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 そこは人気のない路地裏だった。

 かなり入り組んでいる。

 夕方で、壁も多いので薄暗い。

 どうしてこんなところに、タナカはいるんだろうか。

 九頭竜があっちこっちの道を探していると、大分近づいたような気がする。

 曲がり角から顔をだすと、それらは見えた。

 その道は長い直線で、手前にしゃがみこむタナカ、奥には例の白い少女。

 その白い少女が、地面に平行するように飛び、タナカに蹴りをくりだそうとしていた。

 白い少女はスティック以外何も持っていない。

 咄嗟に九頭竜は、タナカを抱え、その蹴りを避けることに成功した。

 そして対峙する二人と一人。

 タナカは安堵したように九頭竜を見る。

「来てくれたんだね。これは僕の世界の問題なのに」

「ああ、もちろんだ。昨日言っただろう」

 そして相手を見る九頭竜。

 白い少女は、下を向いて、何やら怒っているように、震えていた。

 その服装で、頭も、右側にリボンが結ってあるゆったりしたショートヘアなのだが、どこか見覚えがあるような。

「な、なんであんたがその子を助けるのよ」

 顔を上げた白い少女。

 髪型が違い、眼鏡もかけていないが、それはどうみても羽加美だった。

 

「羽加美……?」

 羽加美橙子、15歳。数年前にこの街に来て以来の知り合い。

 頭が良く、人当たり良く、転校してきてすぐに皆に馴染んだ。

 女子の友達もちゃんといるようだが、九頭竜や藤堂とよくつるむ。

 そんな彼女が、白いふりふりの服を着て、夕日のせいか若干顔を赤らめて、こちらを指差すように、目の前に立っていた。

「な、なんで羽加美が。っていうかお前さっき飛んでたか? 地面に沿うように、ぎゅいーんって」

「はー、もう。できれば知られる前に、一番近くにいたその子を、倒しておきたかったんだけど……。ええ。そりゃあ飛ぶわよ。私のワードは『飛翔』なんだから」

「ワード。ああ、こいつのとおなじあれか……。やっぱり、魔法はあるんだな。うはー、なあ、小踊りしていいか?」

「勝手にしなさいよ。この修業のことは、もうそこまで聞いてるのね」

 羽加美が考えこむ横で、喜びを身体で表すように九頭竜は踊る。

 それをみて、タナカもリズムをとるように小さく動く。

 やがて終わり、尋ねた。

「羽加美、お前人間じゃなかったのか? 何年もずっと学校で会ってたじゃないか」

「私はちゃんとあっちの世界の生まれよ。ただ、数年後にある修行のために、予習として、こっちの世界に住んでいただけ」

「なっ」

「え、えええ」

 タナカも一緒に驚く。

 そんな事考えてもいなかったらしい。 

「いつも勉強見る時言ってるでしょ。予習復習しなさいって」

「そうか……。じゃあその服も恥ずかしくないってことか。こっちの世界ではアレでも、向こうでは標準だろうしな」

「は、はずかしくっないわよ。アレっていうなー」

 さらに赤くなり怒る羽加美。

 さりげなく、タナカもショックを受けていた。

「今までずっと隠してたってことか」

 九頭竜は急に悲しそうな顔になる。

「ベ、別に隠してたわけじゃないのよ。こっちの世界じゃ修行まで何もできないし。ただ、あんたの好きなものは」

「そう。俺の好きな物は面白いものだ。日常を非日常にするものだ。どーして教えてくれなかったんだ。言ってくれれば、毎日四六時中べったりして、電話して、手紙だして、全力で追い掛け回したのに」

 今にも泣きそうな顔だ。

 腕に力が入っている。

「それが嫌だってんでしょ。別にそんなエサなんてなくても……、いや、まちがい、今のナシ」

 途中から小声になり、あわてて取り消す。

「?」

 九頭竜は何も気づかない。

「と、とにかく、えーと、そうだ。なんであんたはその子を助けたの? 面白いからつきまとってるだけ?」

 言われて、ちらりとタナカを見る。

 目があった。

「いいや、ただそれだけじゃないさ。俺は俺の目的のために、こいつを助ける。こいつを勝たせるんだ」

「目的?」

「俺も魔法使いになる」

「ぷっ、あはははは」

 それを聞き、吹き出す。

 ただの人間がなるには随分険しい目的を知り、それでも九頭竜なら、いつかやってのけるかもしれないと思った羽加美だった。

 その笑う姿は、夕日と服でどこか優雅だ。

「おいおい、俺は真面目だぜ」

「顔見ればわかるわよ。何年一緒にいたと思ってるの。ええ、わかったわ。なら、勝負よ。あんたとその子、どれくらい強いのか確かめてあげる。そっちが負けたら、魔法使いになるなんて、諦めなさい」

