六
やっとのことで柳沢家に辿り着くことができた二人は、それでもいささか緊張した面持ちで門をたたいた。
「どうぞ、殿がお待ちになっております」
使用人は無表情に告げると、二人を屋敷の中に招き入れる。
客間に通された二人を待っていたのは、吉保本人ではなく、三人の家臣であった。
ここまでの仔細を話そうとした野口を、目つきの鋭い男がさえぎり、
「大変な目に合われましたな、殿は全て存じ上げていらっしゃるがゆえ、何も語らずとも、ご安心なされ・・・このような時刻に呼びつけたのが悪かったと、詫びてらした」
「事の始末は我らが方でいたすゆえ、もうお引取りいただいて結構でござる」
「ただ・・・今宵のことは、くれぐれも他言無用ということで・・・」
三人の家臣は、言葉を決められた役者のように、代わる代わるそう告げると、部屋を出て行った。
届け物を失くしてしまったのだから、ひどいお咎めを受けると、覚悟していた二人は、やや拍子抜けしまっていた。
しかし、それで良しといわれるのであれば、こちらからわざわざ何もすることもない。
二人は言われるがまま、屋敷を後にした。
「旦那、ようござんしたね、何のお咎めもありやせんでしたぜ」
「・・・・・・」
「どうしたんですかい・・そんな顔して・・」
「・・・・・」
「そりゃ、何も聞かれなかったっていうのは可笑しなもんですぜ、それにあの場には、あっし達しかいなかったわけで、それを全て承知といわれてもねえ・・・それでも、もうこれで関わり合いにならねえで済むってことで、良しとしましょうよ・・・あっしはあんな怖ええ思い、もう勘弁ですぜ」
「・・・・・・」
「ねえ・・旦那~」
口を真一文字に強く閉じ、何も言おうとしない野口に話しかけていた善三も、これ以上何を言っても無駄なようだと同じように口を閉じ、雪道に歩を進めた。
サクサクという音だけが夜道に残っている。
野口は考えていた。
(石版にクルス・・・闇鴉・・黒衣衆・・・獣のようなものに食いちぎられた者・・・柳沢様の事・・・・)
(善さんの言うとおり、もう関わらねえほうがよいのでは・・・)
(いや、わしも役人の端くれ、何ができるか判らないが、このまま調べを続けるべきではないのか・・・)
(しかし、今日のようにまた襲われれば、次は死ぬやもしれぬ・・・いかにするか)
色々なことを頭の中に廻らしていると、気づけば番屋の前に辿り着いていた。
「旦那、着きましたぜ」
重苦しい空気を纏ったままの野口の横で、やっと解放されると言う思いで、善三が番屋の扉を開けた。
その声で呪縛が解けたかのように、番屋の椅子に腰を下ろすと、
「おお、今日は危ない目に合わせちまって悪かったな・・今夜はお互いに疲れちまったな・・早く家に帰って休んでくれ」
あれだけくっついて離れなかった野口の口が開いた。
「へい、それじゃ・・・そんで、明日はどうなさいます?」
「・・・・それは、明日に決めるとしよう、なんだかこのヤマは、俺たちだけのことで済まないようだ」
「それは、どういうことですかい?」
「もう遅い・・明日話すから、今日は帰るとしよう」
「へい・・・・旦那がそういうなら・・」
おもむろに立ち上がり、番屋を出て行く野口の後を、善三が戸締りをして続いた。
その際、何かを感じた野口は、柳沢家から帰ってきた道のほうに目をやったが、そのまま家への岐路に着いた。
ひとつの影がその様子をずっと伺っていた。
野口と善三の姿が、はるか向こうに見えなくなったのを確認した後、影はもと来た柳沢家の方角へ消えていった。
寒々とした月明かりの降り注ぐ青白い町に、凍み渡るような鐘の音が、子の二つを告げていた。