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家に戻ると、妹が何やら騒いでいたが、九頭竜の頭にはあまり入って来なかった。
一応、事件があったわけではなく、ただ連絡を忘れていたということにして、説明した。
本当の事をいっても、不安にさせるだけだろう。
そのまま部屋で休む。
つらつらと考える。
羽加美と初めて会ったのは、池だった。
溺れていたので、とっさに飛び込んだのだ。
我ながら、身体が出来ていない頃に無茶をした気がする。
そして、転校してきたといって教室で再会した。
その時読んでいた漫画にそっくりの展開だった。
その時から、よく一緒にいたような気がする。
最近は考えなしな行動が多かったが、当時は勉強やら何やら、本当に世話になったものだ。
結局魔法については、全く気づかなかったわけだが。
最後に羽加美がつけていたヘアピンは、はっきり覚えている。
羽のものだ。
そういえば、羽加美が暴走気味になったのは、司が現れてからのような気もする。
俺も暴走気味だった。
司は、平凡な日常に現れた、救世主のように思えた。
あんなに強引に誘ったのに、よくついてきてくれた。
司が現れてから、退屈しなかったな。
世間知らずで、簡単に嘘も信じて、小動物のようで、体力がなくて、優しい笑顔で、綺麗な髪と眼で、初キスの相手で。
そういえば、まだ魔力供給は残っているのだろうか。
試しておこう。
そして、穂乃だ。
両親にあまり愛されなかったのか、食べ物に執着があり、口癖のように許しをこう。
もっと一緒にいてやれば、良かったかもしれない。
魔法の世界に戻って、大丈夫なのだろうか。
司と羽加美が、力になってやってくれればよいのだが。
三人とも、一人前の魔法使いになったら、何を成すのだろう。
一人前の魔法使いとは、どれほどのことができるのだろう。
魔法使い見習いでさえ、あれだけのことができるのだ。
あっちの世界の秩序は、守られているのだろうか。
安全なのだろうか。
特に、病弱な司のことが気になる。
司の顔を思い浮かべていたら、最初に会った時の、自分の行動を思い出した。
俺はまだ魔法使いになっていない。
なんだか、身体が熱くなってきた。
このまま、終われるものか。
考え事をしていたら、いつのまにか朝になっていた。
「お兄ちゃん、大丈夫なの? 昨日はおかしかったけど」
朝ごはんを作っていたら、妹が起きてきた。
「ああ、もう平気だ。準備がすんだら、ちょっと数日ほど、探しものしてくる」
「駄目」
そう言って、妹は通せんぼするように、腕を広げる。
真剣な表情だ。
「なんのつもりだ?」
「行っちゃ駄目。お父さんにも言われてるの、お兄ちゃんが、旅だとかそういうことを言い出したら、止めろって」
「ほんの数日だけだ。別に街を飛び出すわけじゃない」
「学校はどうするの」
「数日くらい平気だ」
「穂乃ちゃん、戻ってないけど、探して連れ戻すの?」
「あいつはもう、家に帰ったよ。もともと居候だ。だからそれとは関係ない」
「お兄ちゃん行かないで」
止める理由がなくなったのか、ただ涙ぐむ妹。
ほんの少しだけ、心がゆらぐ。
「大丈夫だ。必ず戻ってくる。この広い家に、お前を独りになんかしない」
妹の頭を撫で、九頭竜は荷物を持ち家をでた。
「くずも羽加美も、今日も休みか。色々、喜びそうなネタを掴んだっていうのに。まあ、くずは最近、楽しそうだったから、何も心配ないとは思うが。羽加美は大丈夫なのか?」
二日続けて空いた席をみて、藤堂は独りごちる。
九頭竜は、街を歩いていた。
手には拾った虫取り網を持っている。
噂の多いところへ、足を向ける。
最初は、人が蘇ったと騒がれていた場所。
しかし、魔法少女も魔法少年も見当たらない。
ガセだったようだ。
電車にのり、移動する。
次は、不思議な病が流行っているらしいところ。
そこでも、見つからない。
日が暮れると、適当にベンチで眠る。
公園の水飲み場で頭を洗ったり、コンビニで朝食をとったり。
たまに警官に声をかけられそうになったが、逃げた。
赤い少女も見かけない。
まるで、九頭竜の物語が閉じてしまったかのように、何も起きなかった。
それでも、諦めない九頭竜。
数日はすぐに経った。
妹の顔が浮かぶ。
しかし、まだ家に戻る気にはなれない。
この世界には、まだ必ず修行中の魔法使いがいるはずだ。
みつけたら、次こそは目的をはたす。
最初はよく鳴っていた携帯も、もう電池がきれてしまった。
そもそも、変身前だと、他の人間と見分けがつかない九頭竜には、見つけるのは難しいのだ。
それに、こっちの世界に何人くらい修行中の子が来ているのかも、聞いていない。
それでも、羽加美が言っていたように、魔法少女は、何らかの騒ぎを起こすはず。
結界があるわけでも、見たものの記憶が消えるわけでもない。