「わかった。諦めてお前につきまとうよ」

 九頭竜はそう言って嘆息する。

「な、なんでそうなるのよ。そういうのをやめなさいって言ってるんでしょうが」

「まあ、いいだろう。俺は平凡な日常をダラダラと続ける気はないけどな。今からやるか?」

「もうすぐ日が暮れるわよ。明日休みだから、そうね、正午に学校で待つわ。明日はそれほど人もいないはず」

「そういえば、お前らみたいな魔法少女は人に見えるのか。俺にみえるんだからそりゃそうか。なんか隠す方法とかないのか? 結界とか、記憶を消すとか」

「ないわよ、そんなもん。私達に使える魔法は、変身と、与えられたワードに基づいたものと、あとはせいぜい、向こうの世界で日常的に使える小物くらい。だからあまり派手に動いたら、すぐ目立つでしょうね」

「随分厳しいんだな、魔法の世界ってのも。それだとすぐ騒ぎにならないか?」

「ええ、なるでしょうね。最悪、どこかの街が消えるかも。どう? これでも魔法に憧れる?」

 脅すように言う。

「ああ、もちろんだ」

 それに対し、眼の奥に何かを感じるほど、九頭竜は真剣な表情だ。

「そ。ならもう止めないわ。それでも、一晩じっくり考えなさい。じゃあ、また明日」

 話は終わったようで、飛翔してどこかへ去っていった。


「ところで」

 顔見知り同士の会話になかなか入れず、静かだったタナカに尋ねる。

「どうしてこんな人気のないところにいたんだ?」

「それが、なんだかあとをつけられてるなと思って、逃げてたら、いつのまにか、こんな所に迷い込んでて」

「羽加美がそう誘導したってわけか。さすがに土地勘があるな。これが予習のせいかって事か」

「あの、本当にいいの? 僕なんかで。仲のよさそうな、あの人と一緒に戦ったほうが、目的に早く近づけるんじゃあ」

「そんなことないさ。あいつよりお前に先に逢ったのは、きっと何か意味がある。それに、俺は俺の眼を信じる。そうだ、お前の魔法また試してみれくれないか?」

「いいけど、何も起きないと思うよ」

 諦めたかのようにそう言って、スティックに力を込める。

 すると、小さい本のようなものがぽこんと出てきた。

「えっ、な、なんで?」

 出した本人が一番驚いている。

 手に取り、ぱらぱらめくる。一ページ目に何か書いてあるようだ。

 それ以外は白紙だった。

「ちょっと見せてみろ」

 九頭竜も一ページ目を見る。

 二人の顔が大分近づいたが、気にしなかった。

「これは、まさか」

「何なんだろう」

 何かがぼんやり頭に浮かんだ九頭竜と、よくわかっていないタナカ。

「いや、早とちりは危ない。しかしこれは、実戦で試してみるしか無いか。大事なのは明日だな」

「明日、勝てるのかな。僕達」

「わからないが、それでも勝つんだ。羽加美は飛翔といっていた。まあ俺の見立てだと、空を飛ぶことしかできないだろう。それに重い物を持って、飛ぶこともできないのかもしれない」

