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「あら、こんな時間にどなたかしら?」

 優しそうなおばあさんだと、羽加美は思った。

「あの、高校生くらいの男子と女子がここに来てませんか?」

 随分大きい洋館、二人くらい余裕で隠せそうである。

「高校生? 知らないけれど」

「ちょっと中を見させてもらってもいいですか? 携帯が、ここにいると示してるので」

「あ、ちょっと」

 羽加美は強引に入る。

 司も一応頭を下げつつ、中にはいった。

「まあ、気の済むまで探してくれてもいいわよ。こんな、何もない大きいだけの家だけど」

 おばあさんを尻目に、とりあえず一階の部屋を見て回った。

 見つからない。

 家政婦のような人や、若い女性もいる。

 勢いで入ったはいいが、段々申し訳無くなってきた羽加美。

 それでも、九頭竜のことを考えると、引き返そうとは思わない。

 くまなく探し、次は二階かなと思ったとこで、嫌な気配がした。

 後ろにはにこやかな笑顔のおばあさん。

 気のせいかと思い、前を向いたところで、

「危ないっ」

 司のその声に反応するように、おばあさんと素早く距離をとった。

 羽加美が元いた位置に、ナイフが振り下ろされている。

 おばあさんの年齢にしては素早い。

「なんのつもりですか」

「うふふ」

 笑顔はかわらないまま、ナイフで襲いかかってきた。

「司っ」

 司の手を引き、吹き抜けのロビーに出る二人。

 その時、九頭竜の声が響いた。

 

 九頭竜は全力で身を震わせ、中年女性の手を口から外した。

 そして、羽加美に届くように言う。

「羽加美! ここだ!」

 変身し、

「司、少し耐えてて」

 そう伝えて、声のする方へ、一気に飛翔する羽加美。

 部屋の入口にいた数人をつきとばし、九頭竜のそばに立つ。

「お、おい。その人たちは一般人だ。あまり無茶するな」

「助けられといて、文句いうんじゃないわよ」

 言いながら、手の縄を解き始める。

 突き飛ばされた数人は、少女を守るように移動した。

「はねさん」

 穂乃は素直に嬉しそうだ。

「あ、あなたたち何者よ。なんでここがわかったのさあ」

「どうせGPSか何かだろう。お前は知らないのか?」

「な、なによそれえ」

 少女にしてみれば、異世界の技術だ。

「ほら、穂乃。これスティックでしょ」

「あ、ありがとなの」

「あっそれあなたのスティックなの? 人に預けておくなんて、ずるい」

 それを見ていた少女は抗議する。

 さんざん探しても見つからないわけだ。

「え? えーと、どうだっ」

 紐が解けて立ち上がった穂乃は、何故か得意げにポーズをとる。

「お前、家に忘れただけだろう。まあ、気づかなかった俺も俺だが」

 呆れるように突っ込む九頭竜。

「う、許して」

「いいからいいから」

「やば、皆集合ー」

 少女がそう言うと、各部屋から、人がでてきて、この部屋に向かってきた。

 穂乃はすぐに変身する。

 その光景に、緊急事態だというのに、九頭竜は目を奪われていた。

「どうする? 九頭竜。蹴り倒しながら、強行突破? それともそいつのスティック奪う?」

 それを聞き、ドキっとしたようにスティックを隠す少女。

「少しは冷静になれ。お前もしかして、変身すると暴力的になるのか?」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょうが」

「そいつから奪おうとしても、俺たちじゃ庇ってる数人を傷つける事になるし、すぐに沢山人も集まる。ここは司の能力に賭けよう。司、いるんだろう? 俺たちは大丈夫だ。そこの吹き抜けを落ちればいい」

