13
「あら、こんな時間にどなたかしら?」
優しそうなおばあさんだと、羽加美は思った。
「あの、高校生くらいの男子と女子がここに来てませんか?」
随分大きい洋館、二人くらい余裕で隠せそうである。
「高校生? 知らないけれど」
「ちょっと中を見させてもらってもいいですか? 携帯が、ここにいると示してるので」
「あ、ちょっと」
羽加美は強引に入る。
司も一応頭を下げつつ、中にはいった。
「まあ、気の済むまで探してくれてもいいわよ。こんな、何もない大きいだけの家だけど」
おばあさんを尻目に、とりあえず一階の部屋を見て回った。
見つからない。
家政婦のような人や、若い女性もいる。
勢いで入ったはいいが、段々申し訳無くなってきた羽加美。
それでも、九頭竜のことを考えると、引き返そうとは思わない。
くまなく探し、次は二階かなと思ったとこで、嫌な気配がした。
後ろにはにこやかな笑顔のおばあさん。
気のせいかと思い、前を向いたところで、
「危ないっ」
司のその声に反応するように、おばあさんと素早く距離をとった。
羽加美が元いた位置に、ナイフが振り下ろされている。
おばあさんの年齢にしては素早い。
「なんのつもりですか」
「うふふ」
笑顔はかわらないまま、ナイフで襲いかかってきた。
「司っ」
司の手を引き、吹き抜けのロビーに出る二人。
その時、九頭竜の声が響いた。
九頭竜は全力で身を震わせ、中年女性の手を口から外した。
そして、羽加美に届くように言う。
「羽加美! ここだ!」
変身し、
「司、少し耐えてて」
そう伝えて、声のする方へ、一気に飛翔する羽加美。
部屋の入口にいた数人をつきとばし、九頭竜のそばに立つ。
「お、おい。その人たちは一般人だ。あまり無茶するな」
「助けられといて、文句いうんじゃないわよ」
言いながら、手の縄を解き始める。
突き飛ばされた数人は、少女を守るように移動した。
「はねさん」
穂乃は素直に嬉しそうだ。
「あ、あなたたち何者よ。なんでここがわかったのさあ」
「どうせGPSか何かだろう。お前は知らないのか?」
「な、なによそれえ」
少女にしてみれば、異世界の技術だ。
「ほら、穂乃。これスティックでしょ」
「あ、ありがとなの」
「あっそれあなたのスティックなの? 人に預けておくなんて、ずるい」
それを見ていた少女は抗議する。
さんざん探しても見つからないわけだ。
「え? えーと、どうだっ」
紐が解けて立ち上がった穂乃は、何故か得意げにポーズをとる。
「お前、家に忘れただけだろう。まあ、気づかなかった俺も俺だが」
呆れるように突っ込む九頭竜。
「う、許して」
「いいからいいから」
「やば、皆集合ー」
少女がそう言うと、各部屋から、人がでてきて、この部屋に向かってきた。
穂乃はすぐに変身する。
その光景に、緊急事態だというのに、九頭竜は目を奪われていた。
「どうする? 九頭竜。蹴り倒しながら、強行突破? それともそいつのスティック奪う?」
それを聞き、ドキっとしたようにスティックを隠す少女。
「少しは冷静になれ。お前もしかして、変身すると暴力的になるのか?」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょうが」
「そいつから奪おうとしても、俺たちじゃ庇ってる数人を傷つける事になるし、すぐに沢山人も集まる。ここは司の能力に賭けよう。司、いるんだろう? 俺たちは大丈夫だ。そこの吹き抜けを落ちればいい」
そういって指をさす。三階といっても、かなりの高さだ。
「はぁっ、大丈夫なの?」
「ああ、魔力供給もあるし、穂乃は変身済みだし、お前が重いもの持って飛べないといっても、多少俺たちを減速はできるだろう? なら何の問題もない」
「あーもう。骨折っても知らないわよ」