「そういえば、最初のときも、スティックしか持ってなかったよ」

「わざわざ体当たりめいたことをしなくても、上から物を落としたり、方法はあるはずなんだ。あの程度の能力なら、最初の敵にふさわしい。スライムみたいなもんさ」

「スライム、可愛いよねえ」

「お、なんだ。知ってるのか」

「小さくてぷるぷるして、ぴょんぴょん跳ねて移動して」

 見てきたように語るタナカ。

「そっちの世界にもゲームがあるとは驚きだな。それとも、こっちに来てからプレイしたのか?」

「げえむ? 僕が言ってるのはペットのスライムだよ」

「まさか、本物のスライムか? ……触ってみたい。そっちの世界に行ったら、絶対捕まえるぞ」

「野良スライムをわざわざ捕まえなくても。それに危ないよ」

「危ないのか?」

「だって魔物とかいるよ。普通の魔法使いだって、そんな危ないことしないよ」

「そうなのか。まあ、向こうの話はこのくらいにしておこう」

「どうして?」

「行った時の楽しみが薄れる」


 九頭竜とタナカと、そして羽加美は、学校の校庭に集まった。

 太陽がまぶしいくらいの、いい青空だ。

 体育館には人がいるようで、何やら青春っぽい声が聞こえてくる。

 タナカはいつもの魔法少女のようなピンクの服だ。手にはスティック。

 他の姿をまだ見たことがない。

 九頭竜は汚れてもいいような、ラフな格好である。

 長袖のシャツにジーンズだ。

 羽加美は、ひと目みるだけで、なんだかオシャレだなあと思えるような、やや薄着の若干気合の入った服だった。

 翼のようなヘアピンもつけている。

 しかし九頭竜はあまり気にしていない。

 むしろ別のことが気になったようだ。

「よお、羽加美。まだ変身してないのか?」

「あんな格好のままでくるわけないでしょ」

「恥ずかしいからか?」

「あた、いや、そんなわけないじゃない。えーと、そう、目立つからよ」

 こっちの世界で何年も暮らしていたせいか、価値観が染まってきたようだ。

 何が恥ずかしいのか、タナカのほうはわからずにキョトンとしている。

「いまなら誰も見てないから、存分に変身していいぞ」

「……トイレでしてきてもいい?」

「駄目だ。俺に見せろ」

 九頭竜は腕を組み、尊大に言う。

「もしかして、まだ見たこと無いの?」

「ああ」

「そっちの子に見せてもらえばいいじゃない」

「こいつは何故か恥ずかしがって、見せてくれないんだよ」

「私だって恥ずかしいわよ」

 タナカは、羽加美が思っているような変身自体が恥ずかしいわけではないのだが、それは些細な事だった。

「いいからおじさんに恥ずかしい部分をみせてごらんって」

「うるさいへんたい、くず」

「ああそうだ俺は九頭竜だ」

 開き直った。

「……もう、わかったわよ」

 諦めたようだ。

 逃げてもどこまでも追いかけてくるとでも、思ったのかもしれない。

 羽加美は眼鏡を外し、ポケットから、何か取り出した。

 鍵のように小さい、スティックだ。

 ぐっと羽加美が力を込めると、一気に大きくなり、いつも持っているサイズに変わった。

 先端に羽のようなシンボルのついた、空色っぽい杖。

 さらにそれを両手で持ち、空に掲げる。

 するとスティックの先端が光り出し、また羽加美の服も光り出した。

 服が輪切りのように、いくつにもわかれたかと思うと、それらが動き出す。

 身体から離れたかと思うと、ギュルギュル回転しだし、いつのまにか白い布へ。

 元の位置にそれらが戻ると、例の白い服になっていた。

 しかしまだ、リボンやらフリルが足りない。

 髪型もそのままだ。

 最後にスティックの先端から、リボン状のようになった布が伸びてきて、身体と髪にまとわりつく。

 職人の締めの一仕事を終えたかのように、白い服とショートヘアは完成した。

「ど、どう?」

 そっぽを向き、腕を組み、ちらりとこちらを見る羽加美。

「いやー、ブラボーブラボー。布がぎゅいんぎゅいん動いてすげーな。ちょっと眩しかったけど、見えちゃいけなそうなとこがチラチラしてて、見てるこっちが恥ずかしかった」

 拍手する九頭竜に対し、打ちのめされたかのように、地面に膝と手をつく羽加美。

「今度はサングラス持ってくるから。いや、それよりもビデオカメラか」

九頭竜はいたって真面目だ。

 それを聞き、

「今度なんてなーい!」

 大声を上げながら羽加美は立ち上がった。

「あんたはここで負けて、この件から手を引くのよ」

 びしっと指をさす。

「そうだな、今度なんてない。お前はここで負けて、魔法を失うんだった」

「スティックが折れたら、それだけじゃなくて、あっちの世界や魔法についての記憶も消えるんだけどね」

「なに、そうなのか?」

「ええええ」

 驚く二人。

「何故お前が知らないんだ」

 タナカの頬を両手で掴み、金眼をじっと見る。

「ご、ごべんなさい」

 うまく口を動かせず、変な発言になっている。

「だから証拠は残りにくいってわけ」

「なあるほど。さて、どうする? 勝負の合図でも決めるか?」

「いいわね、なら、次に体育館から、ボールの弾む音がしたらってことで」

「よし、タナカ。事前の打ち合わせ通りだ」

「タナカ……?」

 タナカが九頭竜に頷き、羽加美が何かを疑問に思っている数秒後、バレーボールが叩きつけられるような音がした。

「いくぞっ」

 来るか、と羽加美は身構える。

 しかし九頭竜とタナカは、全力で羽加美とは逆方向へ走った。

 入り組んだ地形の校舎へと向かっている。

「こらぁ、待ちなさいよ」

 やっと現状に気づいた羽加美は、ふわりと浮き、一気に低空を飛んだ。

 地面を歩いている時には到底味わえない、身体が軽くなる感触。

 走っている時には絶対味わえない、風を切る感触。

 息切れを起こすことも、足や胸が痛くなることもない。

 九頭竜達を見つけた。

 校舎の壁ぎりぎりを走っている。

 隠れているつもりだろうか。

 そう思い、追いかけると、急に影が。

 上を見ると、巨大な網のようなものが降ってきていた。

「なっ」

 全力で、端に逃げ避けようとするが、捕まってしまう。

 どうやら、早い時間にここへきて、屋上らへんに網をしかけていたようだ。

 重くて飛ぶこともできない。

 しかたなく、地上で網をどかしながら、脱出しようとした。

「あんにゃろ、ほんとずる賢い」

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