11
九頭竜達が街を歩いていると、何やら騒いでいる者達がいた。
「なあーなんでそんな小奇麗な服きてんの? 金持ちなの?」
茶髪や金髪でガラの悪そうな服装の男達が、燕尾服を着た高校生くらいの男の子に絡んでいるようだ。
「金持ちってことは、もしかしてお金恵んでくれるんじゃね?」
「だよなあーだって金持ちなんだもんなあー」
「君たちなに? お金なんて持ってないよ」
絡まれている自覚があるのかないのか、あまり怯えた様子もなく答える。
「はあ? もしかして嘘ついてね?」
「だよなあー見るからにもってるもんなあー」
しかし周囲の人間からみれば、見るからに危ない雰囲気だ。
「ねえ、九頭竜」
「ああ、わかってる」
そう羽加美に応えて、九頭竜が声をかけようとしたところで、
「ふぐっ」
茶髪のほうの男がふっとばされた。
「もう、うるっさいなー」
見れば燕尾服の少年、秋夜は腕を突き出していて、そんな風につぶやいている。
一瞬、場が静まり返る。しかしすぐに、金髪の方が反応した。
「おまっ、いまなにしやがった」
「ちょっと押しただけだよ。まだ何か?」
秋夜はそう言ってじっと金髪を見る。それだけで、金髪は逃げていった。そしてふっとばされた茶髪のほうも。
「おい、もしかしてあれって魔法使い見習いか?」
「うん。もしかして気づいてなかったの?」
小声で羽加美に尋ねると、そう答えた。
「それならそうと先に言えって」
「言おうとしたわよ」
同じく魔法の世界の住人だった羽加美には、はじめからわかっていたようだ。
そして向こうもこちらに気づく。こちらは司の格好でばればれである。
「あっ、あんたたちって同じ修行中の身だよね。僕とっとと修行終わらせたいんだよね。こっちの世界遊べるものないしさ。だから」
秋夜が言葉を続ける前に、
「くっ」
羽加美は変身を終えた。九頭竜も司も身構える。
「戦お」
そう言い切ると、秋夜は九頭竜の元に駆け寄り、先ほどのように突き飛ばした。
「九頭竜君っ」
軽く身体が浮いてしまったが、なんとか体勢を立て直す。鈍い痛みが残った。
「あれ。ああ、魔力強化してもらってるんだ。只の人間だとおもったのに」
「まて、ここじゃ人通りがある」
九頭竜は息を整えつつ提案するが、
「別にいいじゃない。人間が何人いようがさ」
秋夜はあっさりとはねのけた。
元々少なかったが、先ほどの騒ぎからずっと見ている者もいる。物好きなのか。九頭竜としては、怪我と通報が心配だった。
「なにぼさっとしてんのよ」
羽加美が秋夜に向かって駈ける。それを迎え撃つように、バスケットボールほどの弾を出現させ、投げた。
「わっ」
砲丸投げのように飛んできたそれを、空に逃げて躱す。直撃すれば骨が無事ではすまなそうだ。
「え、飛べるの? なにそれ反則じゃん」
魔法使いになろうという戦いだというのに、驚いている。羽加美に気をとられているうちに九頭竜は司に言った。
「司、本を出しとけ。それからあいつは見たところ接近タイプだ。ちょっと離れとけ」
「わ、わかった」
言い終え、九頭竜は秋夜に突撃した。見たところ大した能力は持っていない。羽加美も空から近づいている。
一気に決める。
そう思った時、声とともにメイドが近づいてきた。
「秋夜ー。どうしたんですか」
アルバイトからあがった璃子が戻ってきたのだ。何者かと思ったが、羽加美に新手の魔法使い見習いだと教えられ、九頭竜は納得する。
「お前たちもチームか」
そんな九頭竜の声には答えず、璃子と秋夜は二人の世界に入ってしまう。
「姉ちゃん遅い。ほら見て、魔法使い見習いが二人、魔力強化された人間が一人。三人がかりで僕を襲ってきたんだ」
先に戦おうと言い出したのはお前だろうと九頭竜は思ったが、黙って二人を注視する。
いままで基本相手は一人だったが、二人が相手ともなると何が起きるかわからない。
璃子が九頭竜たちをみやる。
