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プロローグ
『冬に向けてせっせと働いていました』
『彼らはミーノース王によって、塔に閉じ込められてしまいました』
『起きると、二人は魔女に捕らえられていました』
『恐ろしい父親に強要されたのです。すべて売るまで帰れません』
『見つかって持ち帰ろうとしても、すぐに駄目になってしまうのです』
そんな彼女の朗読が、今日も世界を塗りつぶす。
第一章
とある春の日の夜、白を基調としたふりふりの、まるでアニメのキャラクターのような服装をした髪の黒い少女が、空を飛んでいた。
と、言っても、悠々自適にではなく、獲物を狩るイーグルのようだ。
月が彼女を照らしている。
少女は高く飛び、それから一気に地面に向けて下降する。
木々が多少生えている。そこは街の中の大きな公園だ。
こんな時間なので、人気は殆ど無い。
うまく木々の隙間から、下降しながら獲物に蹴りをしかける。
その獲物もまた、少女だった。
ピンク色の多い、やはりフリルのついた服装で、可愛らしい。
獲物はすてんと転び、偶然蹴りを避ける。
そしてすぐに立ち上がり、また走りだす。
白い少女はうまく地面に立ち、逃げていく獲物をみつめる。
彼は退屈していた。
中学の時に読んだ漫画に衝撃をうけるが、その反動か、現実の現実らしさにも衝撃をうける。
それでも忘れきれず、そのままだらだらと高校生になってしまった。
ゲームは飽きたしテレビはつまらないし、勉強は学校でそれなりにできる。
なので時間のあいた夜は、何かを求めて、ふらふらと街をさまよう。
今日もいつも通りの散歩だ。
喧騒のなくなった時間の落ち着いた空気の街。
ただ歩くだけで、心が澄んだようになる。
妹は、ただ健康のためにしていると思っているようだ。
父親は遠くで仕事をしていて、月1で生活費を送ってくる。
母親は小さい時に他界した。
今回は公園の方にでも行ってみるか、と思い足を向ける。
木々が多く、街とは雰囲気の違った場所だ。
展望台や、噴水もある。
ただ、明かりの元がないので、薄暗い。
鳥の鳴き声や、虫の鳴らす音、そんな人間以外にしか出せない音が支配している。
そう思って歩いていたのだが、遠くから、がさごそと音がなる。
地面を踏み荒らすような、葉っぱをかきわけるような。
疲れたような息遣いまでしたとき、目の前に少女が現れた。
服はピンクだが、髪と目は金色だ。
肩にかかるくらいの、内ハネ寄りの髪が揺れる。
ちょうど明かりの下、やけに可愛らしく、神々しいと、彼は思った。
この瞬間から、彼の退屈は薄らいでいくことになる。
「はぁ、はぁ、え、人?」
少女がこちらに気づき、息も絶え絶えに、呟いた。
「あの、今ここ危ないので、逃げたほうがいいよ」
「君は一体? 危ないとはどういう」
獲物が明かりの下、何も無いところに立ち止まったので、白い少女は降下した。
しかし、空中で急停止。
街灯に照らされた彼の顔を見ると、慌てたように、音もなく去っていった。
彼はそれに気づいていない。
その後ろ姿を見て、ピンクの少女は安心するように腰を下ろした。
急に座り込んだ目の前の少女に、心配するように尋ねる。
「ど、どうした?」
「よくわかんないんだけど、危険は去ったみたい。よかった」
そういって笑顔を浮かべる。
それは、明るく優しい笑顔だった。
そのまま帰して、さよならして、また退屈な日々に戻る気はまったくなかったので、彼は少女を治療するだとか、お腹空いてるかだとか、何かに追われているんだったら手を貸そうだとか、なんとか説得した。
少女の方は巻き込んじゃ悪いよと言うが、実際に襲われて気が弱っていたし、内心では助けが欲しいのも確かだった。
そのまま帰路につき、彼の部屋に入る。
途中妹が驚いていたが気にしない。
変な物が点々と置いてある部屋だ。
適当に座り、とりあえず自己紹介した。
「俺は九頭竜勇利だ。よろしく」
といって握手を求めるように、片手を出す。
「僕は……えーと、そうだ、タナカ」
うろたえるように、考えるように、それでも握手はした。
そんな様子を九頭竜はじーっと見つめる。
もしかしたら偽名かもしれないとそう思うが、こんな格好をしてるんだから、本名を言いたくないのも判るかもしれないなと思い直した。
