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田舎音

**********


 原風景ともいうべき風景の中に、立っていた。十字路の中心でぐるりと回れば、見えるのは木々と畑、少々の住宅だけだった。人の姿はまったくなく、そこから少し歩けば河が見えた。小さな船のようなものが一つ浮いており、中で誰かが寝ているのが見えた。

 河川敷、と言うのだろうか。それにしては人もいないし、しっかりと整えられた空間があるわけでもなかった。その場に腰を下ろし、しばらく河を見つめる。俺のすぐ後ろは車道になっているが、まったく車は通らない。横断などしたい放題だった。

 不意に、携帯が揺れた。パーカーのポケットから取り出し、相手を見る。いつも通り、祖父だった。通話ボタンを押して耳にあてる。

「もしもし?」

『おう、今どこだ』

「河川敷もどき」

『分かった、今行く』

「来いって頼んでねぇよ」

 言い終る前に切られてしまった。自営業者なのに話を聞かなくていいのか、それで商売はできているのか、と言いたくなる。しかし、もういい加減歳なので、言っても無駄だということはよく分かっていた。

 ――祖母が土筆つくしを取りたいとでも言い始めたのかもしれない。もう少しこの河を上った所に土筆の群生地があるのだ。しかし、祖母の通った後は芝刈り機でも通ったのか、と思うほど土筆がなくなっているのだ。生態系破壊のようで正直怖い。

 一つ、溜息をつく。河の流れの音、風の音、草の揺れる音、それらは一つの楽器のように共鳴し合って、音楽を聞いているような気にもなった。もうしばらく、聞いていようと思う。後ろで騒がしく車が通って行くが、それすらも音楽の一部だ。

 目を閉じる。さきの船が、水を切っている音が聞こえた。中の人が岸に向かって漕いでいるのかもしれない。また遠くから、車の音が聞こえた。それは俺から少し離れた所で止まったようだった。仕方なく目を開ける。

「来いって頼んでねぇよ」見なくても車の主は分かっていた。祖父だ。

「もう帰ろうと思ってな」

「雨の匂いはしねぇぞ」都会生まれ都会育ちだが、いわゆる『雨の降る前の匂い』はよく分かっていた。

「俺の用事だ。ついさっき思い出した」

「ふざけろ」

「物忘れが最近酷くてな」

「自覚してるならメモ帳を持ち歩け」

「それも忘れるだろうな」

「ふざけろ」

 祖母は乗っていなかった。後でバスか電車で帰って来るらしい。俺は助手席に乗って、窓を全開にした。車が風を切る音が、車内を包んだ。頬杖をつき、河を見ていた。

「何か聞こえたか?」

「原風景の音楽」

「そうか」

 車は田舎の音楽から離れ、都会の音楽に戻ろうとしていた。


**********

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