8
九頭竜の家についた。
一応妹の前ということで、全員変身をといている。
穂乃は元の姿でも、髪型も服装も大して変わらなかった。
「ただいまー」
玄関でそう言うと、妹がやってきた。
「おかえりーって、わ、お兄ちゃんが可愛い子三人も連れてきた。大事件だよ」
「おーいよく見ろ、一人は男の子だぞ。それにもう一人は羽加美だ。お前会ったことあるだろう」
「え、あ、本当だ。久しぶり、羽加美さん」
「やっほー」
羽加美は気さくに手を振る。
「こっちの人はお友達? 本当に男?」
「あ、あはは」
じいっと見つめられて、照れる司。
「それでこちらの方は?」
穂乃を見る妹。
服の雰囲気に流されてか、敬語のようになっている。
「ああ、今日から一緒に住むことになった。穂乃だ」
言われて、ぺこりと頭を下げる穂乃。
「はあっ。なにそれ聞いてない」
「そりゃあさっき決まったからな」
「前に来た金髪の子はいいの?」
本人が目の前にいるが、気づけるはずもない。
よほど観察力があるか、魔法の関係者じゃないと難しいだろう。
「いいって何がだ?」
「彼女か何かだと思ってたけど」
「かっ」
司が赤くなるが、妹は気づかない。
「あいつはそんなんじゃないよ。パートナーではあるけどな」
ショックを受けつつ、パートナーという言葉に司は小さく喜ぶ。
それを見て羽加美は、機会があったら聞こうと、胸の内で決意した。
「えーと、そう、お父さんには言ったの?」
「別に言わなくてもいいだろう。こんな些細なこと」
「全然些細じゃないよ。それに家計も気になるよ」
「お前は主婦か。大丈夫大丈夫。親父いつも多めに送ってくるから」
言い合う二人を不安そうに見る穂乃。
その目と妹の目がかち合った。
うるうると、捨てられた子犬のように見つめる。
許してビームとでも言うのだろうか。
妹は何かに負けたようだ。
「わ、わかったよ。お兄ちゃん、ちゃんと部屋用意してあげなよね」
「ああ、お兄ちゃんに任せろ。それよりせっかく5人もいるんだ。何かして遊ぼうぜ」
「私宿題が」
「おいおい宿題なんて家でやるもんじゃないぞー」
「また偉そうに」
「あんた宿題なんてほとんど出してないでしょーが」
羽加美があっさりばらしてしまう。
「やっぱりそうなんだお兄ちゃん」
にやにやする妹。
兄としては、デコピンでもしたくなる顔だった。
「たまにやる気になったと思ったら、私のを写すだけなんだから」
「そうそう、宿題なんて家でやるもんじゃない。学校で写すもんだって言うつもりだったんだ」
「省略しすぎよ」
そんな雑談を繰り広げながら、結局今夜は5人で遊んだのだった。
トランプに、人生ゲームに、テレビゲーム。
「ここか? それともここか? ここがいいのんか?」
「ひゃ、だめ、それだけは触らないで」
九頭竜が札を一枚もち、穂乃が二枚持っている。
ババ抜きのラストシーンだ。
「はい、これとこれ、あれとあれ」
「わわ。羽加美さん、すごい」
「お前ちょっと真剣になりすぎじゃないのか。まだまだ夜は長いぞ?」
「大丈夫よ。これくらいじゃ神経は衰弱しないわ」
「え? なんて? もう一回言ってくれるか?」
「う、うるさいっ」
神経衰弱をしている。羽加美が自前の頭の良さを活かしていた。
「く、九頭竜、け、け、結婚だって」
「なんで指震えてるんだ。そんなんじゃ棒させないだろ。貸してみろ」
人生ゲーム中、羽加美と九頭竜が結婚した。車に棒をさそうとして手間取っている。
「大食漢の居候現る。マイナス百万」
妹がおかしなマスに止まった。変な空気が流れる。
「許して」
そんな中、穂乃が小さくつぶやいた。
「なにこれ?」
「ああそれは格闘ゲームだ。好きなキャラクターを選んで一対一で戦うやつさ」
「ふーん。あ、このキャラ翼生えてる。私これにしよーっと」
「どれにしよう。この子、火が出せるの?」
「僕は、うーん」
「司はこいつがいいんじゃないか? 本を武器にして戦うぞ」
「でも、筋肉むきむきだよ」
どうみても本じゃなく、ハンマーやらが似合いそうなマッチョマンだ。
