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次の日。
昨日、あんなことがあっても、学校は当然続いている。
平凡なブレザーを身に通し、ぼんやり登校。
適当に挨拶して席につくと、一人のクラスメイトがやってきた。
よく話す間柄の男友達。
見た目は普通だが、成績が若干悪い。
しかし、顔が広いようで、よく噂を集めてくれる。
「おーす、くず。今日も朝はねみーな」
「くずってよぶなって言ってんだろ、藤堂」
いつも通りの否定。
ただ、今日はいつもより表情が柔らかい。
「だって九頭竜なんてなげーじゃん。あれ? なんかにやけてね? 嬉しいことでもあった?」
「まあ、昨日な、面白いものみつけた」
「へー。くずがいう面白いものっつったら、ツチノコとか?」
「いや、もっと金色でな」
「金メッキのおもちゃか?」
「お前発想がしょぼいぞ」
「なんだよ金色ってー。まあいいや、そんなことより聞いたか?」
「何をだよ。今きたとこだぞ俺」
「なんと、転校生だってよ。俺は可愛い子がいいけど、くずは変な奴がいいんだっけ?」
「変じゃなくて、面白そうな奴」
「なになに? 転校生の話?」
さらに一人やってくる。
彼女も数年前に、この街に引っ越してきたのだ。
それ以来ずっと、同じ学校同じクラスで、いつのまにかよく話すようになった女子。
眼鏡をかけていて、頭がよくて、よく勉強を教わったりもしていた。
それなりに長い髪を、ゆったり二つに分けてまとめている。
さらに今日は、前髪にトマトのようなヘアピンをつけている。
ヘアピンはころころ変える趣味らしい。
名前は羽加美橙子。
「格好いい子だといいよねえ」
「お、羽加美、よし、じゃー男か女か賭けるか? 俺は女のほうにやきそばパン一個だ」
「いいねえ。なら私は、男の方に、そうね、別にそんな食べないから、あんたに例のパンをくれてやるわ」
「ま、まさかあの激マズの」
購買に一日数個しか出ないパン。
見た目は赤青黄。
三色パンのように綺麗に分かれているものではなく、渦をまくように混ざり合っている。
封をあけるとその匂いは、三種類じゃきかないくらい、得も言われぬドロドロとした悪臭。
主に罰ゲーム用に人気で、だいたい毎日売り切れる。
「頼むー、既に売り切れててくれー」
「おいおい、もう負けることを考えてどうするんだ」
「じゃあなんだ? くずはロシアンルーレットのとき、自分の命を考えないのか?」
「命って」
「そうだ。くずは変な物好きなら、一度はあれを食べるべきだろう」
「断る」
「お前の信念はそんなものだったのか?」
「俺が探すのは面白いものだ。まあ、藤堂が罰ゲームをすることになったら、面白がってやる」
「相変わらずひどい奴だな」
いつも通りの平凡なやりとり。
教師が男子を一人つれてきて、転校生と言って、紹介した。
名前は道野司。
背がかなり低く、間違いなくこのクラスの男子では一番下になるだろう。
それに格好いいというより、可愛いというほうが似合う容姿だ。
線が細く、病弱そうにも見える。
どうやら、可愛い女子でも、格好いい男子でもないようだ。
ありきたりな自己紹介を見る限り、面白そうでもない。
三人の理想から、見事に外れた。
九頭竜はあっさりと興味を失い、藤堂は罰ゲーム決定だなあとか、呼び出し鳴らないかな授業中だろうと全力で行くのになあとか考えた。
休み時間、すぐに転校生の童野は質問攻めにあった。
特に女子が多い。
可愛い系男子でも、人気はあるようだ。
おろおろしながら、質問にこたえていく。
内容はここまで聞こえてこない。
ぼんやり人だかりを眺めていると、羽加美が来た。
「皆元気よね~。あんなに貪るように聞いても、あの子も困るよねえ」
「そうだなあ。お前は興味ないのか? 童野っつったっけ」
「私は背が高くて、格好いいのが好きなのよ。ああいうのはちょっとね」
「ふーん。藤堂とか?」
「ないない」
「そうか」
哀れな藤堂。
じゃあクラスに誰か目当ての人はいるのだろうか。
いないのかもしれない。
「あんたは興味ないの? あの子」
「ああ見たところ普通の男子だな。それほど特別そうでもない」
「ふうん……」
「まあ何にせよ、昼が楽しみだな」
いつの間にか、お昼の時間だ。
途中、授業で教師がギリシャ神話の話をしだした。
九頭竜はそれが何故か妙に気になったが、面白かったのはそれくらいで、あとは平々凡々。
三人はいつも屋上で食べる。
九頭竜が最初、何か面白いものを見かけるかもしれないと言って、提案したのだ。
