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野口は、自身番屋でひとり困惑していた。


「旦那、どうしたんで、浮かない顔で・・・」


 凍てつくような風が舞う夕闇迫る町中を、一回りしてきた善三が、両手をこすりながら戻ってきた。


「それがな・・・訳の分らんことばかりで・・・この石板のことを他言したか?」


「いや、めっそうもねえ・・旦那との約束通り、こいつのことは誰にも話しちゃおりやせんし、そもそも、御調べのことはこの善三、今までだって誰にもはなしたこたあ話したことはありませんぜ、かかあにだって口が裂けたってしゃべったりしませんよ」


 少し驚いたように、それでいて真摯に善三は言葉を返す。

 その言葉に野口は、


「いや、疑ってるわけじゃねえんだ。気を悪くしたら勘弁してくれよ。ただただ腑に落ちねえんで、一応聞いてみたんだ」


「何がそんなにおかしいんですかい?」


「うむ、あのな・・・あの柳沢様の御家来衆が奉行所においでになって、誰も知る由のない、あの石板とクルスを、今晩御屋敷へお持ちするように言われたのだ」


「え?あの御側用人の柳沢様ですかい?」


「そうなんだ、まだ石板のことなどお奉行にも御報告しておらなんだのに・・・下手に報告して、善さんのいうようなことにならんように、密かににここに隠しておいたのだが・・・これからという時に困ったもんだ」


 石板を抱えながら、野口は渋い顔をしている。


「そうですね、何故柳沢様が、こいつのことを御存じだったんですかね・・あっしも旦那も他言してねえし・・それに今朝起こった殺しの現場にあったもんですぜ」


「俺もそこんとこが判らねえんで・・・」


「・・・・もともと、柳沢様はこいつのことを知っていたと考えるか・・・」


「善さん、それ以上は・・・・わしらがいくら勘ぐったところで、お言いつけには逆らえまい、いたしかたないが、お持ちするとしよう」


 疑心暗鬼といった野口ではあったが、半ば自身に言い聞かせるように言葉を続けた。


「このことを知っているのは誰なのだと問われたので、わしと善さんだけだとお答えすると、必ず二人揃って届けるように申された。まあ腑に落ちねえだろうが、付き合ってもらえるか?」


「へいそいつは構いませんが・・・そのお話、どうもきな臭えですぜ、よく話にあるじゃねえですか、知ってる者を斬っちまおうってやつが・・なんだか危ねえ気がしますぜ・・・・ところでお届けするお時間は」


「・・・・・子の刻にお持ちするようにとおっしゃられた。ここから御屋敷まで一つも掛からず着くだろう・・・子の一つ前にここへ来てくれるか?」


「子の刻っちゃあ、真夜中じゃねえですか・・・そいつはますます怪しいってもんですぜ、こえぇ、こえぇ」


 善三は肩をすくめるような格好をしてみせた。


「それじゃ、後ほど、かかあの飯食ってから戻って来やす、それで旦那はどうなさるんで?」


「こいつがここにあるのを放ってはおけねえから、わしはここで待つことにする」


「そりゃ悪いですよ・・・いいんですかい?ほいじゃ流しの蕎麦屋にあったら、番屋に顔を出すように言っておきますよ・・・それじゃ、ちょいと行ってきます・・・お、寒い寒いと思ったら、雪降って来ましたぜ・・・足音のしねえ雪道は、辻斬りにおあつらえむきですぜ・・こえぇ、こえぇ」


 少し茶化したように小走りに出ていく善三を、野口も笑いながら見送った。


「本当に何も起こらねばよいが・・・・」


 ちらつき始めた雪を見上げながら呟く横顔には、少しの笑みも見えなくなっていた。

 何かの前触れを思わせるように、雪雲の間からおぼろげな月明かりが漏れ出していた。




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