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雨は上がり、草の露から白い朝日がこぼれていた。

水かさが増えた川べりに、そのさわやかな景色に似合わない騒々しい 人垣が幾重にも作られている。しかし、打ち上げられた屍のあまりのむごさに、波紋が広がるように遠巻きになっていった。


「まったくひでえもんだ。片足がもがれていやがる。鋸で引かれたように、切り口がずたずたで、腹もまるで噛みちぎられたようですぜ。首も変な方を向いちまってやがる。」


 少し白髪の混じった初老の男、名を善三と言い、腰に十手を光らせる目明しである。善三は慣れた様子で、白い息を吐きながら背中を丸め横たわるものを見定め捨て鉢に言い放った。そして、困ったもんだというように頭をかきながら、傍らにいる、この寒さの中でありながら背筋をピンとさせて立つ、同心の野口に向かい、


「しかし、困りましたね・・これで似たような殺しをされたのが、正月明けてから三人目ですよ、旦那・・・いまだに下手人の手がかりさえつかめてませんぜ」


「善さん、そういうな・・こんな事件は誰が見ても頭を抱えてしまうもんだ。それより、ほかの二人との繋がりは何かあったかい?」


「それがさっぱりで・・・最初に殺された女が持っていたクルスは、キリシタンが持っているのとは少し違うようで、ご禁制の品であるのは確かなんですが、あんな夜鷹が到底持てねえような高価なしろものらしいですぜ、もう一人の男は殺しの手口が同じだけで、特に変わった持ち物はねえようです。二人に繋がりがあるとは思えねえんですよ・・・」


 腰にさした十手に手をかけながら、善三は思案顔を見せた。そして、ふと思い出したように呟いた。


「そういやあ・・・前にもこんなことが続いたことがありやした」


「旦那はお役について間もないですから、よくは知らねえでしょうが、十三年ぐれえめえ、例のお触れが出された頃に、同じように訳のわからねえ仏がたくさん出やしてね、それも獣に襲われて様な傷を、身体中につけられていたんですよ」

 

 言葉を挟もうとした野口を制し、善三は続けた。


「見たこともねえ獣を見たっていう者が何人もいて、『この世のものじゃねえ』『魔界から来た化けものが襲ってきたんだ』なんて噂するやつらも出てきて、いや、あっしはそんなこと信じねえで、調べを続けたんですが、結局何もわからねえまま放っておかれました」


 興味深げに聞いていた野口だったが、善三の最後の言葉が気にかかり、


「放っておかれたとは・・・どういうことだ?」


 その問いに、何ともばつが悪いといった感の善三が、しかたねえという感じで、大きく一息ついた後、どこを見るでもなく


「いやあ・・・どなたかは存じませんが、上の方から調べを打ち切るよう御達しがありやして、何故かとお聞きすれども『知らずともよし』の一点張りで・・・その後も、年に何人か同じような仏がでても、誰も御調べにならないようでいやした・・・・また今度も・・・」


 下働きの者たちが、忙しげに切り裂かれたものを片づけているのを横目で見ながら、善三はため息をつきながら肩を落とした。

 若き同心は、その言葉に何か答。しかし、新参者の自分には、何の力もないことを自身が一番知っていた。


 野口は、口惜しく思った。


 その時、一人の下人が何かを抱え、慌ててこちらに駆け寄ってきた。

 下人が差し出した物は、食いちぎられた足と、仏のものと思われる木箱だった。

 もがれた足を見て、二人は目を見張った。

 足の甲の所に、一人目に殺された女が持っていたのと同じ、滴を逆さにしたような丸の下に十字のクルスがくっついている印の入れ墨が、彫られていたのだった。


「旦那、これは!」


「少しは繋がったみてえだぜ、善さん、上が何か言ってくるかもしれねえが、言ってくるまでは、やってみようじゃねえか」


「そうですね、やることやらねえと寝覚めが悪りいってもんですぜ」


 やる気を目に輝かせた同心を、頼もしげに見ながら、初老の目明しは続けた。


「それから旦那、これはどう見ても薬箱なんですが・・・中にゃ何も薬なんて入ってねえですぜ・・・それにこりゃ何ですかね?」


 水に濡れて、その物を包んでいた油紙が破れて、板のようなものの角が漆黒の輝きを放っていた。

 

「中身は石のようだな・・・よし、こっちは俺が調べてみる、善さんは薬問屋の方とクルスを当ってくれるか」


「へい、承知しましたぜ」


 ようやく何かできると、善三は普段より明るい声を出した。

 野口も、先のことは考えず、今やるべきことをやろうと若者らしい考えに辿りついていた。


 やはり冬である


 川原の風はすべてのものを凍えさせている。

 しかし、悪を憎む若者と、今までにない不可思議な調べに、少々興奮気味な初老の男には、その風さえも気にはならなかった。

 はやる気持ちを抑えるように、しかし湧き上がるものを抑えきれぬ様子で、その場を片づける二人は、少しか離れた松林からその様子を伺っている三つの影に

気づきもしなかった。

 川原の惨劇が終演を迎える頃、木枯らしに巻き込まれるように、寒々とした風切り音を残し、影たちは消えていった。





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