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昨日の別れ際。
「そうだ、タナカ。明日は10時頃学校に来い」
「え、正午じゃあ」
「ああ、待ち合わせは正午だ。だから、その前にいって罠をはる」
「ええ、ひどい」
「ひどくない。作戦だ」
「それでどんな罠を?」
「鳥の捕獲といったら、やはりアレだろうな」
こんな会話があった。
「やった。九頭竜さん作戦成功だよ」
離れた場所から、羽加美を確認する二人。
「いや、あれでは位置が端っこすぎる。あそこへ走っても、先に脱出されるだろう」
「そんな」
「しょうがない、作戦Bだ。例のワードを試すぞ」
「わ、わかった」
そう言って、ぽこんとスティックから小さな本を出した。
「しばらく発動しているんだ」
九頭竜がそういった時、羽加美が網から脱出した。
羽加美が怒ったように、手を振っている。
九頭竜達はまた逃げた。
「はぁっ、ちょっと、待って」
タナカが苦しそうに言う。
だんだんタナカのペースが落ちてきた。
「おい、大丈夫か? まだそれほど走ってないぞ」
「これでも、この服のおかげで、強くはなってるんだけど」
「わかった。しばらくあそこに隠れよう」
そこは二人入るにはつらそうな、物と物の隙間の、狭いスポットだった。
疲れて判断力の鈍くなったタナカは先に入る。
あとから九頭竜も入った。
自然と、密着状態だ。
「あわ、あわ。近いよ。やっぱり別のところで」
今更気づいたタナカが、恥ずかしそうに言う。
「駄目だ。休める時に休んでおかないと。ちゃんと外は見張っておくから、大丈夫だ。ところで、その格好になると、やはり強くなるのか」
「え、ええ。傷の治りも早くなるし、それでも、不老不死ってほどじゃないけどね。僕は元々身体が弱くて、あっちの世界では、いつもベッドで本を呼んでたんだ。だからこんな、わけのわからないワードを授かったのかも……」
「なに、どんな能力かは、すぐにわかるさ。恐らくな。それより、俺の身体も強くできないのか?」
「え? それは方法はあるにはあるけど……だ、だめだよそんな恥ずかしい事」
ぶんぶんと首を振り、想像したことを消そうとするタナカ。
九頭竜にまで温度がつたわりそうなほど、頬が紅潮している。
「あるのか? それはいまできるのか?」
「い、いまは無理だよう。心の準備というものが」
「? まああとでしっかりと、聞かせてもらおうか。それにしても、意外と強いな。空を飛ぶだけってのも。こっちに飛び道具でもあれば、もっと楽なんだろうが。あいつみたいに高くからみたら、俺らなんてちっぽけなんだろうな」
「やっぱり僕なんて、だめむも」
タナカがしゃべる途中で、九頭竜は片手で頬を挟むようにした。
「悪い、悲観的になっちまったな。だけど、戦いっていうのは、相手が強いほど、勝った時に面白いものなんだぜ」
「む、むあ」
言うだけ言って、手を話したところで、彼女はきた。
「来たぞ、走れるか?」
「は、はい」
羽加美が別の方を見たのを見計らって、二人は飛び出した。
すぐに羽加美はそれに気づく。
「あ、そんなところにいたのね。いい加減戦いなさーい」
言いながら、低空飛行でまた追いかける。
その時、急に顔が濡れた。
「つめたっ、何?」
さらに身体も濡れ始める。
一旦止まり、考える。
もちろん雨は降っていない。
雲ひとつない、いい天気だ。
水風船のような罠が、仕掛けられていた訳でもなさそうだ。
「まさか、魔法? 何故いままで使わなかったの? それにただ濡らすだけなんて、『水滴』とか? だとしたら大した事ないわ」
それらを遠目で見ていた九頭竜は、確信した。
羽加美がさらに飛行していると、立ち止まる二人を見つけた。
タナカを後ろに隠すように、九頭竜がこちらを見ている。
「もう観念したの?」
空から二人を見下ろす羽加美。
「観念なんてしないさ。どうだ、水浴びは気持ちよかったか?」
「ええ、今日みたいな晴れた日にはなかなかだったわ。それがその子の能力ってわけ」
「さあて、どうだかな」
「余裕があるのもいまのうちよ」
「ならかかってこい、そして予言しよう。お前はあと10分もしない内に負ける」
「上等」
羽加美はそう言って、一気に距離をつめた。
目的はタナカのスティックだが、先に守っている九頭竜を狙う。
空中から、九頭竜の腹に蹴りを繰り出した。
「ぐ……」
