7
次の日も引き続き、見張りだ。
「あんた、なんか楽しそうね。見張りなのに」
疲れた様子もない九頭竜に羽加美は尋ねた。
「まあな。最近本当に楽しいことばかりだ。数日前まで、なんにも起きない毎日だったのにな。今だって、最近色々あったのとおなじように、すぐに獲物がやってくるとおもってるぜ」
「獲物、ね」
「お前らは、修行、楽しくないのか?」
「そりゃあまあ、少しは。でも、結構大変よ。いつ負けるかもわからないし」
「う、うん」
肩を落とす少女二人。
「なら、楽しめ。楽しまないと損だぞ。戦いも、楽しめばいい方向にむかうもんだ」
「そう、かな」
「そおおおうさああ」
いきなり、変な顔をしながら言う。
ぷっと二人は吹き出した。
二人をよこめに、スーパーを見ていると、おかしな少女が見えた。
そろそろ閉店まぎわで、客は少ない。
「ん? アレは一体」
気づいた九頭竜は、二人にわかるように指さす。
その先には、スーパーに入るでもなく、うろうろしている少女がいる。
赤と黒のややゴスロリにもみえる服装。
髪も黒く、前髪の長いストレートボブ。
二人も確認した。
「確かに、魔法の使い手だわ。ね、司」
「うん」
みるからに魔法少女だが、もしかしたらただのコスプレかもしれなかった。
だが、二人がそう言うのを聞いて、九頭竜は動いた。
少女に近づき声をかける。
「やあ、こんばんわ。君って、修行中の身だよね? よかったら話をしよう」
ネコをかぶったように笑顔だ。
少女は答えようとした、が、後ろの羽加美と司をみて、戦慄した。
二対一でやられると、思ったのかもしれない。
やられる前にやると、考えたようだ。
少女はお腹がすいて、気が立っていた。
もちろん九頭竜達はそんな事知る由もないが。
「許して」
そう呟いて、少女は持っていたスティックから、炎を出した。
『火炎』
ライター等では10個あっても足りなそうな大きさだ。
それを、投げつけてきた。
「うおうっ」
とっさに躱す。
当たっていたら、ただのやけどじゃ済まなかっただろう。
それをみて、羽加美は変身して、司と共にこちらに走る。
「当たらなかったから許して」
向かってきたのをみて、少女は逃げ出した。
なぜかスーパーの中へと。
中で悲鳴があがり、客や従業員達が出てきた。
火の手が上がっている。
空になったスーパーに三人が入ると、不思議な光景が見えた。
あちこちに火の手があがっているのに、惣菜のコーナーの棚にしゃがみこみ、ゆっくり食事をする少女。
どうみても隙だらけだったので、羽加美は飛翔して蹴りをくりだそうとした。
室内なのであまりスピードを出せない。
それが当たるかと思われた時、少女はスティックから炎を噴き出し、牽制した。
「きゃっ」
羽加美はとっさに避ける。
「今のうちだ、司。目録を発動しておけ」
「うん」
小声の指示に従い、小さな本をだす司。
しかしちゃんと少女は見ていたようで、こちらに炎をとばしてきた。
「あぶないっ」
司は反応できず、動けない。
九頭竜は抱くように、司を庇い、背中を焼かれた。
「ぐっううう」
シャツを焼き、皮膚を焼き、神経を焼く。
一気に激痛が走り、脂汗が吹き出す。
「九頭竜君っ」
司は、苦しむ九頭竜を見ていることしかできない。
いや、あった。
司はそれに気づき、そっと九頭竜の顔を両手で掴む。
九頭竜は苦痛の表情だ。
司は恥ずかしそうに、照れているように赤くなるが、意を決する。
そのまま、キスをした。
その瞬間、光が二人を包み込む。
「な、あ、あーっ」
羽加美がそれを見て騒いでいる。
「魔力供給……」
少女が驚きつつ、そう呟いた。
じっくり数秒ほど唇をあわせ、やがて離れた。
「ぷは、ん、ふう」
「司……」
「これで少しは楽になるはずだよ。九頭竜君」
はにかみながら、司はそう言った。
実際に、九頭竜はだんだん楽になってきた。
先程の激痛がうそのようだ。
「ああ、ありがとう。司」
九頭竜はねぎらうように、司の頭を撫でた。
そして少女の方を向く。
「あなた、人間よね。そうよね。どうして、こんなところにいるの」
「俺は俺の目的のためにここにいる」
「それに、どうして魔法少女が二人もいるの」
「縁があっただけさ。お前は一人か? 友達は作ったほうがいいぞ」
「それは持ってるものの余裕だよ……。私には友達を作る余裕なんてない。こっちの世界にきてからずっと一人。生きるのに精一杯。もう許して」
家族もいない。
「そうなのか? なら」
九頭竜が一歩近づいた時、
「こないでっ」
そう言って、少女は炎を振りかざした。
少女の周りが火だらけになる。
まるで籠城だ。
「これじゃ近づけないわ」
羽加美は九頭竜の側に戻った。
しかし九頭竜は冷静だ。
司の本をちらりとみて、考える。
あの時、見せてもらった目録に、あのタイトルがあるのを思い出した。
そして、その閃きを実行した。
火の中の少女に声をかける。
「わかった。そっちには行かない。だが、これからずっと一人で戦う気か? 晴れて魔法使いになったら、仲間を作るか? それとももっと別のことをしたいのか?」