疑惑の目線に少女は体を縮こませる。
「まあいいか。怪我は大丈夫か? 消毒液とかあるけど」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。今の僕は少し丈夫だから」
見たところ、腕にも顔にも傷はない。
先ほどのは見間違いだったのだろう。
「ならいいんだが。それでなんでそんな格好で、公園を走ってたんだ? 最近流行りの漫画やアニメの服装を真似するあれか? それとも、もしかして本当に何かに追われてたのか?」
九頭竜は本題に入る。
「ええと……信じてもらえるかな。先に聞いてもいい? さっきの公園で、空飛ぶ女の子をみかけた?」
「空飛ぶ女の子? そんなものを見てたらそっちに声をかけてる」
「ううっ。その子に追われてたんだけどね」
ショックを受けている。
「とにかく、見てないのね。見てたら、信じてもらえると思ったんだけど」
「いいから言ってみなって」
「えーと、どこからがいいかな。まずこの世界の外に、僕達が元々住んでいる世界があるの。勿論それだけじゃなく、他にも沢山世界っていうのはあって」
開幕から常識はずれな事を言う。
「うんうん」
しかし特にツッコミもいれず、九頭竜はうなずく。
どこか嬉しそうだ。
「それで、僕達みたいな年齢の男女は、修行の一環で、別の世界で戦うことになってて」
「ふむふむ」
興味津々である。
「負ける条件は、このスティックを折られる事で、負けたら、魔法を失っちゃって、それで、一人につき一つ、この世界の文字を貰ってて、それを元に、魔法が使えるの」
タナカの見せたスティックは、先に本のようなシンボルがついていて、持つ部分にも、この世界のモノではないような文字が書いてあった。
「それで戦うってことか。文字ってどんな?」
「ええとそれが、この世界の言葉あまり詳しくなくて、ちょっと意味がわからなくて」
そう言って、スティックの下の方を見せた。
宝石のような石がついていて、その中に小さく、しかしハッキリと、見えた。
『目録』と。
「なんだこりゃ。目録なら、意味は本のもくじとか、カタログのことだけど」
「もくじ、かあ。氷結とか、落雷とか、わかりやすい意味の子もいるみたいだけど。どうしてこんなわけのわからない文字が来たんだろう」
「使ったことはあるのか?」
「何回か、つかったんだけど、何もおきなかったよ」
つまり、今ここでは何もできないらしい。
「ふむ。それで、負けたら魔法を失うっていうのは?」
「そのまま、どんな魔法も使えなくなって、この世界で暮らすことになる。それだけじゃなく、戦いで命を落とす子もいるんだけど……」
「修行にしては随分きついな。勝ったらどうなるんだ?」
「一人前の魔法使いになれるよ。何回とか、詳しい条件は知らされていないけど」
「なるほどな。……それで終わりか?」
「え?」
「だからそれで説明は全部か?」
「うん、大体これくらいだよ。やっぱりこんなこと、しんじてもら」
タナカが途中までそう言った時、
「うううよっしゃああああああああああ」
九頭竜はたまらず歓声をあげた。
さらに両手をあげ、タナカに背を向ける形で立ち上がっている。
「ひい」
突然のことに怯えるタナカ。
「あ、すまない。ちょっと嬉しくなっちゃって」
振り返り言った。
九頭竜は思う。
やっと世界に変化が訪れた。
それが嬉しい。
なにも九頭竜はタナカの言うことを、全部が全部信じたわけではない。
むしろ、半分も信じていない。
まだ異常なもといえば、少し不思議なあの文字だけだし。
それでも、ただの変なことをいう変な服装の変な少女であっても良いのだ。
退屈な日常には、いままでそんなもの現れなかったのだから。
「はあ」
まだ驚きの余韻が残っているのか、タナカは平坦な反応だ。
二人の温度差がすごい。
「だってそうだろう。君の言うことが本当なら、この世界の他に別の世界があって、これから色々な魔法がでてきて……そうだ」
何かを思いついたようだ。
タナカは首をかしげる。
「俺は、魔法使いになるぞ」
「えええ」
「俺を魔法使いにならせろ」
「む、むりだよう。この世界の住人が魔法だなんて。血筋も違うし、これでも色々勉強とかあるんだよ」
「そうか、頑張るぞう」
「人の話をきいてよ。そもそもどうやってなるつもりなの」
「お前を勝たせる」
「ええっ」