避けようとしたが間に合わず、脇腹をかすめるように当たる。
だが、九頭竜は手を伸ばした。
その先は羽加美のスティック。
狙いに気づいた羽加美は、素早く飛び、距離をとった。
「おっと、危ない危ない。攻撃されても気にせず狙ってくるなんて、さすがね」
「ふん。やはりお前の攻撃は蹴りだけか。単調だな」
「なにおう。だったらもっと食らってみなさい」
空をひゅんひゅんとび、九頭竜に何度も蹴りをしかける。
九頭竜は頭を庇うようにガードしているが、どんどんダメージは蓄積していく。
腕がしびれ、重くなる感覚。
タナカは九頭竜の後ろに隠れるようにしゃがんでいる。
「これでも、少しは鍛えてるのよ。修行の準備の一環としてね」
「そうか。ならばもっともっと鍛えるべきだったな。その程度じゃ、陽が暮れちまうぜ。あと、さっきから何度もスカートの中が見えてるぞ」
「な、な、な」
攻撃をやめ、スカートをおさえる。
「だったら、次の一撃できめてやるわよっ」
そう言って、上昇をはじめる羽加美。
高いところから勢いをつけて、破壊力を増す気だ。
九頭竜はにやりとする。
小さい本が光り出した。
タナカは、条件が揃ったように、唐突に、トランスしたように呟く。
機械のように、朗読のように、呪文のように。
まるで別人のように。
『ダイダロスの息子、イカロス。彼らはミーノース王によって、塔に閉じ込められてしまいました。その塔を抜け出すために、彼らは鳥の羽を集めて、大きな翼をつくりました。それは蝋で固めてありました。
「イカロスよ、気をつけるんだ。あまり低く飛ぶと、波に飲まれてしまう。逆に高く飛びすぎると、太陽の熱で蝋が融けてしまうからね」
しかしイカロスは、調子にのって、高く高く飛んでしまいました。その結果、羽の蝋は融け、海に墜落し、死んでしまいました。海はその後、彼の名にちなんで、イーカリア海と名付けられました』
九頭竜はタナカを見て、そして遠く小さくなった羽加美を見た。
高く高く飛ぶ羽加美。
途中から、意志とは関係なく、身体が勝手に上昇を続ける。
「な、なにこれ、どうなってるの」
相当高くまで昇ったところで止まった。
そして、今まで無かった羽が、背中に現れた。
鳥の羽を蝋で固めたものだ。
その一瞬だけ、天使のようだった。
しかしすぐに羽は融け、身体は降下をはじめる。
「なんで飛べないのよ。このままじゃ、私」
ある一点に向かって、どんどん落ちていく。
九頭竜は、トランスの終えたタナカを連れて、すぐに走った。
目的地は学校のプールだ。
「まだ魔法止めるなよ。あいつは混乱してるだろうし、今止めたら、何処に落ちるかわからん」
「う、うん」
しかしそのままにしていては、神話のとおりに溺死してしまう。
クラスメイトが死ぬのは、さすがに目覚めが悪い。
「プールに落ちる直前に止めてくれ。そうしないと、物語のとおりに、水没してしまう」
「でも、なんで急いで向かってるの」
だんだん息が苦しくなってきたタナカが尋ねる。
「あいつは泳げないんだよっ」
プールが近づいてきた。
空に羽加美が見える。
「羽加美ー! 起きてるかー!?」
恐怖で気絶しかかっていた羽加美はその声に我をとりもどした。
「く、九頭竜」
「飛べるようになったら飛んでくれ!」
いいながら、九頭竜はプールサイドに入る。
落ちてくる羽加美を、ジャンプするようにぎりぎりでキャッチしようとして、そのままプールに着水した。
水が山のように跳ね上がり、二人は水底まで一気に飲まれた。
暴れる羽加美。
「ごら、あばれぶば」
水中で声をかけ、抑えつつ、水面に上がった。
「ぷはっ」
酸素に再び巡り会えた。
そのまま、羽加美をかかえて、プールの縁まで泳ぐ。
タナカがプールサイドで心配そうに待っていた。
「はあ、なかなかスリリングだったぜ」
「それはこっちの台詞よ。あっ」
羽加美は気づいた。
いまのどさくさのうちに、スティックは九頭竜が持っていることに。
「私の……負けね」
「ああ、俺達の勝ちだ」
そう言って、床にむかって叩き折ろうとする。
羽加美が、ぐっと目を閉じた。
ピタリと、その手を止める。
「やめた」
「え?」
「お前も俺たちと一緒に戦え。そうだ、そうしよう」
「はああ、何言ってんのよ」
「もう決めたんだ。ほらよ」
スティックをあっさり羽加美に返す。
これでいつでも逃げる事はできてしまう。
スティックと九頭竜を交互に見る羽加美。
「あんた、まさか最初からそのつもりで」
