5
次の日、妹がまた突撃してきた。
休むつもりでぐっすりだったのに。
勝手に部屋に入ってきて、ベッドの九頭竜をゆさゆさゆする。
パジャマな九頭竜に対して、もう部屋着に着替えていた。
「お兄ちゃん、起きて」
「なんなんだいったい。今日の当番俺じゃないだろう」
「ねえなんで昨日ずぶぬれだったの」
「昨日言っただろう」
しかたなく話に付きあおうと、身体を起こす。
「昨日はあーとか、うーしか言わなかったじゃない」
「ああ、うん。昨日はあつかったから、プールに飛び込んだだけだ」
「何よそれ。お兄ちゃん最近楽しそうだし、気になる」
「お前も一緒に飛び込むか? プール。今度は夜の学校に忍びこむのもいいかもな」
「するわけないでしょ」
「そうやってなんでも断ってばかりじゃ楽しいことは起きないぞ。楽しさはチャンスを逃さず掴み取らないとな」
「ねえ、ホントは何してたの?」
「だからプー」
「もう、じゃあヒントちょうだい」
「ヒントって言われても。まあ、目的ができたからな。お前も、目的を持って生きろ。大事なことだ」
「偉そうなこと言って。ねえ、どんな目的?」
「何でもいいじゃないか。それより、髪伸びたか?」
「一日二日でそんな変わるわけないでしょーが。もういいっ」
嵐のような妹は去っていった。
ぼんやりと見送り、また横になる九頭竜。
ドアは開きっぱなしだった。
月曜日。
いつものように教室に入ると、藤堂がやや興奮していた。
「なあ、聞いたか? 一昨日学校に変な格好したやつらがいたらしいぜ」
「ほお~」
「やっぱり興味あるか? なんでも、アニメみたいな魔女っ子だったみたいだぜ。白いのとピンクいの」
身を乗り出す勢いの藤堂。
「ほほう、どんなんだろう」
対して、九頭竜は反応が薄い。
「あれ? なんかこう、熱意が少なくね? いつものお前なら、全力で聞き込みして探しまわりそうなもんだが」
「いやいや、超見てみたいぞ。どんな子なんだろうな、羽加美ー」
やや離れたところで、隠れるようにしていた羽加美を呼びかける。
仕方なくこっちにきた。
今日のヘアピンはニンジンのようだ。
「え? ええ、そうね」
「この学校で見たってことは高校生かな? もしかしてこの学校の生徒だったりして。でも、高校生にもなって、そんなっいてっ」
パンっと羽加美が九頭竜の頭を叩き、連れだしてひそひそと話す。
「なんのつもりなのよ、あんた」
「この学校でそんな面白い事があったんだぞ。他の生徒の日常にもお裾分けだ。俺たちだけで楽しむわけには」
「変なサービス精神もってんじゃないわよ。司だって困るのよ」
「あいつは大丈夫だろう。金髪だし性別も違う」
さらにもう一発、羽加美はぱしんと叩いた。
頭をおさえつつ、何怒ってるんだ?と思う九頭竜だった。
「おい、何かあったのか?」
藤堂が心配そうに尋ねてきた。
「な、なんでもないなんでもない」
必死に見えるくらい否定する羽加美。
「?」
「ほ、ほかのニュースはないの?」
「魔女っ子はいいのか? まあ、あるにはあるけど、最近な、やたら火事が多いみたいなんだ」
「火事?」
「ああ、ここ数日で10件近くもある」
「いやいや、おかしいだろその数字」
あまりの事に、思わず九頭竜は頭から手を離し、突っ込んだ。
「ああ、だからもう噂になってるんだ。このペースだと、一週間後は30件ほどになるとかならないとか、犯人は火車だとか」
「ああ、あの妖怪の……」
羽加美がつんつんと九頭竜の肩をつつく。
九頭竜が振り向くと、
「あとで、集まるわよ。司も一緒に」
と小声で言った。
ああ、と軽く頷き了解した。
その羽加美の行動で、魔法絡みの件だという思いが強まった。
ならば、詳しく聞いておく。
「ええとそれで、どこで火事があったかわかるか?」
「なんだ、現場にでも行くつもりか? 探偵でも始めたのか?」
「まあな、知ってるか? 過食探偵、多部空洞」
「ああ、あのマンガか。お前は本当に影響されやすいな。えーと場所か、数件は知ってるけど、全部はさすがにな。調べておくか?」
「ああ、ありがたい。とりあえずその場所だけでもメモしておこう」
そして、話を聞いていると、チャイムが鳴った。
休み時間、図書室の片隅。
司は恥ずかしそうに上目遣いだ。
羽加美が司を連れだろうとしたとき、他の女子が「ずるーい」と騒いでいた。
遅れて、九頭竜も来た。
「集まったわね。藤堂が言ってた、数日で10件近くの火事。それが本当なら、もしかしたら魔法を使っているのかも」
そう羽加美が切り出す。
「こういう事件は珍しいことなの?」
この世界に来たばかりの司が聞く。
