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「フレイナがお兄様にいつか逢うことが叶いますように。私の姿は見えなくても、近くにいるから。私の愛しい娘。。あなたの力が目覚めるまで、今はただの人として!」
その時、母が私を頭から抱えんだ。視界が母の胸に覆われていてもわかった。瞼の奥まで真白になるほどの鋭い光に周囲が覆われている。そして、フレイナの頭を抱えていた母の温もりが徐々に失われ、砂が光に溶けたかの様に消えてしまった。
また夢をみた。
母との別れの記憶を、時折、生々しいままに夢にみる。なぜだろう、哀しいはずなのに温かな気持ちになる。きっと僕の大切な記憶なんだ。
あの時の母は、やたら早口に支離滅裂なことを言っていたな。僕に兄が居たのか? 姿は見えないけどって、母は死に際に幽霊にでもなる気が満々だったわけ? 僕の力、てのは放っておくとして、ただの人として生きろって僕は人でないってこと!?
そんな疑問を8年間かかえながら生きてきたが、僕はぶっとんだ母の血を間違いなく引いているらしく、悲嘆に暮れることもまあ年に1日や2日あったが、心身ともに健やかに14歳の誕生日を先月迎えたのだ。そう、僕は今日からルシファ帝国軍士官学校『エメラル』へ入学する。
マリエ聖教会付属孤児院の1階食堂で朝食を頂いていると、ルナ司教がフレイの隣の席をひき腰をかけた。ルナは背にかかるほどの銀の髪を右側にまとめ結っている。上背もあり青銀色の瞳と相成り冷たい印象を持たれてしまう事が多いのだが、そんな鋭利でストイックなところが素敵、というご令嬢方も少なからずおられる様だ。
ルナは珈琲を自らのカップへ注ぎ一度口へ運ぶと、流れる様な動きでカップを静かに置き、フレイの方へ緩やかに体を傾けた。
「フレイ、エメラルへなど行かせない。俺の側にずっとおればよいのだ」
ルナはハーっとため息とともにルナを見ると、予想はしていたもののルナの美しい対の瞳は真赤に染まっている。昨晩泣き通したのか? 鼻の下まで赤い。ルナに焦がれるご令嬢達がみたら恋心は一瞬にして覚めよう。
「ルナ、僕は生き別れた兄を探したいんだって、あなたは理解してくれたと思ったのだけど? 僕が家族に再会するのが、嫌?」
ルナの方をみると。。。滝の涙。
「はいはい、そこまで。ルナいい加減にしなさい。ぐじぐじしてないで、私達の大切な養い子を、巣を飛び立つ晴れの日に相応しく着飾ってあげましょう」
カイル司教様に手をひかれ、聖教会の長い通路を通り一客間へ入る。用意されていたエメラルの漆黒に制服へ袖を通した。フレイは160cmとまだ発育途中の身体に見受けられるが、日々の武闘訓練の成果で薄く筋肉がつき、均等のとれた美しい肢体だ。真新しい制服と式典用のまた同色である漆黒のマントは、フレイの身体と、ほんのり赤みのあるミルクティー色の髪、そして母譲りのワインレッドの瞳によく映えた。
「もう長くは誤魔化せないって分かってるよね? 1年で戻っておいで。君が女の子だと知られてしまう前にね。絶対だよ?」
フレイはカイルの言葉に静かに頷いた。窓際に立ちこちらを見ようともしないルナに、ほんの少しだけ心がざわめいた気がした。