「いくぞ」
そう言って部屋を出る。
出る間際、九頭竜は少女に声をかけた。
「よかったな。俺たちが優しくて。悪い奴が相手だったら、そんな人の壁、何の意味もなかったぞ」
両側の廊下は操られた人で塞がっている。
子供から、老人まで、様々な年齢の女性だった。
「な、待ちなさいよ」
すっかり置いてきぼりの少女。
穂乃を左側に抱き、羽加美と手を繋ぎ、手すりを越え、飛び降りた。
空中で羽加美が必死に手を引く。しかしあまり効果はない。
そのまま、九頭竜は一階に着地した。
足から全身にびぃんと衝撃がつたわり、激痛がくる。
「な、なんで穂乃を抱えてるのよ。変身済みって言うから、二人別れて着地するんだと思ったのに」
「大丈夫なの? くずくん」
「あ、あ、ああ。そんな危ない事、させるわけないだろう」
衝撃でうまく歩けずふらふらする九頭竜。
それでも何とか見渡すと、一階では若い女数人が、侵入者の司を追いかけていた。
当然司は変身して、小さい本も出している。
学校で女子達におもちゃにされた記憶が蘇り、必死な司。
「司」
「あ、九頭竜君。良かった、無事だったんだね」
追いかけられながらも、安心したような笑顔を向ける。
「ああ。羽加美、穂乃、時間を稼いでくれ。司はこっちにこい」
「わかったわ」
「うん」
「わかったの」
司は言われた通り、こちらに走ってくる。
後ろの女性たちは、羽加美らが止めた。
直前で、司は転び、九頭竜の胸にダイブした。
足がふらふらな九頭竜はとうぜん押し倒される。
「えへ、九頭竜君、本当によかった」
そのまま抱きついてくる。
「わかったから、ちょっと離れろ。足に響く」
ばっと司を離して、浮いていた小さい本を手に取る。
「この状況、何か使えるか……」
本をめくりながら、考え始めた。
「どうだろう」
司も一応、横から本を見る。
「あなたたち、逃さないわよ!」
上から、少女が宣言している。
さすがに、操った人たちを三階からショートカットさせたりはしないで、階段からこちらに向かわせていた。
「あんなにきたら、まずいわね」
「もう燃やしちゃっていいかな」
「いいわけないでしょっ」
「ひっ、許して」
羽加美と穂乃が、転ばせたり、壁になったりしながら、言い合っている。
九頭竜は今日の出来事を思い返す。
老婆を助け、お菓子を食べて、眠らされ。
九頭竜と穂乃はそこを襲われ……、
ふと閃いた。
試してみる。駄目で元々だ。
「穂乃っ、そこを燃やしてくれ。かまどみたいに!」
「え? うん、わかったの」
九頭竜の言うことを聞き、言われた場所に火を放つ。
そこは、少女のちょうど真下だった。
その瞬間、本が光り出した。
条件が揃ったようだ。
「始まったか」
九頭竜も確認した。
司が機械的に朗読をはじめる。
『ヘンゼルとグレーテル。あるところに、継母にいじめられ、食事にも困っている兄妹がいました。兄ヘンゼルと、妹グレーテルです。二人はやがてその家から逃げ出し、森を彷徨いました。もしもの時のために、パンのくずを道標にして。しばらく歩くと、そこにはお菓子の家がありました。優しそうなおばあさんが、中に入れてくれます。二人はお腹がすいていたので、すぐにお菓子を食べじめました。満腹になった二人は、ベッドで寝てしまいます。起きると、二人は魔女に捕らえられていました。しかし魔女に屈せず、二人は力を合わせて魔女を騙し、最後には火をくべたかまどに投げ込みます。フタをされて、出られない魔女は、火に焼かれてやがて息絶えました』
朗読がおわり、本をとじた。
司が語る途中、
「な、なに、身体が勝手に」
少女は身体の自由がきかないようだ。
後ろから、少女が操っていたはずの女性二人が、少女を掴む。
目の前には手すり。
さらに、洋館全体が、ほんの数瞬、お菓子でできたように、変化した。