「ええ、かなりね。ハッキリ言って異常だわ。まあそれでも、人間にだってやってやれないことはないけど」
「そうだな。朝昼晩と一日三回、ノルマをこなすかのように、街を走り回れば、できるかもしれない。もちろん証拠を残さずにだ」
「でも魔法の修行が始まったのと時期が同じだから、可能性は高いわ」
「人間だったら警察の仕事だが、魔法によるものだとしたら、俺たちが止めるべきだな。次の獲物はそいつだ」
「獲物ってあんたね……」
「しかし、火か。やけどは怖いぞう。皮膚がただれて、激痛がして、ひどくなると他の皮膚を患部に移植しないといけなくなる」
「あわわわ、わ」
九頭竜の軽口に、司は本気でびびる。
「司を怖がらすなっ。大丈夫よ、変身さえしてれば、多少は」
司を安心させるように羽加美は頭を撫でた。
「じゃあ放課後、一度帰ってから、また集まろっか。調査しましょう」
「集まるなら、第三公園かな。藤堂に聞いた事件現場に近い。司、場所わかるか?」
「うん。大丈夫」
「よし、作戦会議終了ー」
ぱん、と手を合わせる九頭竜に対し、
「なによそれ」
呆れ顔の羽加美だった。
ブランコというのは今やっても、面白いものだな、と九頭竜は思った。
勢いをつけるとそれに応じて、スピードが早くなり、動きもダイナミックになる。
流れる景色は、遊園地のバイキングのようだ。
人間は努力に応じた成果がでると、世界とつながれた気がして幸せになれるという、本に書いてあった事を思い出した。
問題はただひとつ、地面が近すぎることだった。
大人用公園というものができて、大人用ブランコが設置されないものだろうか。
「……あんた達、何やってんの」
やっときた羽加美が、白い目でみている。
九頭竜の横では、司も、ブランコを楽しみ中だ。
「見ての通り、公園の中でも一、ニを争う、加速遊具を楽しんでいるところだ。他の遊具はいまいち動きが遅いからな。一緒にやるか? ああ、スカートじゃ厳しいか」
前後に動いて、声が自然とドップラー効果になっている。
「スカートじゃなくてもやらないわよっ。司は身体が小さいから、まだいいけど、あんたは完全にアウトね」
「ひどいことをいうやつだな」
「これ、たのしいよ。羽加美さん」
勢いはあまりついていないが、司も十分楽しそうだ。
「私服もそうだけど、本当に、小学生みたい」
羽加美がそれをみて、ぽつりと感想をもらす。
司は長袖に半ズボン。
九頭竜はチャックのついたパーカーにジーンズ。
羽加美はワンピースにカーディガンを羽織っている。
「よーし司。次はあれだ。地球が回っているということを教えてやる」
そう言って、丸くて回転する遊具を指さした。
「俺が回してやるから、上に乗るんだ」
「わあ、あ。でも先に変身してもいいかな。なんだか、疲れちゃって」
ブランコから降りた司は、若干ふらついている。
よほど体力がないらしい。
「ブランコでかっ。だが、望むところだ。見せるが良い」
幸い周りに人はいない。
それを聞き、ごそごそとスティックをとりだした。
やはり最初は小さく、すぐに大きくなった。
横にして、前に構える司。
すると、スティックに書いてあったのと同じ文字が、際限なく浮かび、それと同時に、光った。
気づけば、巨大な本が現れていて、司をページに挟むように包んだ。
本が開かれると、金髪金眼の少女になっており、すぐに浮かんでいた文字が全身を囲う。
文字と本が消える頃には、ピンクでふりふりの服を着ていた。
「ふう」
「おおー。なんというか、物語からでてきたってかんじだな。これで、体力は向上したってわけか」
「うん。いまなら公園一周走っても、平気な気がするよ」
健康的な顔になり、性別もかわり、より可愛らしくなった司。
いい笑顔だ。
「そうだ。この前少し話した、俺みたいなただの人間も身体能力を上げるっていうのは、どうやるんだ?」
元気な司をみて、九頭竜はふと思い出した。
「え、えーと、その」
「ああ、魔力供給の事? それならキスすればいいけど……。あっ、まさかあんたたち」
じっと二人を見つめる羽加美。
「し、してないですよっ」
手をばたつかせる司に対して、九頭竜は落ち着いたままだ。
「なんだ、キスか。そういえばまだしたこと無いな。なんとなく面白そうだとおもってたんだが。司、するか?」
「え、えええ」
もろにうろたえている。
「そ、それは戦いのために、必要なのはわかるんだけど。えーと」
「嫌か? 別に強要はしないが」
「い、いやってわけじゃないけど」