「いや、そんなことないさ。人のスティックを折らないと、修行の終わりに近づけないんだろう? でもな、ふと思ったんだ。仲間は多いほうが俺の目的を達成しやすいって。別にチームを組んで挑んじゃ、いけないわけじゃないだろう?」
「ま、まあ確かに」
「それに、某国民的RPGでも、最初の敵は捕まえたくなるし」
「私をそれと一緒にするなー!」
怒りだした羽加美を放っといて、九頭竜はタナカに顔を向ける。
「よく頑張ったな。タナカ。お前のワード、実は凄い能力なんじゃないか?」
「そ、そうかな。あは、そうなら嬉しいな」
「そうよ。ワード。私は一体何をされたのさ」
怒りもどこへやら、羽加美は尋ねた。
「説明する前に、見せたほうが早いな。タナカ、出してやれ」
「うん」
小さい本を出す。
その最初のページを羽加美に見せた。
「ギリシャ神話:イカロス?」
「ああ、わかりづらいが、一言でいうと、物語を現実に投影させる能力。かな? ワードは『目録』だ。多少条件が揃わないと発動しないようだが」
「へー。それで、あの時、変な羽がね……」
「でもわからないのは、何故イカロスだけしか載ってないのかってことだ」
「イカロス……。そういえば昨日授業でやってたけど」
「タナカは授業とは関係ないだろう」
「も、もしかしてあんた気づいてないの?」
「なにがだ?」
途端、タナカが焦るように手をわきわき動かしだした。
「あ、あの」
「その子昨日の転校生よ。名前は確か、童野司。タナカってあだ名かなにか?」
「そうなのか?」
九頭竜はタナカ、いや司を見る。
トマトのように赤くなっていた。
「う、あ、はい」
唐突に正体をばらされ、ショックでぎこちなくなる。
「学校でおかしいとおもったけど、まさか本当に知らなかったとはね」
「ふーん。まあいいんじゃないか」
「ええっ。男の子が魔法少女に変身するのは、普通じゃないと思うけど」
言葉の矢が司にささる。
「普通なんて退屈が来るものさ。一応聞いておこうか。どうしてそうしたんだ?」
「えと、あっちの世界で、英雄のような魔法使いに憧れて。髪も目も同じ色なの」
鮮やかな金の髪に触れる司。
「ああ、あの伝説の……。私も小さい頃聞いた気がする」
「そーかそーか。俺も、漫画に影響されて魔法使いになろうと思ったんだ。似たようなもんだな。はは」
「あんたはまだなれてないし、司は物語じゃなく、実際の人物に影響されたんだけどね」
「まあそれはともかく司。戦いの相棒に偽名を名乗ったバツだ」
そう言って、がっと頬をつまみ、伸び縮みさせた。
「いふぁい、ごふぇんなふぁい」
手を離した。司は両手で頬をさする。
「う、さすがにずぶ濡れはちょっと寒いな。そろそろ帰るか」
「うん」
「そうね。次に会うのは、月曜、学校でね」
「じゃ、見せてくれ」
「何をよ」
「元の姿に戻るときの変身だよ。ほらはやくはやく」
「もう正体わかったんだから、司に見せてもらえばいいじゃない」
「僕は、あんまり元の姿になりたくないなあ。学校は、仕方がないけど」
「なんでよ~」
「ほらほら」
「しょうがないなあ」
またも諦めたように、元の姿に戻った。
それはあっさりしていて、なんというか、ぱっと光って元通り、という感じだった。
元の服は全く濡れていない。
この世の終わりのような顔の九頭竜に対し、羽加美は得意げだ。
「へへん。残念でした」
「なんだそれは、面白くないぞ」
「面白くするためにやってるんじゃないからっ」
心底がっかりした九頭竜は、唯一の希望のように司を見る。
「仕方ない。司、今度変身シーン見せてくれ」
「えええ。なにが仕方ないの」
「頼む、一回だけ」
「じゃ、じゃあ今度何かあった時に……」
「気をつけなさいよ。ビデオカメラ持ってたら、壊していいから」
「う、うん」
「相棒にそんな酷いことするわけなかろう」
九頭竜は心外そうに言う。
「もう一度蹴ってやろうかしら」
そう言って、じりじりと九頭竜に近づいた。
「よし、帰るぞ。司はどんどん他の物語読んどいてくれ。絵本なら早いだろう」
司に指示をだし、九頭竜は逃げるように離れる。
「こら、待てー」
「うん。わかった。またね九頭竜君」
「じゃあなー。もし何かあったらすぐ呼べよー」
今日は司のおかげで、なんとか勝てたし、戦力も増えた。
しかしまだ、司の修行としては何も進んでいない。
それでも、最高に楽しい一日だったと思う。




