序章 第1話遭遇
2話目です。と言っても、これが実質的な1話
目となります。今後ともお付き合いいただけ
れば幸いです。
そこは周囲すべてが闇に閉ざされている不思議な空間であった。まるで一切の光が届かず上下左右の感覚すら掴めない程に深い闇に包まれていたその空間を、今一人の若い男が彷徨っていた。まだ少年と青年の間と言っていい程に幼い顔立ちをした若い男であったが、彼に線の細さは感じられなかった。寧ろ白い外套を纏っている以外は地味な服装ながら、その服の上からでも分かる程に引き締まった見事な体格と、獲物を狙う鷹の如く鋭い眼と、そして彼がその両腰に二本の刀を差している姿こそが、彼を唯の青年では無くそれなりの修羅場を潜り抜けて来た剣士足らしめていたのである。
奇妙なのは真っ暗であれば自分の姿さえ一切見えない筈なのに、彼自身の姿がハッキリ見えている事であった。その余りの奇妙さに疑問を抱いた彼は、その鋭い眼で辺りを慎重に見回して、此処が何処なのかを先程から慎重に探っていた。彼は当初此処が洞窟かと考えたが直ぐに否定した。なぜなら普通洞窟ならどれだけ大きかろうと壁がある筈で手探りで移動したが、一向に壁に手がつかないのである。しかも洞窟であれば、多少なりとも起伏がある筈なのだがそれも無いし、何より洞窟特有の匂いがしないからである。しかも、問題は他にもあった。彼は自分が何時からこの暗闇の空間に居るのか全く解らなかった。気が付いたらこの場所にいて彷徨っていたと言う感覚であり、ついさっきまで陽の当たる場所に居たような気もするし、ずっとこの暗闇の中を彷徨っているような気もするのである。場所も解らず、自分がどれだけの時間この暗闇の中を彷徨っているのかすらも解らなかったのだが、しかし彼は不思議と落ち着いていた。少しも慌てることも無く此処が何処なのかを慎重に探ろうと、歩をゆっくりと進めていたのである。
そうして歩き続けて随分と時間が経ち、そろそろ別方向に歩こうかと考えていると、不意に微かな風の流れを感じた。それは本当に微かな風の流れであったが、ずっと暗闇の中にいて風も何も感じる事の無かった彼にとっては、ハッキリと感じる事が出来たのである。彼はゆっくりと視線を風上に向けた、何も見えなかったが、確かな風の流れを感じた彼は、構わず風上に向かって慎重に歩みを進めていく。そして暫く歩いていくと、何時の間にか洞窟特有の匂いが漂うと共に、急に地面が緩やかな坂道になっている事に気が付いた。訝しく思いながらも、彼はゆっくりと腰を落とし地面を手で触れてみた。ざらっとした岩肌の感触が彼の手を通して伝わってくると、そのまま岩肌伝いに手をスライドさせていった。すると洞窟らしき壁に突き当たったのである。
彼は決して狂喜乱舞して走り出したりしなかった。寧ろ先程以上に訝しむ気持ちが強かった。今迄洞窟で無い真っ暗闇の中に居た筈なのに、何時の間にか洞窟に迷い込んでいたと言う理解出来ない現象に、一層警戒心を強くしたのである。とは言え此処に留まっている理由が無い。彼は決して慌てる事無く壁伝いに洞窟の坂道をゆっくりと登って行った。すると程なくして針の穴の如く小さな白い点が洞窟の坂の上から見えてきた。無論それは明かりだった。彼は一瞬あしを止め表情を堅くしたが、それ以外は特に反応する事無く、今迄と同じ歩調で明かりのある方向へ歩いていった。そうして暫く歩いて行くと段々と明かりが大きくなっていき、漸く洞窟の入り口近くに到達すると一旦足を止めた。長い間真っ暗闇にいたので眼を眩しい光にゆっくりと順応させるために暫く留まる事にしたのだ、やがて眼が眩しい光に慣れてくると、彼は再び慎重に洞窟の入り口に向かって歩いていった。
洞窟の入り口はそれなりに大きく出入りするのに屈む必要は無かったが、出ようとした瞬間彼は足を止めた。
何か危険な感覚がする。
彼の額から嫌な汗が頬を伝い落ちていく。今迄も何度か感じた事のある、危険を報せる感覚が警鐘を慣らしている。それは幾多の修羅場を潜り抜けて来た者が持ち得た直感であったが、彼は鼻から息を吸い口から吐き、心を落ち着けると慎重に洞窟を出たのである。
洞窟の外は周囲を山林と岩肌に囲まれた場所であった。彼には初めて見る場所であったが、山林の奥の方から漂ってくる禍々しい気配に気を取られていた。
「何かいる!」
彼は小さく呟いた。その時
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア
けたたましい叫び声と尋常ならざる殺気が彼の五感を捉えた。
彼に躊躇があったとしても、それは一瞬にも満たない程に短い時間であった。彼は一気に森の中へ入り、叫び声のする方向へ疾走していった。恐らく足腰それも足の指の筋力が異常に発達しているのだろうが、恐ろしい程に早かった。周りを木々に囲まれていて地面も起伏に富んでいる中、それらを物ともせず、素早く駆け抜けていったのである。
やがて森を抜け凄まじい殺気の感じた場所に辿り着くと、そこでは一人の老人が今まさに青い鱗に覆われた竜のその爪によって攻撃される寸前であった。彼は一瞬の躊躇も無くさらに加速し一気に老人の前に躍り出ると同時に、左腰に差している刀の鯉口を切るや否や抜刀し、迫り来る竜の爪に対応しようとしたが、予想以上に重い一撃であった為に抜刀された刀は竜の爪の軌道を僅かに修正させ、辛くも彼自身と老人を救ったに過ぎなかった。
「☆@/#&○〆#%*」
老人が何か話していたが彼には聞き慣れない言葉だったし、何より状況的に返事をする余裕は無く、無視する事に決めた彼は、刀を正眼より右斜めに構えた状態で竜と対峙する。
一人の名も無き剣士と竜の死闘が開始された。
次話は一週間以内の投稿予定です。よろしく
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