「いいでしょう。秋夜に何かある前に間に合ってよかったです。ここで二人共倒せれば、私たちの修行も新たな展開がありそうです」
不穏な気配を感じた途端、璃子が両手にそれぞれハンドガンを構えた。ワードによる銃の出現。事前に装填していた分だけ、弾も込められている。
「おいおいっ。司、伏せろっ」
九頭竜はそう言って、とっさに伏せた。
破裂音が何度も鳴り響き、それが消える頃には、璃子の銃から白い煙が上がっていた。
幸い九頭竜には、腕と足の服をかすめただけで直接当たってはいない。
羽加美も司も無事なようだ。司は伏せたというより、音にびっくりして尻餅をついていた。
「やはり難しいものですね」
どうやら、ただの人間である九頭竜よりほかの二人を多く狙ったようだ。しかし浮いている羽加美と、離れている司に当てるのは簡単にはいかないのだろう。
「秋夜、弾を。早く」
「ま、まって」
秋夜が弾を出現させ、それを璃子が装填していく。
「まったく、秋夜が真面目になればこんなふうに手で込めなくとも、直接マガジンの中に弾を出現させられるはずなんですが」
弾を一つ一つこめながら、肩を落とし言う。
その様子をぽかんと眺めていた九頭竜だったが、はっと我に返り、立ち上がった。
「羽加美っ」
そしてまた走る。弾込めの瞬間なんて、最も攻撃するチャンスなはずだ。
「わかってるわよ」
九頭竜が地上から、羽加美が空中から、それぞれ接近する。羽加美の蹴りが璃子に届くかと思われたが、璃子は銃で直接その足を受け止めた。
しかし秋夜は、九頭竜の迫力にうろたえた。その隙を逃さず、九頭竜が腕を掴みさらに一撃を加えようとする。
璃子はとっさに空いた方の銃を九頭竜に向け、撃った。
狙いが定められていないので当たりはしなかったが、九頭竜はその音に手を離してしまう。それをみて璃子は羽加美の方にも一発撃つ。これもまた、空中という異質な場所にいる羽加美には当たらない。
二人と二人はまたも距離を置く。
「ふん、そっちのメイドのほうは気合を感じるな。でも、秋夜とかいったか。お前はやる気があるのか?」
九頭竜は秋夜に声をかけた。動きといい、能力の使い方といい、どうもお粗末で気概が感じられない。
「な」
「秋夜、敵の言葉に耳を貸してはいけません」
「お前がもっと頑張れば、姉との強力なタッグが完成するんじゃないのか? なんだそのざまは。それでは足を引っ張られる姉がかわいそうだぞ」
「な、なな」
「九頭竜、あんた何を……」
「もう少し鍛錬を積んだらどうだ」
「秋夜」
璃子が再度呼びかける。
「うるさいっ」
それがきっかけだったのか、何がきっかけだったのか、秋夜は叫んだ。
「魔法使いになれるっていうからこの世界にきたのに。なんだよいきなり三人も襲ってきて。鍛錬だとか練習だとかそんなことしたくないよ。僕みたいなやつにこんな、戦いだとか異世界での生活なんて向いてないんだ。もういやだよ。帰りたいよ」
「秋夜……」
「それが本音か? だったらもうそこで座っていろ。元の世界に帰れはしないが、すぐに全部忘れさせてやる。そうすれば少しはすっきりするだろう」
座り込んでしまった秋夜に、九頭竜が一歩近づく。しかし、璃子が銃を向け道を遮った。
「させません。秋夜には手を出させません。二人同時にくるのなら、同時に撃ちぬくまでです」
「姉ちゃん」
「ふん」
しかし突如、異変がおきた。はじめに気づいたのは璃子、そして九頭竜と羽加美も振り返りそれに気づく。
司のワード、『目録』が光ったのだ。
「美しきかな兄弟愛、しかし、勝つのは俺たちだ」
「なんですって?」
司が朗読を始める。感情なく機械的で、それでいて全てを終わらせんとする迫力がある。
『アリとキリギリス。ある夏の頃、アリ達は冬に向けてせっせと働いていました』
その朗読中に、秋夜が苦しみ始める。
「秋夜っ。くっ」
璃子はすぐに元凶を察知し、撃とうとするが、