司は耳まで赤くなり、ついには後ろを向いてしまった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。別に、魔力供給するだけなら、魔法を使える人なら誰でもいいんだから、だから、その」
なぜか必死な羽加美。
九頭竜の肩をつかむ。
「そういうもんなのか」
「えーと、えと、司は元男なわけで、九頭竜は初めてで」
顔を下げてごにょごにょと何か言っている。
「?」
九頭竜は羽加美が何を言っているのか聞き取れない。
「もう、いいっ。あんたは魔力供給なんかなくても、戦いなんて余裕でしょ? この話はなし、なし」
ぱっと離れて、手を振るように言う。
「お、一度負けて、俺達の強さを認めたか。まあいいや。よし司、遊具巡りを再開だ」
びしっと球体の遊具を指さす。
多少頭がオーバーヒートしたまま、ふらふらと司は遊具に向かった。
「今はスカートなんだから、それに乗っちゃ駄目だって司。もう、そろそろ調査行くわよ」
「そうか、そうだな。司、その格好は目立つから、これ羽織っとけ。変身といてもいいけど、そっちのほうが身体が楽なんだろう?」
そう言って、脱いだパーカーを渡す九頭竜。
「あ、ありがと」
それから強引な羽加美に引っ張られるように、公園を後にした。
火事があった現場のうちのひとつに、三人は到着した。
住宅街のうちの一つだ。
まだ周りに数人見張りの警官がいて、あまり近づけない。
黒く焦げた木の棒のようなものがいくつか立っていて、地面には残骸が残っている。
それは、身が削げて、骨だけになったかのようだった。
もう鎮火して時間がたっているのに、気のせいか焦げ臭い。
こそこそ隠れながら、九頭竜は二人に聞いた。
「どうだ? 何かわかるか?」
「ううん、わかんない」
「別に魔法で燃やしたからといって、魔法の痕跡があるわけでもないし」
お手上げの様子の司と羽加美である。
「こうなったら、見回りでもするしか……ってあれ? 九頭竜?」
いつのまにかそばにいない。
見渡すと、警官の方に向かっていく九頭竜がいた。
「あいついつのまに」
「どーも。お勤めご苦労さまです」
笑顔で九頭竜が声をかけた。
警官は二人。
共にそこそこ若い。
「なんだ君は。学生か?」
「最近多いみたいですね。火事。いつ頃犯人捕まるんですかね。怖くて怖くて夜も眠れませんよ~」
「大丈夫だよ。0時以降はまだ一度も火事は起きてないから」
軽そうな片方の警官がいうと、
「おい、捜査の内容をばらすな」
その警官を肘で小突き、もう片方が注意した。
「いいじゃないですか、すぐにニュースでもやりますよ」
「まったく。君もとっとと帰りなさい」
「そうなんですかー。良かった、これでゆっくり寝られます。これからも、お仕事頑張ってくださいね」
そう言って、九頭竜は警官に手を振りつつ、司達のもとへ戻った。
「ただいまー」
「おかえり」
司は律儀に返す。
「な、なによあの猫かぶりモードは。あんなの初めて見たわよ」
「どうだ、爽やかだったろう」
「さわ……やか?」
ぽかんとする羽加美を放っといて、本題に入った。
「あの警官が言うには、0時以降は火事がないらしい。つまり、夜中だな」
「一番人気がなさそうな時間なのに?」
もう復活した羽加美。
「ああ、寝てるんじゃないか? だとすると、やはり子供の犯行かもな」
「なるほどね。それで、見回りでもするの?」
「ああ、日が落ちて、20時くらいから街をうろつくか。お前は空から頼む。俺と司は地上だ」
「わかったわ」
「犯人を見つけたら、携帯で連絡してくれ。可能なら一撃くらわせてもいい。ただその場合、通行人が集まる可能性が高いから、すぐ隠れてもいい」
頷く羽加美。
「もし人気のないところでも、俺たちが行くまで無茶はするな。あと、藤堂にきいた火事の場所だ。全部じゃないみたいだけどな。これから地図に書き写す」
そう言って、地図と赤ペンを取り出した。
メモを見て、ひとつひとつ丸をつけていく。
7箇所ほどあったのを、すべて書き終えた。
軽く分析する。
「ふうん。結構位置がバラバラね」
「ああ、一番遠いところで、5キロ以上ある。犯人は何か移動手段を持っているだろうな」
「駅から遠いところもあるわよ。それで、住宅が6件、お店が1件か」
「店は人通りが多いだろうに、よくやるものだ」
「このお店は、コンビニかな」
「よし、範囲は広いが仕方ない。俺と司はこの辺りから行く。時間になったら、この本屋で待ち合わせだ。羽加美も、あまり離れるなよ」
地図を指し示しながら、そう言った。
「ええ、わかったわ」
「うん」
「よし、かいさーん。あ、パーカー返してくれ」




