを今のあんたは私に向けている。それを感じたあたいが言うんだ。あんたは強い。今まで何してた?」
「私が強くなったのなら、変われたのなら、きっとそれは先生のおかげです。先生がいるから、私は落ちこぼレンカを止めました」
「そっか。悪いな。つまらない質問で時間を稼いで」
「いえ、おかげで手の痺れは大分治まりました。シエラちゃんもそろそろ治ったのではないですか?」
「クク、お互いにちゃっかりしているな。ガッカリしたか? つまらない小細工だって」
別にそんなことでガッカリなんかしない。
むしろ、ちょっと嬉しい。
「構いません。だって、シエラちゃんが言っていたのですよ。本気で戦うって、それに私は全力で参りますって言いました。これでお互いに全力を出して戦えます。だから、恨みっこなしです」
「クク! アッハッハッハ!」
「え!? 私何か変なこと言いました!?」
「あんたをバカにしないって言ったけど、ありゃ訂正だ。レンカ、あんたはバカだ。大馬鹿だ」
「えぇぇっ!? 酷いですよ!?」
「でも、最高の褒め言葉ってヤツさね! レンカ、あんたはあたいが絶対に倒す。いんや、あたいがあんたを倒したいんだ! いくよレンカァァァ!」
うわっ!? シエラちゃんが笑顔で襲ってきた!?
でも、どうしてだろう? おかしいな。
私も頬が勝手につり上がって、笑ってる。
「参ります! シエラちゃん!」
嬉しいんだ。
先生のおかげで、私を無視していた人達の中にも、私を真正面から受け止めて、戦ってくれる人がいることに気付けた。
私はまだこの人達と強くなりたい。そして、この人達よりも強くなりたい。
そして、先生みたいに強くなるんだ。今ならそれが現実に出来るような気がして、すっごく嬉しくて、とっても楽しい!
「良い笑顔だレンカ! 食らえええええええ!」
「食らいません!」
思いっきり振り下ろされたハンマーを横っ飛びで回避すると、飛んだ方に向かってハンマーが振り回された。
「逃がすかあああああ!」
「それでも!」
少しジャンプして、あのハンマーがすれ違った瞬間を足場にする。
私は足下にハンマーの頭が来た瞬間を狙って、ハンマーを蹴って真上に跳躍すると、上半身を捻って身体を回転させ始めた。
見ておけと言った先生の姿を、私はちゃんと覚えている。
あの姿に私は自分を重ねるんだ。
「シエラ上だ!」
もうその声援は無意味だよ。
みんなが私に負けて欲しいと願ったとしても、私はもう勝つって決めたんだ。
勝つ妄想はもう完成してる!
「先生の真似して覚えた――」
シエラちゃんは自分のハンマーの勢いに引っ張られて、急に動くことはもう出来ないし、今回の私は威力を減らしてでも速度を出すために、跳躍距離を短めにしたんだから!
「メテオインパクト!」
「ああああああああっ!?」
回転の力が加わった一刀がシエラちゃんの頭を捉えると、シエラちゃんは地面に倒れた。