「誰もでいいからかかってきなさーい」
妹が威勢よく言い放つ。
「手加減してやれよ」
それからツイスターゲームもあったが、全力で阻止された。
昔はよく妹とやったから得意だったのにと、残念そうな九頭竜だった。
無事に火事事件も終わり、柄の間の休息タイム。
司は一人で学校から帰る途中だ。
黄昏時、影が伸びる時間。
雰囲気を強調するかのように、周りに人はいない。
静かすぎて、司は若干緊張していた。
こんな時は楽しいことを思い出すに限る。
九頭竜とトランプをしたこと。
九頭竜が火から庇ってくれたこと。
あの時は、あやうく人を殺してしまうところだった。
魔法はどれも強力で、使い手が誤れば大変なことになる。
反省しつつ、九頭竜と一緒に羽加美を倒した時のことや、初めて会った時の事を思い出す。
初対面のときの九頭竜は随分必死で、今思うと可笑しい。
ひとつひとつがもう大事な思い出だ。
緊張がだんだんほぐれてきた。
このまま家までいけると思ったが、それはじわじわと聞こえてきた。
一気に現実に引き戻される。
何かをすするような、舐めるような、ちぎるような、咀嚼するような。
とても嫌な予感がして、変身した司。
その結果、身体は強くなったはずなのに、気持ちがついてこない。
一歩一歩、その音のする曲がり角に近づく。
近づくたびに嫌悪感がましていく。
生臭いにおいまでしてきた。
しかし身体は止まらない。
これは怖いもの見たさなのだろうか。
曲がり角はもう目前。
ほんの少しだけ、隠れるように、その先を見ると……。
「ひいああああああああ」
頭が真っ白になり何も考えられないが、身体は勝手に悲鳴をあげた。
逃げようとして、転んだ。
身体が震えてうまく起き上がれない。
血を、肉を、内蔵を、骨を、人間のそれらを、初めて見たような気がする。
多少は血くらい、見たことくらいあるはずだが、ああもぶちまけられたものだと、その記憶も塗りつぶされる。
そしてそれだけではなく、わきに屈んでいた少年。
派手な色使いで、女子のものよりフリルの少ない服を着た、ひと目でそれとわかる存在。
魔法少年だ。
その少年が、傍らの肉を食べていた。
じっくりと、味わうように、美味しそうに、食べていた。
司がショックを受けていると、逃げたことにより多少距離の離れた曲がり角から、手がでてきた。
そしてぬるりと、顔も出す。口元が赤い。こちらを見ている。
口を三日月のようにして、笑う。
「あああ、ああ」
そのまま魔法少年は全身を露わにした。
「君も、魔法の修行中かい?」
それは軽いノリで話しかけてきた。
「う、あ」
「女の子だから、魔法少女だね。くふ、あの子とおんなじだ」
震える司を来にせず、話を続ける。
「あ、あの」
「そう。そこでディナーになっている彼女だ。なかなか美味しいよ。君もどうだい。あ、でもそれだと、彼女を食べた君を食べるっていう、不思議な現象がおきるね。こんな事をしているから、僕のことをおかしな奴って思うかもしれないけど、僕のワードは『吸収』だからさ。しかたないんだよ。相手の身体を食べると、相手のワードが使えるようになるんだ。別に髪の毛一本でもいいんだけどさ。ほら、食べ残しは駄目だろう。君はどんなワードかな? もしかして、君が火の使い手かな? 最近ここらで火事が多いらしいから、来てみたんだけど、数人食べても誰も火を使えないんだ。もしかして、魔法のしわざじゃなかったのかな? ふう、なんだか沢山しゃべってお腹すいてきたから、食事を再開していいかな。あ、ごめんね。さっき、汚い食べっぷり見ちゃったよね。食べたうちの能力のひとつ、『料理』を使えば、もっと綺麗で美味しくなるのかもしれないけど、やっぱり素材の味って、大事だからさ。あ、これは料理が素材の味を壊すとかいうことじゃなくてさ」
少年は一気にながながと喋り倒す。
もはや司は恐怖で何も言えない。
「でも、どうしようかな。あの食べ残しを放っとくのも、心苦しいけど、せっかくの出会いだし、先に君を食べることにしようかな」
そう言って、少年は近づいてきた。
