田舎夏
夏のお話。
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夏は蝉が五月蝿い。しかし、実際、この地域にあまり蝉はいない。むしろ、蝉以外の害虫が多い。車から降りるなり、蚊の大群に歓迎された。
俺は血液型がO型なので、結構刺される。正直、夏にここに来るのはあまり好きではなかった。しかし、墓参りだ、仕方ない。
「長いの着て来たか?」
「問題ない」
住んでいる都市部では暑い格好――長袖のシャツとGパン――だが、向こうの地域に着けば丁度よくなる。要するに、温度差が大きいのだ。
夏は丁度いいくらいの気温だが、冬はたまったものじゃない。厚手のダウンを着ても寒いのだ。
車の中ではシャツの袖を捲る。数時間祖父の車に揺られながら音楽を聞く。このイヤホンもそろそろ変え時かな、と感じた。
目的地は、自分で言うのもなんだが、かなり辺鄙な場所だ。傍から見れば『あの車、どうしてあそこにとめているんだろ』と思われているに違いない。しかし、あまり気にしない。
「水持てよ」
「はいはい」
後ろのトランクから2Lのミネラルウオーターを一本取り出し、右手に持つ。
車のとめてある路肩から反対方向にあるガードレールに向かう。ガードレールを跨いで、道路の向こうに広がる獣道に足を踏み出す。秋や冬に来ると落葉が酷く、進み辛い道だ。
「手ぇ貸そうか」
「要らねぇ」
何十回も歩いた道だ。正直、楽勝に進める。
ガードレールの隙間から獣道に入り、数メートル進む。平らではない。結構急な下り坂になっている。――既にこの時点で木の根やら、ぬかるんだ土やらで転びそうだが、問題ない。深く足を踏み込み、一歩一歩降りていく。
一番下に辿り着き、左に向かう。雑草が生い茂り、違った意味で歩きづらい。その道の脇に墓が二つあるが、これは目当てのものではない。違う家族のものだ――、が、ちゃんと来ているのだろうか。手入れされた形跡が全くない。
二つの墓を通り過ぎ、道が二手に分かれる。真っ直ぐ行くか、左に行くか。俺たちのルートは左だった。――ガードレールの隙間からカタカナの『コ』の字のような道順だ。
「爺ちゃん、先登れ」
「偉そうに」
鼻で笑い返した。先に祖父が登り、次に俺が登る。右手をかけた時に、葉で少し切ってしまった。薄皮だけ切れたようで、血は出なかった。
二つの墓。
苔がびっしりとつき、大きさも違う二つの墓。
俺はボトルのキャップを外し、ドポドポと墓にかけた。祖父が線香に火を点けた。
「左に傾いてやんの」
「地盤が緩いんだろうな」
祖父が数珠を俺に投げ渡した。それを持ち、合掌。
虫のワンワンと耳元で鳴く音が聞こえた。
病院には行かない。今日は墓参りと、道の駅で何かを買っていく予定だったからだ。
道の駅で、新鮮な野菜を買う。この前、トウモロコシの皮をむいていたら、中から芋虫が出て来たというエピソードがある。それだけその野菜が美味いということは分かるが、流石に精神的ダメージは大きかった。
本気で勘弁してほしい。
その場所で野菜を大量に購入。近くの屋台で栗どら焼きとやらが売っていたので、それを一つ買う。中に入っている大きな栗が熱かった。
「夏じゃなくて冬に買うべきだったな」
「二百円損したか?」
「んにゃ、美味いから得した」
栗どら焼きの包装紙をくるんで、近場のゴミ箱に放る。入ったのを見てから、車のトランクに荷物を積み込んだ。
「五平餅でも食べてくか?」
祖父が運転席で言った。
「いいねぇ」
車は都市部ではなく、更に田舎の方に進んでいった。
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