田舎歩
田舎を歩く話。
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月影が朧げにさしていた。この地域には電灯というものがほとんどないため、月の光だけが地面を照らしていた。
周りは田んぼと畑しかなかった。名古屋から六十キロほどしか離れていないのに、まるで別天地のようだ。きっと今を都会で生きる者には想像しがたい世界。
だが、俺はそれが、別に嫌いというわけではなかった。むしろ好んですらある。
中途半端な田舎ではなく、本当に辺鄙な、何もないド田舎。だからこそ、廃神社や森、山を多く見つけられるのだ。
今向かっているのは、前々回来た時に見つけた、曽祖母の実家から小さな山を越えたところにある、御神体があるのかすら分からない、廃れた神社だった。名目上、その神社は、社がある向かいの道路の人の土地となっていたが、その人自身高齢で病院に移り、今はその家は空き家、神社も管理する人がいない状態だった。
最初それを見つけた時は、雑草が生い茂り、屋根も所々剥がれ落ちている、建物だとギリギリ言えるような風貌をしていた。しかし、祖父を呼び、簡単な掃除だけはしたので、ちょっとした憩いの場になる程度には見違えていた。
山を迂回する形で歩き神社の入り口に到着する。ここで時間を見る。深夜の一時になる前だった。早くしないと、と俺は苔むした石階段を登る。
何時になろうが、この辺りにはほとんど人はいないし、誰もこない。揶揄でも何でもなく、事実だった。
もし仮に誘拐犯が出たとしても、その時はその時で、いくらでも逃げる手はあった。いざとなれば神社を横切って山を駆け上がり、そのまま越える形で実家に戻ればいいのだ。
というより、山登りより山下りの方が個人的にはかなり楽だった。落下するリズムに合わせて木を掴み枝を掴み、移動するのが一番効率的な山下りだ。
ちなみにこれは、俺自身あまり体力がないため、山登りで疲労しきった状態でどうやって下山するかを考える中で、自然と生まれたものだった。荷物がほとんどない時のみ、と山中限定、という制限がつくが。
何がともあれ、石階段を登りきり、境内に辿り着く。お世辞にも神社は綺麗とは言えなかったが、むしろこの雰囲気を好む自分がいた。
神社の縁側に座り、祖父にメールを打つ。『山の神社、縁側』。送信ボタンを押し、携帯をポケットに入れる。丁度、雲の切れ間から月が出たところだった。
空を仰ぐ。少し場所が小高いためか、それとも空気が澄んでいるためか、月がよく見えた。しかし、俺は月だけを見にきたわけではなかった。
唐突に、星が一つ、流れ落ちた。否、一つではない。連鎖するように、いくつもいくつも、後から流れてくる。
ペルセウス座流星群。
二〇一六年八月の中旬に見られた流星群。
夜明け前の空を走る、いくつもの命。
降っては消え、降っては消えを繰り返す、魂の煌めき。廃れた神社の縁、こうして流星群を見るとは思っていなかった。
感慨深い気持ちに襲われていたが、ここで祖父からの返信が来た。
『そこからならよく見えるんじゃないのか?』
『ああ、よく見えるよ』
それからしばらく、俺は星を見ていた。
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