「おっと。司には手を出させん。俺の大事な相棒だ。撃ちたきゃ俺を撃て」
九頭竜が守るように手を広げ遮る。
『そして、キリギリスはそんなアリ達を横目に、やりたい事好きなことだけをして生きていました』
「だが、俺を撃っても止まらんぞ。どうする? 共倒れになるか? ちなみにこの話が終わると、そいつは死ぬ」
「ね、姉ちゃん」
司が読むたびに、秋夜の苦しみがましているようだ。もはや息も危うい。
『やがて冬が来ましたが、キリギリスは食べ物を見つけられず、』
「やめてください」
そう言って璃子は銃を捨てた。
「もうやめてください。大事な弟なんです。お願いします。なんでもしますから」
『冬の厳しさに耐え切れず、キリギリスは』
「司、もういい」
九頭竜がそう言うと、司は朗読を止めた。
「げほっ」
「秋夜っ」
璃子が秋夜を抱き起こす。秋夜は気を失っているが、命に別状はなさそうだ。
反対に意識を取り戻した司は、ぼんやりとその光景を眺める。
そして羽加美が降りてくるのをみて、司も九頭竜の元へ駆け寄った。
「どうするの? 九頭竜」
羽加美が尋ねる。スティックを折るのか、それとも。
「どうもしない。逃がす」
「ええっ」
「勝ったのに、いいの? 九頭竜君、魔法使いになりたいんでしょ?」
九頭竜の発言に、羽加美が驚き司が不思議そうに聞いた。
「確かに俺の目的は魔法使いになることだ。だがこんな弱い奴らを倒してなっても、何にも嬉しくない。小さい魚はリリースが基本だ」
「……いいのですか?」
璃子が訝しげに見て聞くが、九頭竜の考えは変わらない。弱いと言われても激昂して攻撃しないのは、強さか弱さか。
「いいからいいから。そいつ連れてさっさとどっかいけ。次にあったときは潰す。その時はもっと本気でこい」
「……」
数瞬考え、璃子は秋夜の肩を抱きながら去っていった。その後ろ姿が消えた頃、羽加美が口を開いた。
「ねえ、もしかして、さっき見たあの映画に影響されてない?」
「なにがだ?」
「ほら、あの映画の姉妹と今の姉弟を重ねてる、とか」
「……あの映画はいい出来だったよなあ」
「それはそうだけどさ。じゃあなに、あの映画見てなかったら杖折ってたの?」
「そんなことないそんなことない」
「返事かるっ」
そんな二人の様子をみて、司はくすくすと笑う。そして気になったことを聞いた。
「でもさ、あの二人のワードって、なんだったんだろうね」
「どうだろうな。姉の方は銃を出し、弟の方は弾を出していたようだが。銃、弾」
少しだけ考え、
「まあ、なんでもいいか」
と結論づけた。
休みの日だ。
いい天気だというのに、九頭竜は家でぼーっとニュースを見ている。
公園の地面が燃えたり融けたりだとか、行方不明者がふえただとか、道路が壊されていただとか流れている。
世の中物騒なものだと思った。
「ねえ、くずくん。おでかけしよ」
穂乃がおずおず誘ってきた。
妹はもう出かけている。
「おー。まあ今日はなんも予定ないからな。いいぞ」
「わあい」
「普段学校いってて、お前昼間一人だもんなあ。寂しいか?」
「ううん、平気だよ。今はとっても楽しいの」
「ならいいんだけど」
いそいそ準備をはじめる。
穂乃は街にいたら目立ちそうな、ゴスっぽい服一つしか持っていない。
「お前の服も買ったほうがいいよな」
「そ、そうかな。この格好じゃくずくん、一緒にいて恥ずかしいかな。世間の目も、許してくれないかな」
若干気恥ずかしそうに言う穂乃。
「俺は別にいいんだけど、洗濯とかさ。そうだ、今日は妹の服借りちゃえよ。あいつ色々もってるんだ」
「いいの? 許してくれる?」
「たぶん大丈夫だよ」
かくして、穂乃は姿をかえた。
ミニスカにハイソックスにシャツと半袖の上着。
「ど、どうかな」
「おー、雰囲気変わってこういうのも、面白いな。そっちの服はクリーニングかな。ハンガーかけとけ。じゃあ、行くかー」
二人は家を出た。
太陽がまぶしい。