「どうせ、俺はその修業に参加できないんだろう? だったらお前を勝たせて、その後、なんとかしてもらう。お前を利用する」
はっきり、利用すると言った。
「そ、それは、手伝ってくれるなら、ありがたいけど、僕が魔法使いになっても、なんとかできるとは思えないよ?」
「それでいい」
そう言って、ニヤリと笑う。
彼女が本物かどうかは、いずれわかる。
それよりもチャンスを逃さない事が大切だ。
そう考えているとふと彼女の姿が気になった。
「そういえば、その変身は、とかないのか?」
「えーと……、元の姿がちょっとはずかしくて」
「変身自体は恥ずかしくないのか?」
「そ、それは皆やってることだから」
一体なんだというのだろう。
というかそもそも今更ながら、変身する前の姿と後の姿があるんだなと思った。
思うだけだったが。
服といえば、彼女の服はところどころ破れたり汚れている。
そういえば彼女は公園を走り回っていたんだった。
魔法の説明と、その時のあまりの喜びに、忘れていた。
「聞き忘れてたんだが、さっきは何に追われてたんだ?」
「それは、えっと、さっき言った空飛ぶ子っていうのがいて、その子が出会い頭にいきなり襲ってきたの」
「ふうむ。空を飛ぶ……ね。飛べるだけならいいんだが」
「え?」
「いや、最初に戦う相手になるだろうからな」
既に戦う事を考えている。
「そうだよね。逃げてばかりじゃなくて、戦わなきゃいけないんだよね」
襲われた時の事を思い出し、タナカはわずかに震える。
それを見て、九頭竜は思う。
割と元気にみえるが、別の世界にきて、いきなり襲われれば、確かに相当怖いだろう。
強がっていただけかもしれない。
だけど、いつまでも怖がっているわけにはいかない。
(俺の目的のためにも)
「しっかりしてくれよ。お前が勝たないと、俺の魔法使いへの道が遠のくんだから」
「遠のくだけなんだ」
「俺は諦めるつもりはないからな。お前はどうだ? 頑張れるか?」
「うん……。怖いけど、頑張るよ」
九頭竜のやる気に押されてか。
それでも彼女は、確かにそう言った。
「まあ、だいたい聞きたいことも聞いたし、夜も遅いし、どうする? 帰るところあるのか?」
話し込んでいて、時間がそれなりに過ぎたようだ。
「うん。僕は家族もこっちにいるから。もちろん、戦闘自体には手を借りちゃいけないんだけどね」
「よし。じゃあお開きにするか。これからよろしくな。電話番号とかあるか? 連絡できると便利なんだが」
「電話はないけど、連絡ならこれ、もっててほしいな」
ごそごそと何やら小型の物をとりだした。
大きさは畳んだ携帯電話より小さいくらい。
画面のようなものもついている。
「なんだこれ。はっ、まさかポケベルか。いや、あれは2007年にサービスを終了しているはず」
若いのに詳しい九頭竜だった。
「ぽけべる? よくわかんないけど、これはこう」
と言ってタナカがスティックを握り、力を込める。
すると、その物体から音がなりだした。
「さらに」
得意げにいう。
画面に、文字もすこし流れた。
『よろしくね』と。
「おおっ、文字も流れるなんて、ポケベル以上じゃないか。わかった。いつでもこれで呼んでくれ。すぐ駆けつける。帰り、送っていこうか?」
「大丈夫、結構近いから。それに、何かあったらそれ鳴らすよ」
「そうか。待ってるぞ」
「うん。じゃあ、またね九頭竜君」
「ああ。またな、タナカ」
そして、タナカは九頭竜の家から出ていった。
すぐさま妹が来た。
「お兄ちゃん今の女の子誰?」
「ああ、公園で拾ったんだ」
「いつも変な物拾ってくるけどさ、さすがに女の子はまずいんじゃない?」
「誘拐したわけじゃないぞ。それよりまた髪伸びたんじゃないか」
妹の髪は既に腰くらいまで伸びている。
まだ切らないつもりなんだろうか。
「あ、話そらそうとした?」
「いいや。今思っただけだよ。女の子ね。確かにいつも変な物は探してるけど、今回はその中でも、一番おもしろそうなんだ」
「ふーん。さっき叫び声聞こえたし、こんなに元気そうなお兄ちゃんは、珍しいかも。でもあんまり、のめり込まないほうがいいと思うけど」
「お前がもう少し面白い奴だったらなあ」
「何度言ったかわからないけど、私は普通なだけですう」
そう言って、妹は部屋を出ていった。
その夜は結局、何も鳴らなかった。




