序章 第7話大樹
まだまだ寒い日が続きますね。体調管理には
十分に気を付けてやっていきたいと思います
。
と言う訳で8話目です。
そこはよく注意しなければ気付かない程に僅かな穴だった。
ディレクの言う隠れ里の大樹に到着したシオンは、まずその大きさに驚き彼にしては珍しく唖然としていた。天に迄届くと見紛う様な高と、彼の中にある常識が覆る様な幹の太さであった。
その太い幹の回りをディレクが歩き出した。そして暫く歩くと不意に彼が立ち止まった。そこは一見すると何も無い場所に見えたが、よく見ると根元に近い部分に大人の手が入る程度の小さな穴があった。
ディレクはその穴に手を入れ、何かを引っ張る様な仕草をすると、その近くの場所が扉の様に開き、中に入れるようになっていた。
躊躇う事無くディレクが入っていくと、振り返りもせずに、
「入ったら、閉めてくれ。」
と言った。
言われた通り、中に入り木の扉をしめると、一瞬真っ暗になったが、直ぐに明かりが付いた。するとそこは大樹の幹の外輪に合わせた螺旋状の階段になっていて、そこに等間隔で松明が掲げられている様は、シオンには初めて見る光景であったが、不思議と彼自身の心に郷愁に似た物を感じさせ、その心を捉えて離さなかった。
しかし、
「狭いですね。」
鍛治族は総じて背が他の種族に比べて低い、大樹の中にある鍛治族の隠れ里は鍛治族しか使わない。それ故に天井や幅が狭く造られている。シオンは決して身長の高い方では無いが、それでも屈まなければ通れなかった。
「これから、暫く此処で暮らすのだ、我慢せい。」
ディレクの言葉は素っ気無かったが、
「そうですね。慣れるようにします。」
シオンは素直に応じ狭さに不自由しながらも、器用に螺旋状の階段を登って行った。
何段か登ると直ぐに扉が見えて来たが、ディレクはそれを一顧だにせず黙々と階段を登って行く。どうやら部屋も等間隔であるようだ。
シオンの感覚で10個目の部屋に着いた時ディレクが止まった。
「此処が工房だ。」
その静かな声にシオンは密かに驚いた。ここまで相当な数の階段を登って来たのである。 それなのに息一つ切らしていない様は驚嘆に値した。
一体この方は幾つなのだろう。
シオンはそう感じた。しかしそんな思いを他所にディレクは工房の中に入っていった。シオンもその後に続いて入ると、そこは休憩室の様なものらしく、テーブルに椅子そして奥には厨房もあり、さらに壁には一面に本棚があり書物が敷き詰められていた。
「鱗はテーブルに置いてくれ。」
ディレクがそう言いながらテーブルを指した。
「刀と弓が完成するまで、儂は此処に籠る。」
シオンが鱗を置くのを確認すると、ディレクはそう言った。
「それまで、此処には立ち入らんでくれ。」
「それは良いのですが、食事は如何されるのですか?」
「心配せんでいい。」
ディレクはそう言うと工房を出て行き、階段を再び上がって行った。ディレクの態度の変化に若干訝しさを感じながらも、シオンはその後に付いて行った。
一つ上の部屋に着くと、
「此処に食糧がある。」
とディレクが部屋を差しながら言った。
「儂の食事に関しては気にするな、適当にやる。」
そう言いながらディレクは階段を登って行った。
「解りました。こっちも適当にやります。」
後に続くシオンがそう応じると、ディレクは僅かに頷き階段を登って行った。
さらに4部屋を過ぎると、螺旋階段の終わりが見えた。するとディレクはこれ迄と違い反対側にある扉を開けた。するとその瞬間眩いばかりの太陽の光が飛び込んで来た。若干目を眇めながらも外に出ると、そこには素晴らしい景色が待っていた。丁度夕陽が沈む時刻で山藍の向こうに消えゆく様が、途轍も無く美しく感じた。
「ディレク様。」
扉の外にある太い枝から橋が架かっていて、その橋から素晴らしい景色を見ながらシオンは言った。
「何だ?」
「世界とは、かくも美しくある物なのですね。」
その言葉にディレクは薄い笑みを浮かべると、
「そうだな。」
と言いつつ夕陽を眺めた。
暫くすると、
「さあ、こっちだ。」
そう言いながら、橋を渡り別の太い枝にたどり着くと、幹に架かっている縄梯子を登って行った。
上に登ると太い枝の隙間に小屋が、幾つか建っているのが目についた。
その内の一つに入ると
「暫くは、此処で暮らすが良い。」
とディレクが言った。
中は寝る場所がと机がある程度の小さな小屋だったが、シオンは意に介した様子は無く、
「はい、ありがとうございます。」
と言った。
「それでは、儂は早速製作に取り掛かる。」
シオンの礼に僅かに頷くとディレクはそう言い、小屋を出て行った。
シオンにとって忘れ得ぬ日々が始まろうとしていた。
次話投稿も一週間後です。
よろしくお願いします。