すぐに元に戻ったが、現場にいる者達は、たしかにそれを見た。
こんな時にも、食べ物が消えてがっかりする穂乃。
「あなたたち、どうして……」
いくら念じても、いうことを聞かない女性達。
『支配』のその更に上から、何かに支配されているように。
その女性達は、そのまま、少女を投げた。
「いやああああ」
落下地点は火の海だ。
そしてこの高さである。
「ぐぶ」
投げられた勢いもあいまって、背中を強打した。
変身しているといえど、その衝撃に少女は気を失う。
さらに火がじわじわと侵食する。
一部始終をみていた九頭竜が、すぐに火の中に飛び込み、少女を助けた。
操られた人たちは、少女の意識が飛んだせいか、動きを止めている。
「何度見ても怖い能力だわ」
「う、うん」
「いや、怖いのは、物語を考えた人間かな」
羽加美の感想に、司は黙る。
気絶している少女を前に、集まる4人。
「終わったのね。あ、九頭竜、妹さんに電話しなさいよ」
「まだ終わってないさ。あの人達は、操られたままだ」
動きは止まったが、元に戻った様子はない人間たち。
「スティック折るの?」
司が尋ねる。
「ああ、これで、ようやく第一歩だ」
ハートのスティックを掴む九頭竜。
「その子の名前、聞いてなかったわね」
と、羽加美は気絶している少女を指す。
「漫画じゃないんだし、名乗らなくても戦うことくらいあるさ」
九頭竜はそう返す。
「念のため、全員一緒に持って折るか。ケーキ入刀みたいにな。はは」
魔法使いになりたい九頭竜は、あまり意味はないだろうが、一応参加する。
「どんな重婚よ、そんなたとえ、ありえません」
九頭竜の軽口に突っ込みながら、ちゃんと参加する羽加美。
「どきどきするね……」
司も顔を赤くしてスティックを持つ。
「終わったら、あの時見た夢を叶えるの」
穂乃もしっかり握る。
「じゃあいくぞ」
九頭竜の合図で、4人は床に向かって、振り下ろした。
ガンっと音がする。
ところが、スティックは折れなかった。
4人共、肉体が強化されているというのに。
「あ? 意外と硬いんだな」
「何よこの拍子抜けな展開はっ」
「あの子は簡単そうに折ってたのに」
「次はちゃんとやるの」
騒ぐ面々。
もう一度、4人はしっかりとスティックを持ち、せーのっと声を揃える。
結果、ついに、スティックは折れた――。
その瞬間光が場を包む。
「な、まぶし」
九頭竜はとっさに目を隠す。
数秒たち、光が消えた。
段々目が慣れてきた。
「お前ら、大丈夫か?」
何の声もしなかったので、そう呼びかけ、見渡す。
が、羽加美も、司も、穂乃も、いなくなっていた。
嫌な予感がする。
「おい、何処へ行った?」
首を振り辺りを探すが、いない。
意識を取り戻したようにぼんやりしている女性達と、裸で気絶している少女だけ。
胸がざわつく。
とりあえず、ここにいたらすぐに面倒なことになり、考え事もできないだろうと思い、ひっそりと洋館を出た。
とぼとぼと帰路を歩く九頭竜。
「そうだ、電話」
九頭竜は妹に電話をかけた。
ワンコールですぐにでる。
「お兄ちゃん! 無事?」
「ああ」
「よかった。何があったの? それに、羽加美さんたちにお礼しないと。一緒に帰ってくるでしょ?」
「……」
「お兄ちゃん?」
九頭竜は本当はもううっすら気づいている。
ただ受け入れることができないだけだ。
「ああ、羽加美達は、いなくなった。帰ったよ。しばらく……会えないだろう」
「どういうこと?」
ぷちりと電話をきる。
三人ともいなくなった。
どこか冷静な頭が感情とは関係なく、答えを出している。
「ああ、修行、終わったんだな……」
空に向け、そう呟いた。
修行が終わり、挨拶もなく、おそらく強制的に、魔法の世界に帰ったのだと結論づけた。
妹への言い訳を考えながら、ゆっくり歩く。




