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田舎春

春のお話。

**********


 春と言っても、桜がやたらめったら咲いていることはない。鶯が鳴いている時はあるものの、都市部公園で、当然のようには見られる光景がないのは寂しい。

 春でも山は青々としている。

 ここはストレスの解消にはもってこいの場所だ。祖父の実家があるこの地域は、昔から変わることなく存在しているらしかった。

「戦争の時も、ここはあまり被害はなかったんだ」

 祖父は遠い眼をしながら、戦争のことを話し始めた。

 俺はその話を聞きながら、祖父の実家の片づけを手伝っていた。老朽化が酷く、どこを歩いても床が軋んだ。壁につけられた祖父の父――俺の曾祖父――の写真は、当時の技術の結晶、白黒写真で残っている。

 曾祖父がいつ亡くなったのか、俺はあまり分かっていない。祖父に訊けばすぐ教えてくれるのだろうが、何故か訊こうという気になれなかった。

しかし、曾祖母はまだ現役だ。その家からしばらく行ったところにある病院に今はいるのだが、ボケもなく、会話もできて、よく笑い、俺が誰なのかも分かる。全く、凄い人だ。

妖怪のような人だ、と昔思ったことがあった。


「よう来たなぁかいちゃ」

 車椅子に座って、曾祖母は食堂にいた。何でも、今年で百四歳、この病院の中でも一番長生きしているらしい。多分、それはこれからもしばらくは続くだろうと思っている。――ちなみに、曾祖母は、『~ちゃん』と言わず、『~ちゃ』と言う癖がある。方言なのかは知らない。

『百十歳まで生きてくれよ』来る度に言うことだった。

「久しぶり、婆ちゃん」

 食堂の端から椅子を持って来て、曾祖母の隣に座る。――曾祖母なのに、呼び名は『婆ちゃん』だ。やや紛らわしいが、これが普通だ。

 少し大きな眼鏡、黒々した後頭部の髪、少し曲がった背中、あまり長くない肩。いつ見ても、変わらない格好だった。

 小学校の時、肩を揉んだ時に、曾祖母の背中が異様に小さく思えてしまったことがあった。それは、肩があまり大きくなかったせいだろう。今でも、背中が小さく見えてしまうが、代わりに大きなものを背負っているようにも見えた。

「何を背負っているのかな?」

「なぁんも背負っとらんよ」

 曾祖母はケタケタと笑った。

 よく笑い、よく遊ぶ。それが長生きするコツだ、と曾祖母に言われたことがあるが、それは半分正解で半分間違いだろう。

 笑って遊ぶ。それに加え、この地域の空気。

 青々と茂った木々、涼しい風が抜ける川、見渡す限りの緑。

 片や、こちらはビルという木々、淀んだ排気ガス、アスファルトで埋められた土。

 長生きするわけだ。

「廻ちゃにも私の血はあるからねぇ」

「長生きするってか?」

『あっはは』曾祖母は今時の笑い方をした。本当に楽しそうに笑うよなぁ、と思う。

 生きている場所が違うだけで、寿命はだいぶ変わって来るんだぜ。俺は舌先を出した。

「蛇に気をつけてな」

「俺は蛇年だけどな」


病院には十分もいない。曾祖母に挨拶をして、祖父の運転する車に乗る。曾祖母も、すぐ来てすぐ帰ってしまうのにもう慣れてしまったのか、特に呼び止めもしなかった。

「学校頑張りぃよ」とだけ言われた。

 よく分かるなぁ、と笑い返した。

 春の透き通るような空が美しかった。


**********

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