 そういって指をさす。三階といっても、かなりの高さだ。

「はぁっ、大丈夫なの?」

「ああ、魔力供給もあるし、穂乃は変身済みだし、お前が重いもの持って飛べないといっても、多少俺たちを減速はできるだろう? なら何の問題もない」

「あーもう。骨折っても知らないわよ」

「いくぞ」

 そう言って部屋を出る。

 出る間際、九頭竜は少女に声をかけた。

「よかったな。俺たちが優しくて。悪い奴が相手だったら、そんな人の壁、何の意味もなかったぞ」

 両側の廊下は操られた人で塞がっている。

 子供から、老人まで、様々な年齢の女性だった。

「な、待ちなさいよ」

 すっかり置いてきぼりの少女。

 穂乃を左側に抱き、羽加美と手を繋ぎ、手すりを越え、飛び降りた。

 空中で羽加美が必死に手を引く。しかしあまり効果はない。

 そのまま、九頭竜は一階に着地した。

 足から全身にびぃんと衝撃がつたわり、激痛がくる。

「な、なんで穂乃を抱えてるのよ。変身済みって言うから、二人別れて着地するんだと思ったのに」

「大丈夫なの? くずくん」

「あ、あ、ああ。そんな危ない事、させるわけないだろう」

 衝撃でうまく歩けずふらふらする九頭竜。

 それでも何とか見渡すと、一階では若い女数人が、侵入者の司を追いかけていた。

 当然司は変身して、小さい本も出している。

 学校で女子達におもちゃにされた記憶が蘇り、必死な司。

「司」

「あ、九頭竜君。良かった、無事だったんだね」

 追いかけられながらも、安心したような笑顔を向ける。

「ああ。羽加美、穂乃、時間を稼いでくれ。司はこっちにこい」

「わかったわ」

「うん」

「わかったの」

 司は言われた通り、こちらに走ってくる。

 後ろの女性たちは、羽加美らが止めた。

 直前で、司は転び、九頭竜の胸にダイブした。

 足がふらふらな九頭竜はとうぜん押し倒される。

「えへ、九頭竜君、本当によかった」

 そのまま抱きついてくる。

「わかったから、ちょっと離れろ。足に響く」

 ばっと司を離して、浮いていた小さい本を手に取る。

「この状況、何か使えるか……」

 本をめくりながら、考え始めた。

「どうだろう」

 司も一応、横から本を見る。

「あなたたち、逃さないわよ!」

 上から、少女が宣言している。

 さすがに、操った人たちを三階からショートカットさせたりはしないで、階段からこちらに向かわせていた。

「あんなにきたら、まずいわね」

「もう燃やしちゃっていいかな」

「いいわけないでしょっ」

「ひっ、許して」

 羽加美と穂乃が、転ばせたり、壁になったりしながら、言い合っている。

 九頭竜は今日の出来事を思い返す。

 老婆を助け、お菓子を食べて、眠らされ。

 九頭竜と穂乃はそこを襲われ……、

 ふと閃いた。

 試してみる。駄目で元々だ。

「穂乃っ、そこを燃やしてくれ。かまどみたいに!」

「え? うん、わかったの」

 九頭竜の言うことを聞き、言われた場所に火を放つ。

 そこは、少女のちょうど真下だった。

 その瞬間、本が光り出した。

 条件が揃ったようだ。

「始まったか」

 九頭竜も確認した。

 司が機械的に朗読をはじめる。

『ヘンゼルとグレーテル。あるところに、継母にいじめられ、食事にも困っている兄妹がいました。兄ヘンゼルと、妹グレーテルです。二人はやがてその家から逃げ出し、森を彷徨いました。もしもの時のために、パンのくずを道標にして。しばらく歩くと、そこにはお菓子の家がありました。優しそうなおばあさんが、中に入れてくれます。二人はお腹がすいていたので、すぐにお菓子を食べじめました。満腹になった二人は、ベッドで寝てしまいます。起きると、二人は魔女に捕らえられていました。しかし魔女に屈せず、二人は力を合わせて魔女を騙し、最後には火をくべたかまどに投げ込みます。フタをされて、出られない魔女は、火に焼かれてやがて息絶えました』

