ほいほい2
以前書いた、短編の続編になります。よろしくお願い致します。
――その日は、朝から雨だった。
「家主さん、暇です」
七畳ほどの部屋の片隅で、先ほどから僕に対する抗議が止まらない。
抗議の大元である、おかっぱ頭に尻顎、唐草模様の着物を着た益荒男――座敷さん(女性?)は鈴を転がす様な綺麗な声で、がもう一度呟く。
「家主さん、暇です」
座敷さんは、以前、僕がじいちゃんの家の跡地に転がる段ボール箱から拾って来た座敷童(候補生)だ。
彼女は進級試験の試験内容――じいちゃんを幸せにする――を達成できなかったために、現在、座敷童一浪中らしい。
このまま、何浪も続けると落第し『天邪鬼』コースに転科しないといけないらしく、何やかんやで僕のアパートに居候する事になった。
その座敷さんも、僕の部屋での生活に慣れてきた――までは良かったのだが、最近では僕が大学に行っている間は家事を頑張り、時間が空けばテレビ鑑賞やネットサーフィンで、外に出る機会が無くて不満が溜まって来たらしい。
そこに、ここ数日の雨で洗濯物を干す事も出来ない、僕が雨の中買い物に行くのが面倒くさくて食材がない、つまり、食事を作る事も出来なくなってきた――まぁ、これに関しては僕としては嬉しかったりする。
そこで、貯まりに貯まった不満が爆発しているのが今の状況……と言う訳だ。
「座敷さん……。暇って言ったって、どうすりゃ良いのさ?」
座敷さんは暫く腕を組んで考え込んでいたが、やがてパァッと笑顔を浮かべた。どうでも良いが、座敷さんが考え込む姿は、どこか武の極みっぽい……。
「どこか、外に連れて言って下さい!」
座敷さんは目を輝かせて、人を殺せそうな笑顔を向けてくる。
「外……? 雨だけど……?」
「それでも良いんです! お出かけしたいの!」
座敷さんは「お出かけしたい」と言って、地面を転がり駄々を捏ねる。
――見苦しいなぁ……。
「バタバタうるせぇぞ!」
「あ、すいません! ほら、座敷さん……」
下の住人から苦情が来たので、座敷さんに四股を踏むのを止める様にお願いする。
座敷さんは、「お出かけ……しますか?」と聞きながらゆっくりと地面を転がろうとする。
「――っ! 分かった、分かりました! 食材の買い出しですけど、それで良いですか?」
僕が妥協すると、座敷さんは物凄い勢いで承諾し、小躍りし始めた……。
「だから、うるせぇっつってんだろ!」
「はい、すいません。本当にすいません……」
座敷さんは、小躍りをピタリと止めて正座すると「ごめんなさい」と言って萎れる……。
呆れながらも座敷さんに「良いですよ」と伝えたが、さて、どうしたものか……。
正直、座敷さんを外に出すのは良いのだが……。
僕は以前、じいちゃんの家から僕のアパートまで座敷さんを連れて来た時の事を思い出した――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ、切符買ってきますから、ここで待っていて下さい」
「あ、私の分はいらないです」
僕が座敷さんの分も含めて切符を買おうとすると、座敷さんはいらないと言う。
「え、でも……」
僕がオロオロしていると、座敷さんはフッと笑っていた。
どうやら、座敷さんは普通の大人には見る事が出来ないらしい。
じゃあ、僕は? と聞いたら、僕はじいちゃんの血縁――つまり、追試験として認められたみたいなものだから大丈夫と説明してくれた。
それを聞いて、何となく「そんなもんなんだ」と自分を納得させた僕は、座敷さんを改札前の長椅子に座らせ、自分の切符を購入する。
そして、座敷さんの元に戻った時、既にそれは起こっていた――。
「何だ、このおっさん! おかっぱに子供用の着物とか……超怪しくねぇ?」
「コスプレにしても、これ、通報レベルだよな!」
座敷さんが、子供に絡まれていた……。
座敷さんは、プルプルと全身を震わせながら「おっさんじゃないもん……」と呟いていたが、その顔はもう泣く寸前だった。
「はいはい、坊やたち、ちょっとごめんね」
僕は子供達を押しのけると座敷さんの手を引っ張って改札を通り抜ける――。子供達は「逃げんな!」とか、「通報だ」とか言っていたが、そうこうしている内に電車が来て、無事逃げることに成功した。
電車に乗るまで、座敷さんが「ポッ」と顔を赤らめていたのは僕の小さなトラウマだ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――で? どうなんですか?」
「どう、って言うと?」
僕は座敷さんに、子供に見つかっても大丈夫かと改めて問い掛ける。
座敷さんはあの時の事を漸く思い出してくれたようで、口を開き、小さく「あっ!」と呟いたかと思うと、こちらをチラチラ見ながら顔を赤らめる――。
「いや、それは良いですから……」
僕のトラウマを刺激しないで下さい。
「多分、大丈夫だと思います。ここに来て、少し座敷力が上がったので、少しの時間なら――」
座敷さんが「えい」と気合を入れると、次の瞬間、座敷さんがいた場所に、二十代後半っぽいお姉さんがいた……。
「え、え? 座敷さん……?」
「はい、そうですよ?」
呆気にとられる僕に座敷さんは淡々と説明してくれる。
座敷童(候補生)は、成績を上げると徐々に『座敷力』と言う物が上がり、最終的にポイントがマックスまで貯まると、世間一般のイメージ通りの座敷童になるらしい……。
因みに、今の座敷さんはポイントがごくわずかしかないらしく、短時間――それも、二十代~六十代の姿にしか変身出来ないらしい。
「もうちょっとポイントが貯まったら、基本の姿を元の性別に出来るんですけどね……」
座敷童候補生は入学と同時に、男女問わず益荒男化させられるらしい。
「あぁ、それはキツイ……」
もちろん、座敷さん、僕の双方にとってだ。
「でも、その姿なら外出しても問題無いですね!」
「はい、ありがとうございます」
「いっそのこと、その姿の間は大人にも見える様に出来たら服屋とかも寄れるんですけどね……?」
――後から考えてもこの一言は余計だったと思う。
「え、本当ですか? お洋服とか、買ってくれます?」
「え? もちろん、良いですよ? その姿――」
僕が「その姿をずっと維持できるなら」と言おうとする前に、座敷さんは「えいや」と気合を入れる。
「……座敷さん? 何したの?」
「はい! 今から六時間くらいの間、私の姿が大人の人にも見える様にしました!」
「それで……その姿は、ずっと維持できるの?」
「いいえ? 今から六時間くらいですよ?」
「また、出掛ける時に姿変えるって事?」
「うーん、ポイント全部使っちゃいましたから、暫く――一か月くらいは無理ですね………………あっ!」
――軽く頭が痛くなってきた。
座敷さんは、暫く外に出る事が出来ないと気付き、自分の間抜けな行動が恥ずかしかったのか、目を潤ませ、顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
全く……。考え無しな所は、相変わらずか……。
「ほら、座敷さん。外行くんでしょ?」
僕が手を差し出すと、座敷さんは「エグエグ」とすすり泣きながら、僕の手を握り返す。
僕と座敷さんの同居生活はまだまだ続く――