その地点にいけば、必ず見つかるはず。
あいつらがいた頃の幸せは、決して幻なんかじゃない。
九頭竜は今日も歩き続ける。
某所。
小さい本が淡く光る。
その所有者は機械のように、朴訥としている。
その現象に、周りのものも願いが叶ったように嬉しそうだ。
しかし騒がず、息を呑み、その朗読を聞く。
『青い鳥。貧しい生活をしていた、兄チルチルと、妹ミチルは、夢のなかで、見つければ幸せになれるという、青い鳥を探しに行きました。二人は、思い出の国や、夜の御殿、贅沢の御殿、未来の国にまで、行きましたが、見つかりません。見つかって持ち帰ろうとしても、すぐに駄目になってしまうのです。二人はとうとう青い鳥を、手に入れることができませんでした。二人は夢から覚めます。探す旅は、終わりました。しかしふと、部屋の鳥かごをみると、そこには青い鳥がいました。幸せの青い鳥は部屋にいたのです。二人は、笑顔になります。幸せは、身近なところにあったんだと、二人は気づきました』
朗読を終えると、玄関から、九頭竜が入ってきた。
「な、なんだ。戻るつもりはなかったんだが」
気づいたら家に帰っていた九頭竜は、戸惑ったように言う。
「お兄ちゃん!」
九頭竜の家だ。
妹がすぐに気づき、玄関に向かった。
「おう、ただいま」
妹にとりあえずそう言う。
「もう、何日も何処に行ってたの。早く入って」
妹にせかされるように、部屋に入る。
そこには、司も、羽加美も、穂乃もいた。
司だけ、変身済みだ。
「お、おまえら。なんで」
必死に街を探し回ったのに。
「あんた何処行ってたのよ」
羽加美も妹と同じ事を尋ねる。
「お前らこそ、修行、終わったんじゃ」
「ただの中間報告だったの。最初の一人に勝ったっていうだけの」
穂乃が答えた。
「な、なんだそりゃ。それだけで、そんなに時間かかったのか?」
あっさりした理由に、さらに驚く九頭竜。
「あう、許して」
「うーん。あっちとこっちじゃ、時間の流れがちょっと違うからね。言ってなかったっけ」
軽く反省する羽加美。
「お兄ちゃんの探しものって、やっぱり穂乃ちゃん達だったんだ。それにしても魔法だなんて、まだちょっとよくわからないや」
妹が独り言のように言う。
どうやら、待っている間、色々と話を聞いたようだ。
「九頭竜君」
朗読を終え、意識を取り戻した司が、九頭竜を呼ぶ。
「司」
二人はそのまま、どちらともなく、抱きしめあった。
「また、一緒に戦ってくれるよね」
「ああ、もちろんだ」
「こっちの世界に戻ったら、九頭竜君いないんだもん。心配で心配で」
「もう離れない。パートナーだろう」
「うんっ」
うっすら涙を浮かべ、お互いの存在を感じる二人。
「わー、お兄ちゃんお熱いなあ。あれ? 司くんは男だから、熱い友情?」
妹が難しい顔をして考えこむ。
羽加美は、複雑な表情だ。
手をのばすが、もう片方の手でそれを制する。
今は二人の邪魔はできない。
穂乃もまた、二人をみて羨ましいと思っていた。
こちらは家族愛だったが。
しばらくして、段々落ち着いてきた。
「何でお前らここにいるんだ? あちこち探したぞ。妹にも、魔法、ばらしちゃって」
九頭竜の質問に、先に妹が答えた。
「お兄ちゃん、数日で戻るって言ったのに、全然帰ってこないんだもん。携帯も何度もならしたのに」
「ああ、充電するところなくてな」
「それで、警察にでも行こうかと思ったら、急に羽加美さん達が来て」
そこから、羽加美が、引き継いだ。
「私たちは、向こうの用が終わってすぐ、こっちに来たんだけどね。家にも九頭竜いないし、利衣子ちゃんも、パニクってるし、探しに行こうと思ったけど、司が」
「もしかしたら、と思って、九頭竜君の事を想いながら、魔法を使ったら、すぐ発動したよ」
「この家じゃないと、発動できなかったでしょうね」
「なるほど。司の魔法でいつの間にか、俺もここに帰っていたのか。体験してみると、なかななか面白いものだ」
うんうん頷く九頭竜。
「聞きたいことすんだなら、あんたそろそろお風呂でも入ったら? なんか、におうわよ」
「うん」
羽加美がそう言うと、穂乃も同意した。
「ああ、そうか。何日も野宿だったからなあ」
「濃いにおいだった」
司が恥ずかしそうに、抱き合った時の感想をのべる。
別に嫌そうではなかった。
「わかったわかった。今入るよ」
九頭竜はそう言って、風呂へと向かう。
一人シャワーを浴びながら、心底ほっとする九頭竜。
彼女らの前では、少し強がったかもしれない。
やはりあいつらはちゃんといた。
ぬくもりもしっかり感じた。
幻なんかじゃなかった。
世界には不思議が満ちていた。
平凡で退屈な日常は、ちゃんと浄化されていた。
これからもそれは変わらない。
変わらせない。
司や、羽加美や、穂乃と共に、戦い続ける。
(まだ俺は、魔法使いになっていないのだから――)




