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その後すぐにきた九頭竜は、やたらと驚いた。
ぐちゃぐちゃの死体と、全裸で地面にめりこんだ少年のいる現場にも、司の説明にも、だ。
一応救急車を呼んでおき、二人はその場を離れる。
このままここにいたら、騒ぎに巻き込まれてしまう。
「そんな凄いのもいるのか……。この修業には」
「う、うん。ものすごかった。最初怖いと思った少年が、最後は可哀想だったもん。でも、どうしてまだこっちの世界にいるんだろう。なんていうか、修行くらい簡単に終わらせられそうだったけど」
「それは、まあ、なんとなくわかるよ。簡単すぎて、つまらないんだろう」
「そうなのかな」
「ああ。その子にとっては、赤子の手をひねるよりも簡単に、修行くらいクリアできるだろう。なんでもそうだったんだろうな。そんなのは退屈だろう。それで、せっかくこっちの世界にきたんだから、さっさと終わらせないで、のんびり観光でもしてるんじゃないか。でももし、俺達の邪魔になるようだったら、全力で倒す」
「ええっ。無理だよう。だってものすごく、ものすごかったんだよ。襲われてたら、僕もう生きてないよ。どうしてか、こっちにはこなかったけど」
全身で凄さを表すように、手を広げる司。
「それはたぶん、その魔法少年が寝るのを邪魔したからだろう。もし司がその少女に足をひっかけていたら、結果は変わってたかもな。それか、最後に聞いたように、強い奴しか相手にしないか。でも、いつかは戦う日がくるのかもしれん。お前も、気持ちで負けてばかりじゃ駄目だぞう」
「う、うん」
「よしよし。帰り、うち寄ってくか? 穂乃もきっと喜ぶぞ」
そんな風に、二人は九頭竜の家に向かったのだった。
平日にて。
藤堂と羽加美と、また三人、屋上で食事をとる。
「なあ、くず。最近よく、不思議な格好した、金髪の子が目撃されるんだが」
「ほうほう」
頷く九頭竜。
「隣に、お前に似た男がよくいるのも、目撃されている」
「ほほー」
「これはいったいどういうことだ」
じっと九頭竜をみる藤堂。
羽加美は、はらはらした様子で、ストローでジュースを飲みながら、二人を見ている。
心配なのはむしろ、九頭竜の発言のほうだ。
何を言い出すかわからない。
「なに、別に責めているわけじゃない。ただ、彼女ができたんなら、教えてくれてもいいんじゃないかと思ってな」
「ああ、すまない。報告が遅れた」
九頭竜は至って真面目な顔だ。
「なに。じゃあ本当に」
「そうだ。晴れて俺にもかのじ」
パスコーンっと羽加美は九頭竜を叩いた。
「違うでしょうが」
九頭竜をがくがくゆさぶり、訂正させようとする羽加美。
「あれ? なんだ羽加美も知ってる子なのか?」
「え、あ、そうね。最近知り合った友だちよ」
司だとは言えるはずもない。
「そうなのか。今度俺にも紹介してくれよ」
「ええ、今度ね。今度っ」
そんな会話が学校でなされている。
街一番の高いタワー。
観光スポットになっていたり、電波を発信していたり、目印になっていたり、役割は様々だ。
一般人は、全体の七割くらいの高さまで。大きいガラス張りの広場から、景色を眺めることが出来る。
メンテナンスをする人間でさえ、全体の九割の高さまで。てっぺんまではそうそう登れない。
しかし、そのタワーの頂点、不安定な足場の所に少女はいた。
風が強烈に吹き付けているが、少女は意に介さない。むしろ、楽しんでいる。
「はぁーあ。これはそこそこいい眺めだなー。こっちの世界っていうのは、なんだか人の住処が多いなあ。何がどうなってこんなに人間とやらが増えまくったのやら。しっかしその割に警備がざるだよなー。人手不足か、たはは」
ここまで簡単に来れたことについて、少女は思いをはせる。
実際、ブルマの少女が街で一番高いタワーをよじ登っていたら、かなりの注目をあびそうである。
そうならなかったのは、少女の放つ気配ゆえか。
「あー眩しいなー。あの光どうにかならねーかなー。半日で消えてくれるからまだ許せるけど、一日中でてたらキレてたな」
少女が目を細めて太陽を見やる。眩しいのはこんなところにいるのが悪いのでは、と突っ込むものはいない。
「そろそろ降りっか。んー、あそこは学校か? あっちはなんか数人が女を追いかけてるぞ。向こうは車がぶつかってやがる」
どこまで詳しく見えているのか、少女は街の様子を事細かに口走る。目がいい、なんてものではない。
「ま、どこでもいいや。ほいっ」
軽々しくそういうと、階段の残りの数段をジャンプするかのように、あっさりとその場所から飛び降りた。
