田舎露
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雨が降ってきた。
山の天気は変わりやすいというが、まさか先ほどまでの晴天を裏切られるとは思ってもいなかった。雨の匂いはしなかったのになぁ、と独り呟く。
都会人としての油断。
俺も平和ボケしてきたかな、とコンビニで買った安物の傘を片手に山道を歩く。目的は部活で創った部誌の、表紙に使う写真だ。ここの山頂からは清水と山がちょうどいいバランスで撮れるため、絶対というわけではないが、ここでもいいかもしれない、と思って登った次第だ。
目的は文芸部のものだが、建前は写真部としての活動である。兼部していると、ある技術が違う部活で使えるときもあり、知らず知らずのうちに芸達者になれる場合がある。実際いい組み合わせは文芸部と演劇部だったが、正直自分が役者になりきれるとは思えなかったので、写真部に逃げ込んだわけだ。
結果的に、それはそれでまた良い組み合わせだったのだが。
ぬかるんだ土を踏みしめながら思う。「だからっつって人使い荒いよなぁ」先輩と言えど、まさか自然の風景を撮ってこいと言われるとは思っていなかった。嫌ではないのでが、流石に手間だ。
だが、雨が降ってきたのは運が良かったのかもしれない。ちょうど部誌のテーマが『露』だったためだ。現に、登っている最中も使えそうなものがあれば手当たり次第撮っている。--露のついた蜘蛛の巣、雨をはじく露草、腐り落ちた幹に染み込む雨。
撮りながら思っていた。
--全てが自然だった。
「そこに在るがままに」
木々に呼びかけるように呟いた。
舗装されているとは言え、山道は山道だ。土が足を滑らせ、度々木にしがみつきながらも何とか登りきった。雨は降り始めよりも多少は弱くなっているようだった。しかし、霧状になった雨粒が靄となって、清水を遮っていた。念のため、と一枚シャッターを切るが、今一つの出来。
「どうすっかね……」
困り、近くにあった切り株に腰掛け、景色を見下ろす。
--切り立った崖と、その前に立つフェンスは入れたくないから、こんなものか。だけど、靄がかかってるから「自然」って感じはしないなぁ--。
口の端を指で弄りながら、数分、そうしていた。雨は止む気配がない。湿度が高くなっているのか、肌にジメジメとした空気が張り付いた。
そこで、思いついた。もしかしたら、という一種の賭けだったが、やるだけやってみようという気で、山頂から山を駆け降りた。舗装階段を二段飛ばしで、傘の空気抵抗が邪魔になり、途中で畳んで、更に降りる、降りる、降りる。
中腹の少し下まで来た頃だろうか。
階段から少し出て、木々が生い茂る山の斜辺に足を踏み入れた。そのまましばらく歩き、「この辺かな」とその場にしゃがむ。本当は寝転がりたかったが、服が汚れるのはまずいと思い、あえなくこの体勢をとった。そのまま持っていた一眼レフを空に向け、ピントがあった瞬間にシャッターを切った。
素早く写真を確認すると、思ったほどではなかったが、そこそこ良い写真が撮れていた。
雨に濡れる木々と、自由落下をする線状の雨粒。葉の隙間から見える曇天は重く暗いものだったが、これはこれで「自然」と「露」の色を濃く反映していると感じた。
すぐに祖父の実家に戻り、持参したパソコンで撮ったものを数枚編集し、携帯に入れ、文芸部のメンバーに送った。
数分ほどで返信がきた。『これとこれ、いいじゃん』そこには、空を撮った写真も含まれていた。
『どれかは決められないので、みんなで決めましょう』
『じゃあ、そうしようか』
結局、人気のあった三枚を、投票で決めることになったのは、また違う話だ。
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