 朗読がおわり、本をとじた。

 司が語る途中、

「な、なに、身体が勝手に」

 少女は身体の自由がきかないようだ。

 後ろから、少女が操っていたはずの女性二人が、少女を掴む。

 目の前には手すり。

 さらに、洋館全体が、ほんの数瞬、お菓子でできたように、変化した。

 すぐに元に戻ったが、現場にいる者達は、たしかにそれを見た。

 こんな時にも、食べ物が消えてがっかりする穂乃。

「あなたたち、どうして……」

 いくら念じても、いうことを聞かない女性達。

『支配』のその更に上から、何かに支配されているように。

 その女性達は、そのまま、少女を投げた。

「いやああああ」

 落下地点は火の海だ。

 そしてこの高さである。

「ぐぶ」

 投げられた勢いもあいまって、背中を強打した。

 変身しているといえど、その衝撃に少女は気を失う。

 さらに火がじわじわと侵食する。

 一部始終をみていた九頭竜が、すぐに火の中に飛び込み、少女を助けた。

 操られた人たちは、少女の意識が飛んだせいか、動きを止めている。

「何度見ても怖い能力だわ」

「う、うん」

「いや、怖いのは、物語を考えた人間かな」

 羽加美の感想に、司は黙る。

 気絶している少女を前に、集まる4人。

「終わったのね。あ、九頭竜、妹さんに電話しなさいよ」

「まだ終わってないさ。あの人達は、操られたままだ」

 動きは止まったが、元に戻った様子はない人間たち。

「スティック折るの?」

 司が尋ねる。

「ああ、これで、ようやく第一歩だ」

 ハートのスティックを掴む九頭竜。

「その子の名前、聞いてなかったわね」

 と、羽加美は気絶している少女を指す。

「漫画じゃないんだし、名乗らなくても戦うことくらいあるさ」

 九頭竜はそう返す。

「念のため、全員一緒に持って折るか。ケーキ入刀みたいにな。はは」

 魔法使いになりたい九頭竜は、あまり意味はないだろうが、一応参加する。

「どんな重婚よ、そんなたとえ、ありえません」

 九頭竜の軽口に突っ込みながら、ちゃんと参加する羽加美。

「どきどきするね……」

 司も顔を赤くしてスティックを持つ。

「終わったら、あの時見た夢を叶えるの」

 穂乃もしっかり握る。

「じゃあいくぞ」

 九頭竜の合図で、4人は床に向かって、振り下ろした。

 ガンっと音がする。

 ところが、スティックは折れなかった。

 4人共、肉体が強化されているというのに。

「あ? 意外と硬いんだな」

「何よこの拍子抜けな展開はっ」

「あの子は簡単そうに折ってたのに」

「次はちゃんとやるの」

 騒ぐ面々。

 もう一度、4人はしっかりとスティックを持ち、せーのっと声を揃える。

 結果、ついに、スティックは折れた――。

 その瞬間光が場を包む。

「な、まぶし」

 九頭竜はとっさに目を隠す。

 数秒たち、光が消えた。

 段々目が慣れてきた。

「お前ら、大丈夫か?」

 何の声もしなかったので、そう呼びかけ、見渡す。

 が、羽加美も、司も、穂乃も、いなくなっていた。

 嫌な予感がする。

「おい、何処へ行った?」

 首を振り辺りを探すが、いない。

 意識を取り戻したようにぼんやりしている女性達と、裸で気絶している少女だけ。

 胸がざわつく。

 とりあえず、ここにいたらすぐに面倒なことになり、考え事もできないだろうと思い、ひっそりと洋館を出た。

 とぼとぼと帰路を歩く九頭竜。

「そうだ、電話」

 九頭竜は妹に電話をかけた。

 ワンコールですぐにでる。

「お兄ちゃん! 無事?」

「ああ」

「よかった。何があったの? それに、羽加美さんたちにお礼しないと。一緒に帰ってくるでしょ?」

「……」

「お兄ちゃん?」

 九頭竜は本当はもううっすら気づいている。

 ただ受け入れることができないだけだ。

「ああ、羽加美達は、いなくなった。帰ったよ。しばらく……会えないだろう」

「どういうこと?」

 ぷちりと電話をきる。

 三人ともいなくなった。

 どこか冷静な頭が感情とは関係なく、答えを出している。

「ああ、修行、終わったんだな……」

 空に向け、そう呟いた。

 修行が終わり、挨拶もなく、おそらく強制的に、魔法の世界に帰ったのだと結論づけた。

 妹への言い訳を考えながら、ゆっくり歩く。


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