そしてその着地点には――。
ちょうど同じ日。
九頭竜とその妹は当然学校に行っている。
つまり、穂乃は一人でお留守番だった。
別に家にいなくてはいけないわけではないが、一応、警察には気をつけろと、九頭竜に言われている。
いつ火事の犯人とばれるかわからない。
それでも、一人お出かけしようと、カゴをもち外に出たのだった。
と言っても、目的があるわけでもない。
あっちへふらふらこっちへふらふら。
建物を眺めたり、お菓子屋を眺めたり、服屋を眺めたり。
穂乃の赤と黒の服は、それなりに人目を引いたが、本人は気にしない。
池の鯉をみたり、桜をみたり、公園に移動してからも、歩きまわる。
段々疲れてきたので、草の上に座り込み、予め九頭竜の家から持ってきていたサンドイッチを食べることにした。
朝、九頭竜の妹が作ってくれたものだ。
カゴの封を開ける。
ハムや卵やトマトの定番モノと、ジャムの甘いものも。
穂乃が嬉しそうに、サンドイッチを手に取ると、空から少女が降ってきた。
まるでミサイルのように速度がついていて、砲弾のように、地面をえぐり刺さる。
土煙も激しい。
「やん」
衝撃で、サンドイッチもろとも、穂乃は吹っ飛び転がる。
数人いた人達は爆弾か何かかと思い、すぐに逃げていった。
「はあーあ。いっちばん高いところからジャンプってのもなかなか気持ちいいな。日課にしようかな」
手を広げ、着地のポーズをきめつつ、そう言う少女。
例の赤い髪で赤いブルマの女の子だった。
いったいどこのビルやタワーから飛んできたというのだろう。
今日は眠そうではない。
もちろん、身体を痛めてる様子もない。
「でも、こんなに地面を抉ったら、迷惑かかるか。たは。あれ? 君もしかして、魔法少女? やっぱり最近の火事の影響で、この辺に集まってるのかな」
穂乃に気づく、少女。
その火事の犯人だということには、さすがに気づかない。
対する穂乃は、怒りに震えていた。
大事な大事な食べ物。
それを汚されたのだから。
「う、わ、私のサンドイッチ」
「ん?」
「よくも、ゆる、許さない」
そう言って、穂乃は変身する。
スティックが大きくなり、それを持ったまま、一回転した。
すると炎がリングのように現れ、服を足元から燃やしていく。
じわじわと、燃えては灰になる。
その灰から、元の服とよく似た、赤と黒のゴスロリのような服が現れる。
リングが上まで行く頃には、服の破壊と再生は済んでいた。
そのまま、炎を、少女に飛ばす。
それは確実に当たったが、炎は弾けて、その辺りに落ちた。
服すら焦げていない。
落ちた炎は、確かに、地面の草木を燃やしている。
「え……」
「しょぼいなあ。あんまり強くなさそう。何で君そんな手加減して、襲ってきたの?」
呆れる少女。
「もっと、もっと、これじゃあ、サンドイッチが浮かばれない」
少女の言うことを聞いているのかいないのか、穂乃は力を込め続ける。
いままでこれほどの力を、出したことがないだろう。
炎は集まり、重なり、融け合い、歪み、マグマのようになる。
さきほどの炎がいかに薄いものだったか、ハッキリとわかるほどに。
「サンドイッチ? ああ、あれか。うちのせいか」
マグマを前にしても、全く意にかいしていないように、頭を掻く。
その少女に、穂乃はマグマをぶち当てた。
「ちょっとは、強くなったかな」
嬉しそうに言いつつ、それを両手で受け止める。
そして、脇に捨てた。
地面が融けていく。そこに何らかのライフラインが埋まっていたら、大変な事になっていただろう。
「そんな……」
膝をつく穂乃。少女の手は手相が綺麗にみえるくらい、なんともない。
「えーと、ごめんね」
そう言い、深々と頭を下げる少女。
「サンドイッチならさ、これで買ってきなよ。手作りだったのなら、どうにもならないけれど」
ブルマの尻のほうに手をつっこみ、一万円札を出して穂乃に渡した。
よれよれで、ほかほかだ。
「なに? この紙。あったかいの」
「たは。温度は気にしないで。もしかして、お金知らない? 今までどうやって生きてきたのさ」
「お金? コインなら見たことあるの」
「そっか……。じゃあ、うちと一緒に買いに行こうよ」
「う、うん」
二人は、パン屋に向かった。
「ほら、好きなの買いなよ」
「いいの?」
元気になった穂乃は、あれもこれもとパンを指さす。
チーズを使ったもの、チョコを包んだもの、分厚いハムのサンド、メロンパン、フランスパン、スコーン、さまざまだ。
一万円のほとんどを使い切る量だ。
店の棚が随分閑散としてしまった。
パンのつまった、大型の袋を沢山もち、店を出る二人。
「それ全部食えるのか? 今度大食い勝負するか?」
