三
残雪が見え隠れし、葉影を落とす日差しは柔らかく、水墨画に描かれたような竹林が、小道に沿って奥の方まで続いている。
その景色に色を添えるように、笛の音が染み出してきた。
鼓の音とともに、翁の面を付け、頭の上から足の先まで、真っ黒な衣装に身を包み、所作を踏む男の足音は力強く、そして優雅に響き渡っている。
三つの影は、その黒き装束の舞の前に控えていた。
一舞い終えた男は、あれほど激しい舞を演じた後だというのに、息も上がらず、汗もかいていなかった。
そして、身体の所々に薬を塗られ、腕に布帯を巻かれた一つの影に声をかけた。
「あざみよ、お前にしては少し悪さが過ぎたのではないか?・・・・体の方はよいのか?」
「申し訳ございません、体の方は奴の術が放たれるほんの隙に、獣人に姿を変えることで、致命傷を負わずにおれました。厚き肌がなければ、私は既にこの世のものではなくなっておりました」
「大事なくよかった、お前にはまだまだ働いてもらわねばならぬからの」
付けたままの面が、そう言いながら微笑んだように見え、面は言葉を続けた。
「ところで、鍵の行方は判ったのであろうな・・ただただ、お前たちの腹を満たさせるために、あやつらを襲わせているわけではないのだからな」
「おっしゃる通りにございます」
そう答えたのは、身の丈七尺にも達しようとする大男で、名を柳飛と申し、影たちを束ねる一人である。
柳飛は頭を伏せたまま、おそれながらと言葉を続けた。
「かばうわけではございませんが、あざみは、あざみなりによくやっております、昨夜の者は少々厄介な者であったようで・・・石板の所在は判っております故、どうか御咎めなきようお願いいたします」
「柳飛はまこと優しいのう、咎めるほどのことではないわ・・・石板の方は、わしの方で手を打つ、町役人が動こうとて、何もさせはせぬわ」
翁の面は、顔一面に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。この先もご期待に添えますようより一層探索を厳しくいたします」
「まあ、そう焦らずともよい・・・我らが大義に誰も気づきはせぬわ・・・ところで、卯津伎からは何か言うてきてはおらぬか?」
「いえ、紗牙様が気になさるようなことは特には・・京のふぬけた歌舞伎者どもなど、紗牙様がご心配されずとも良いのでは・・・うっ・・」
柳飛という大男がそう言い放った刹那、紗牙と呼ばれた翁の面は、般若のような激しい気を吐き、柳飛はその気に抑えつけられるように、息ができなくなっていた。
「あの者どもを侮るではないわ・・・わしが何を思うておるか、言わずに判ろうものよ」
その言葉により、やっと解放された大男は、咳き込みながらやっとのことで息を吸い込むことができた。
「卯津伎に伝えよ、どんな些細なことであろうと、京都の者どもの動き、見失うはまかりならんと!・・・そなたたちもやらねばならぬこと、判っておろうな」
「仔細、承知しておりまする」
見えない力で抑えつけられた大男は、切れ切れにそう答えを返すのがやっとであった。
残りの二つの影もその様子に、無言で息をのみ込むのが精いっぱいである。
柔らかな日差しに包まれた竹林の中で、再び笛と鼓に合わせ、黒装束の男は優雅に舞い始めた。
その中、日差しに溶けた残雪が葉音をたてて滑り落ちると同時に、すべての影は翁の面の前から消えていった。