今日は青空、周りに生徒はいない。
「はいっ。藤堂ちゃんと食べてね」
そういって、笑顔で、両手の平にのせるように、例のパンを見せる羽加美。
どうやらちゃんと売っていたようだ。
あいかわらず、見ているだけで、色が目に残って、その後なにもないところをみても、その模様が見えるようだった。
まだ未開封なので、九頭竜の鼻は無事だ。
若干距離をとり、二人を見やる。
「おー、頑張れー藤堂ー」
「棒読みすぎんだろ。くずもこっちこいよ」
「離れていても、俺達の友情は変わらない」
「そこまで離れてねえよ。というか、自分から離れといてその台詞は、ただの加害者側の視点だぞ」
「ほらー早く受け取ってよ。私の三色の思い」
「三つもあるのに、全部悪意にしかみえねえ」
しぶしぶ受け取る藤堂。
すぐさま羽加美も、九頭竜の方にきた。
しっかり風上である。
「いくぞ」
なるべく顔から遠ざけながら、封を開ける。
ぴりり、とパンが取り出せるくらいまで開けた。
そのとたん、嫌なにおいが漂ってきた。
藤堂はもちろんのこと、九頭竜や羽加美までそれを感じる。
屋上で、風上にいるのにだ。
これを教室内で食べようとしたら、自然と皆いなくなるかもしれない。
誰もいない教室で静かに食べられるおすすめのパンだ。
「ちょ、くさ、なんでこっちまでにおいがするのよ」
鼻をおさえる羽加美。
「すさまじいな、何かの兵器に使えるかもしれない。そしたら、この学校に怪しい組織が来ることになる……。それは面白そうだ」
九頭竜は何やら妄想している。
「そんなことにはならないわよ」
鼻をおさえているため、鼻声の羽加美だった。
「鼻声の羽加美も面白いな、はは」
「ちょ、ばか、何言ってんのよ」
ぱっと鼻から手を離してしまう。
若干顔が赤い。
なんだやめるのかと九頭竜が残念に思っていると、藤堂がパンをかかげた。
「いいか、食うぞ」
それを聞き、二人が藤堂をじっと見つめた。
ごくり、と音がしそうな緊張感。
藤堂は、パンを受け入れるように口を開き、3分の1ほどのところに、歯をたて、そのまま噛み切る。
そのパンが舌に触れ、じんわりと味が広がり、すぐに涙がでそうになる。
しかしここまできたら、やめられない。
そのまま二手、三手と歯を進め、パンの原型を壊していく。
かむたびに、パンが叫びをあげるように、口の中を刺激してきた。
小麦粉と水とその他怪しげな食材によって生み出されたモノ。
唾液を吸い上げ、奇妙に形をかえていく。
だが、まだ最後の工程が残っている。
歯で触れ、千切り、潰し、味わい、そして飲み込むのだ。
一度口に入れたものを出すなど、ほとんどの国でマナー違反だ。
最悪の味に耐え抜き、喉に力を込め、胃へと叩き落とす。
胃の中までは、藤堂は何もできない。
これまでの生涯で培った身体を信じるしか無い。
そしてついに、パンの一部を攻略した。
もう全てを体験した。
あとは今のを繰り返すだけ。
心が折れないように、気を使いながら、すべて食べきったのだった。
空の袋を、天に掲げる藤堂。
戦いを見届けた二人は、思わず拍手した。
涙こそは流していないが、ただ、賞賛の拍手を送るのだった。
学校もおわり、九頭竜は帰り道を行く。
周りには誰もいない。
あの食事のあと、藤堂は腹を抑えていた気がする。
身体対パンはパンの勝ちだったのだろうか。
そんなことより、今日は鳴らなかったなあれ、と思い直す。
頭の隅ではわくわくと待っているのに。
やはり、あの話は嘘なのだろうか。
だとしたら恥ずかしい事を言ったかもしれない。
それでも、また彼女に会いたいと思う。
あれほどの人材はなかなかいない。
恥ずかしい思いをしてでも会いたい。
しかしこちらからは何もできないので、今夜も街を歩くか、と考える。
もしもう会えないのなら、また探さないといけない。
今日のような、普通でありきたりで平凡な日々を、何とかしてくれるような物を。
つらつら考えていると、それは動いた。
ぴりろりぴぴろりと、可愛らしいような音だ。
すぐに取り出し、確認する。
画面には、『またおそわれてる』とだけ。
それを握り、走りだそうとして、思った。
何処に行けばいいんだと。
ところが、そんな思いはすぐに修正される。
なんとなく方向がわかるのだ。
普段はこれを手に持っても、何も起こらなかった。
何かが通じている時だけかもしれない、もしかしたらただ九頭竜の妄想というだけかもしれない。
そんなどうでもいいことよりも、とにかく走った。
大事な非日常のために。