「魔法使い……。この修業が終わったら、温かい部屋で、美味しいもの、沢山食べたいなあ。それくらい、許してもらえるよね」
様々な料理を思い浮かべる少女。
そのほとんどがこっちの世界にはないものだ。
少しだけ涙を浮べている。
哀しそうに少女をみる羽加美。
しかし、この世には無慈悲な物語もある。
司の本が光り出し、それが載っているページが開かれた。
条件が揃ったようだ。
司は別人のように語りだす。
『マッチ売りの少女。寒空の下、少女は一人でマッチを売っていました。恐ろしい父親に強要されたのです。すべて売るまで帰れません。しかし、誰も買ってはくれませんでした。少女は少しでも自分を暖めようと、マッチを擦ります。すると、その火の中に望むものが映りました。暖かい暖炉。温かい食事。温かい家族。やがて一晩が過ぎ、少女はマッチの燃えカスを抱えて』
「やめろ司っ」
九頭竜が肩をゆすったり、本を閉じたりしながら、司のトランスを止める。
司が語る間に、少女はどんどん崩れるように倒れていた。
ほんの数秒だけ、少女の周りにマッチの燃えカスが現れ消えた。
「え、あ、九頭竜君?」
寝ぼけたような反応の司。
あまり現状を理解できていない。
魔法が止まったのを確認すると、九頭竜はすぐに、ペットボトル入りの水を拝借して浴び、火の中に飛び込んだ。
火の勢いは相当だ。
魔力供給がなかったら、全身やけどになっていただろう。
倒れている少女を抱え、スティックも忘れずに回収して、司達の元へと戻る。
熱くなっていたので、水を少女にかけた。
どうやら酸欠だか、一酸化炭素中毒だかのようだ。
「ぼ、僕の魔法で、その人が」
「考えるな司」
「で、でも」
その時、遠くから消防車のサイレンが聞こえた。
「まずい、裏口から逃げるぞ。ついてこい」
九頭竜は少女を背負ったまま、奥に向かう。
三人は辛くも、スーパーから脱出した。
人気のない公園。
おそらく野次馬のようにスーパーに集まっているのだろう。
少女がまだ目を覚まさないので、羽加美とともに、心肺蘇生術を繰り返す。
その成果はあった。
「かはっ、はあ、はあ」
少女は目を覚まし、息を整える。
「大丈夫か?」
「ここは……。どうして助けたの? まだスティックも折れてないし」
「もちろん俺の目的のためだ。お前、仲間になれ」
そう言って、手を差し伸べる。
「え? え?」
「だから、仲間、だ」
「あんなことしたのに許してくれるの?」
「許さない」
キッパリそう言った。
「えぇ」
「だから仲間になって、償え」
「わ、わかったの」
その手を、掴んだ。
「よーし。それで名前は?」
「あ、今更で許して。私は穂乃、真美(ほの、まみ)なの」
それに対し、三人も名乗った。
「それで、なんであちこち燃やしたんだ? 戦う相手をおびき寄せるためか?」
「ううん、お腹が空いてただけ。一つ目のとこは失敗して、燃やし過ぎちゃったけど、それからは、うまく人がいなくなるのをみて、食べてたの」
「食事、か。家はあるのか? こいつらみたいに、家族は?」
九頭竜は司と羽加美を親指で差す。
「いないの。修行くらい一人でやれって、来てくれなかったの」
「なるほど」
「そんな厳しい家もあるのね」
羽加美は同情するように言う。
司はショックなのか黙っている。
「よし。俺んちにこい。寝床と食事くらいは用意してやる」
「ほんと?」
「ちょっちょっと待ちなさいよ。何であんたの家なのよ。危ないわよ。それに、年頃の男女が同じ家だなんて」
慌てたように言う羽加美。
「ぼ、ぼ、僕の家でもいいんだよ」
司もなにやら慌てている。
「いや、お前達こそ危険な目に合わせるわけにはいかない。大事な戦力だ。それに、うちは妹と二人で住むには、若干家が広いと思っていたんだ。ちょうどいい」
「だ、だからって」
「何、妹なら心配いらない。あいつは根は優しいんだ。文句も言わずに受け入れてくれるさ」
「そういうことじゃなくて」
「そうと決まればうち行くか。お前たちも来るか?」
「あーもう」
頭を抱える羽加美だった。
帰路にて。
「それにしても、ごめんね九頭竜君」
司が口を開いた。
「ん、何がだ?」
「九頭竜君が庇ってくれた時に、キ、キ」
「ああ、キスか。むしろあれがなければ、今頃俺は歩けてない。司は正しいことをしたんだ。胸を張れ」
「ああ、ついにしちゃってたわねー。あんたたち」
羽加美は思い出し、魂がぬけたように遠くを見る。
「でも、九頭竜君の初めてが」
「そうだったな。なかなかキスも面白いもんだ。体験してみてより理解した。まず相手がいないとできないな。神経の多い顔同士を近づけて、柔らかい部分を合わせて、場合によっては相手の唾液まで」
「詳しく言わんでいいっ」
九頭竜の語りを叩いて止める。
「何を怒ってるんだ。羽加美はしたことあるか?」
「はぁっ。何てこと聞くのよ。あるわけないでしょ」
「そうなのか。一度はしてみるといいぞ」
「ああもう。うるさいうるさい」
頭を抱えて振る羽加美だった。
司は頬を紅潮させてぼんやりしている。
皆リアクションがオーバーで実に面白いと、九頭竜はしみじみそう思った。