「それも楽しそうなの。良い人なんだね。えーと」
「ああ、うちは、十全唯夢だ」
「じゅうさん。さっき襲ったのは謝るの。許して」
「たはは。謝るのはこっちだって。そろそろうちは行くよ。昼寝したいしな」
「うん。またね。パンありがとうなの。じゅうさん」
「あーまたなー。今度会うときは、もう少し強くなってくれよー」
そうして、二人は去っていった。
穂乃にとって、随分楽しい散歩だった。
九頭竜が家に帰ると、パンの山がそこにはあった。
これでも、三分の一は穂乃が食べ終えている。
気になったが、とりあえず夕食の準備をすることにした。
夜。
三人は九頭竜の作った食事をとっている。
そして、穂乃の話を聞いていた。
妹はほとんど理解できていないようだ。
「なに? お前もその子に会ったのか。羨ましいぞ」
「うん。いい人だっの」
「凄まじかったか?」
「私の全力じゃ、全然歯が立たなかったよ」
穂乃は肩を落とし言う。
「そうか……。何故俺の前に現れないんだ」
「なになに? ゲーム?」
妹が尋ねるが、理解できる話ではないだろう。
「男のロマンがすぐそばにいるのに、巡り合えないって話だ」
「この街にアイドルでも来てるの?」
「そんなのと一緒にするな」
「なによそれえ」
ぷくっとふくれ、穂乃に顔をむけた。
「穂乃ちゃんって、食べる姿かわいいよね」
一転して、癒されたような顔になる。
「あう、食べ過ぎたの。許して」
パンを沢山食べたはずなのに、夕食ももりもりだ。
「いいのいいの許すう。もっと食べていいのよ」
でれでれの妹。
こんな妹をみたのは数年ぶりだと、九頭竜は思った。
人気のない某所廃墟。
黒と白のメイド服を着た十五歳くらいの女の子と、黒と白の燕尾服を着た十五歳くらいの男の子が話し合っていた。
二人共、スティックを腰から下げている。
性別は違うが、雰囲気の似た双子だ。名は璃々夜璃子と秋夜。
机を挟んで椅子に座っているようなのんびりとしたものではなく、女の子のほうは銃器を構え、離れた位置に並べられた空き缶を撃っている。そのたびに黒髪が揺れた。
小型の拳銃で、リボルバータイプだ。
「秋夜もちょっとは練習してください。こんなふうに放っておかないで」
「んー、だってめんどくさいよ」
璃子は足元の弾薬を拾い、たどたどしい手つきで装填し、また撃った。先程から空き缶にはすべて命中している。
「それよりさ、おなか空いたよ」
「もう少し待ってください。次の銃器も試します」
璃子がそう言うと、ふっと拳銃が消え、こんどはオートマチックタイプの銃が手元に現れた。
「だったら弾置いとくからね。ちょっと外見てくる」
秋夜の手元に、先ほど璃子が出した銃にちょうど合いそうな弾が出現し、それを足元に置いていき、言うとおり外に出て行った。
「終わったら呼びますからね」
璃子はまた不慣れな様子でマガジンに弾を込めていく。
大きな銃声とともに、空き缶が跳ね上がった。
ある日の夜、九頭竜の携帯から着信音が鳴った。スローテンポなメール専用のもの。
どうやら羽加美からのようだ。
『九頭竜起きてる? 最近さ、話題になってる映画あるじゃない? それちょっと一緒に見に行かない? 勘違いしないでよね。別にデートとかじゃなくて、ただちょうど見に行く相手がいないからさ。ほら、昔はよく一緒に行ったよね。良かったら返事ちょうだい』
というそんなような内容が書かれていた。
「映画か……」
懐かしい、と思う。昔はよく行ったものだ。最近は現実のほうに、そういう空想めいたものがないかを探し回っていたので、あまり行っていなかった。
しかしそういうものが見つかり、心に余裕が出てきたところで、また行ってみるのもいいかもしれない。
九頭竜は文を考え、返信した。
そして休日の朝。
「あれ? お兄ちゃんお出かけ?」
出かける準備をしている九頭竜をみて、パジャマ姿の妹が声をかけた。穂乃も起きていて朝のアニメを見ている。
「ああ、最近話題の映画を見てくる」
「最近話題のっていうと、あれ?」
「そう、怖いやつだ」
「怖いやつ……」
その言葉をきいて、穂乃は上げかけた腰を落とした。
「ん? そんなのだったっけ」
「なにをいう。話題の映画といったらアレに決まっている」
「ふーん。ま、行ってらっしゃい。その間、穂乃ちゃんは私の物?」
話題にのぼり、穂乃がぴくりと反応する。
「お前の物なわけないだろう。しかし、退屈しないくらいに遊んでやれ」
「わーい」
「えうっ」
言われるやいなや、妹は穂乃に飛びかかった。完全に抱きつく格好だ。
「ゆ、許して」
二人が仲良くしているのを見て、九頭竜は安心して家を出た。