司はフリーズしたように何もできない。
「どんな匂いかな? どんな味かな? どんな食感かな?」
逃げるという発想すらできない。
距離が近づき、嫌なにおいも強くなる。
すたすたとこちらに歩いてきた少年は、コケた。
全身を地面に打つように盛大に。
足元にいる少女に足をひっかけたのだ。
「いつつ、何だ? 今、何も無かったはずだ。なんでこの女はこんな所で、寝ているんだ」
すやすやと路上の真ん中で寝ていた少女は、今の衝撃で、起きたようにもぞもぞ動いた。
実を言うと、少女はずっとそこで寝ていた。
ただ、二人が無意識に目を逸らしていただけだ。
怖いもの見たさですら見たくない存在。
しかしもう、二人はその姿を認識している。
抱き枕、アイマスク、赤いショートヘア、短いポニーテイルと長いアホ毛、小さい矮?に白い体操服と赤いブルマ。
体操服にはゼッケンが貼ってあり、じゅうぜん、とひらがなで書かれていた。
完全にこの場の空気から浮いている。
むしろ、空気を染めていく。
「ふああ」
少女はアイマスクを外して、立ち上がる。抱き枕は抱えたままだ。
少年、そして突然の少女の登場に驚き我をとりもどした司も、気づく。
こいつは魔法少女だと。
しかし見たところまだ変身していない。
「僕とその子の間に立つのなら、あなたから食べてあげますよ」
余裕を取り戻した少年がそう言って、少女に近づく。
(そ、そうだ。緊急事態だよ。九頭竜君、呼ばないと)
ショックが大きすぎて忘れていた。司はすぐにスティックに力を込める。
その瞬間、九頭竜は音に気づいた。
教師とともに、物置の整理をしていた途中である。
『人がたべられて赤い人がでてきて』
あまり意味がわからないメッセージだ。しかし、
「すまない、先生。用事ができた」
そう言って、すぐ飛び出す。
「お、おい。学校では携帯の音は切っとけー」
遠くで教師がなにか言っていた。
そうしている間に、少年は少女の頭に噛み付いている。
眠そうな少女は避けようともしなかった。
「硬っ」
歯をつきたてているのに、少女の頭には跡一つつかない。
しかし、髪の毛は数本少年の喉を通った。
「きたきたきました。あなたの能力。さあなんだろうねえって……、え? これは。まさか」
少年は口を離し少女から離れる。
吸収によって、少女のワードを理解した。
少女は今にも寝そうだ。
「まさか、『最強』こ、こんな、巫山戯たワードなんて、あるはずが……」
「うるさいなあ」
喧しい少年の事が、ようやく少し気に障ったようだ。
「でも、でも、そのワード、僕が頂いた。なんだか力が湧いてくる気がする。どうだ、今は、僕が最強だ!」
大声でそう宣言する。
いつのまにか少年の目の前にいた少女は、少年の頭を掴み、軽そうに真下に投げた。
瞬間、ベコンっと地面が凹み、少年は無残にも、地面にめり込んでしまった。
投げた時に首がもげなかったのが、不思議なくらいだ。
当然、意識は飛ぶ。
落ちたスティックも、指二本で摘んでそのままお菓子のように折った。
それによって、吸収は解けた。
そして、ぺちっと自らの顔を叩く。
今ので完全に目を覚ましたようだ。
「はぁーあ。路上で寝るっていうのも、案外平凡なものだったなー。次はなにしようかな」
なんなんだろうこの少女は。
一部始終を見ていた司は、それでもわけがわからなかった。
しかしふと、九頭竜の顔がうかぶ。
情報は多いほどいい。
だから、精一杯の勇気を込めて、聞いた。
「あ、あの、今のは一体。変身もしていないし、吸収までされたのにどうして……」
金の眼と赤の眼がかちあう。
「あー? うちに聞いたの? そんなのただ、うちのワードは称号であってワードじゃないってだけ。変身はまあ、しなくてもあんな雑魚には関係ないよ。はあーあ。どっかに強い奴いないかな」
そう言って、去っていく。
後ろ姿の、その髪とブルマは、夕日が薄くみえるほど赤かった。
残されたのは、しゃがみ込む司と、スティックを折られて、魔法と魔法の記憶と魔法でできた服の消えた、つまりは全裸の少年だけだ。




