シーン三[桜の記憶]
シーン三-一[知りたい]
照明溶明
屋敷。沙都、食事を終える。
沙都 (少し心配そうに)ハルは、待っているでしょうか。
沙都、屋敷から庭へ出て、桜の木の下へ向かう。
沙都 ハル・・・ハル・・・
ハル 来たか。
沙都 よかったです。ハルがいて。
ハル 待つと言った。
沙都 そうは言ってませんでした。だから、心配だったのです。
ハル そうか。
沙都 ハルは、今何をしていたのですか?
ハル 聞いてどうする。
沙都 何も。ただ、知りたいのです。
ハル 別に、何もしていない。
沙都 何も?
ハル 何も。
沙都 本当に?
ハル ああ。
沙都 そうなのですか。・・・私は、昼餉を頂いて参りました。
ハル そうだな。
沙都 今日のご飯も、とてもおいしかったです。
ハル そうか。
沙都 ・・・・・・そういえば、ハルは、桜海という国を知っていますか?
ハル ・・・・・・この山城の国の、同盟国だったか。
沙都 はい。父上と桜海の殿さまがお友達で、仲の良い国だと聞きました。
ハル 誰に。
沙都 幸です。聞いたら教えてくれました。
ハル なぜ、桜海のことを?
沙都 私が、訪ねてみたい国なのです。ハルは、他に何か知っていますか?
ハル ・・・・・・
沙都 ハル?どうかしましたか。
ハル ・・・人が来る。
沙都 え・・・?
シーン三-二[桜の記憶]
成仁、屋敷に出てくる。
成仁 沙都、沙都はおらぬか。
成仁、庭に下りてくる。
沙都 父上ですね。
ハル どうするんだ。
成仁 沙都、沙都。
成仁、桜のある方に向かってくる。
沙都 そうです。・・・ハル、父上にあなたを紹介します。私の、お友達だと。
ハル いや、やめたほうがいい。
沙都 なぜですか。
ハル 無駄だ。
沙都 なぜ・・・
成仁、沙都を見つけ、桜の木に一瞬顔をゆがめる。
成仁 沙都。そんなところにいたのか。
沙都 父上。
成仁 こんなところで、一人で何をしている。
沙都 一人ではありません。お友達がいます。私の初めてのお友達にございます。
沙都、ハルに手を差し父に示そうとする。
ハル 無駄だ、沙都。
成仁 友達?どこにいる。
ハル この者に、俺は見えん。
沙都 え。
成仁 沙都、どうした。
沙都 父上、私のお友達が、見えぬのですか?
成仁 だから、どこにいるかと聞いている。
沙都 ・・・・・・ハルは、ずっとここにおります。
成仁 ・・・何を馬鹿なことを。
沙都 父上には、ハルが見えぬのですか?
成仁 いないものが見えるわけなかろう。
沙都 ハル・・・なぜです。
成仁 空想遊びでもしているのか?馬鹿なこと言っているでない。屋敷へ戻るぞ。
沙都 父上
成仁 早く、こんな木から離れるんだ。気持ち悪い。
沙都 何をおっしゃるのですか。こんなにも、桜が美しいのに。
成仁 もう夏が来るというのに、いつまで花を咲かせるつもりだ。妖怪の類でもいるのではあるまいか。
沙都 あやかし?
成仁、沙都の手をつかみ沙都を屋敷の方へと連れて行こうとする。
沙都 父上?
成仁 このようなところにいては、おかしくなる。行くぞ。
沙都 父上、私は、まだ遊びとうございます。父上。(軽く抵抗する)
成仁 沙都、わがままを言うな。
沙都 ・・・ハル!(助けを求める)
ハル、見えないのをいいことに、成仁の邪魔をしだす。
(成仁にハルは見えないが、接触はできるため動きを邪魔できる)
進路をふさいだり、落ちた桜の花びらを成仁に向けてばらまいたり
沙都 ハル
成仁 なんだ、これは・・・何が起こっている
沙都 ハル、ありがとう。
成仁 沙都?
沙都 父上、夕餉の時間には部屋に戻りますゆえ。もう少し、遊ばせてくださいまし。
成仁 沙都
ハル、成仁を追い払う。
成仁 沙都・・・!
成仁、沙都の隣にたたずむハルが一瞬見えて動きを止める。
成仁 まさか・・・いや、そんなはずは・・・
沙都 父上?
成仁 ・・・食事の時間には、必ず来なさい。
成仁、屋敷へ行き畳の上に崩れる。
沙都 ハル、ありがとうございました。
ハル さっきも聞いた。
沙都 でも、ありがとうございます。
ハル ・・・俺が遊びたかっただけだ。大人をからかうのはいい暇つぶしになる。。
沙都 ・・・・・・ハルは、とっても優しいのですね。
シーン三-三[甦る・・・]
屋敷。成仁は畳に崩れている。
成仁 あれは・・・いったい・・・。
幸が部屋へやってくる。成仁を見て少々驚く。
幸 旦那さま、どうかされたのですか。
成仁 (気付かずに)まさか、そんなはずはない。
幸 旦那さま?
成仁 ・・・幸か?
幸 はい。どうかなさいましたか?
成仁 お前は、沙都の友達とやらは知っているか。
幸 以前にも申し上げましたが、私はお会いしたことがありませぬ。
成仁 そうか・・・
幸 旦那様は、お会いになったのですか?
成仁 会った?まさか。わしは何も見ていない。あそこには何もいなかった。
幸 いなかった・・・?
成仁 でなければ、沙都は何かに取り憑かれて・・・
幸 何か?・・・妖怪か・・・幽霊でもいるのでしょうか?
成仁 幽霊・・・だと?(また気がふれる)
幸 死期の近い者や・・・子どもには、それが見えるという話もございますし・・・
成仁 (幸の台詞にかぶせて)霊などいるものか。
幸 ・・・そうですね。私の戯言です、お忘れください。
成仁 そうだ、いるはずがないのだ。・・・しかし・・・なら。なぜ、やつが・・・あれは確かに、この手で・・・
幸 やつ・・・?
成仁 ありえない・・・
成仁、なにやらぶつぶつ言いながら一人で部屋を徘徊する。
幸 旦那さま・・・?
成仁 ありえない、あるわけがないんだ・・・
成仁、ふらふらと屋敷の奥へ去る
幸 ・・・まさか・・・。(少し考えてから首を横に振る)
幸、静かに部屋を出て屋敷の奥(上手)へはける。
シーン三-四[約束]
桜の木の下。沙都とハルが話している。
沙都 でも、なぜ父上は、ハルが見えないなどとおっしゃったのでしょう・・・
ハル 俺は・・・いや。
沙都 ハル?どうかしたのですか?
ハル 何でもない。
沙都 そうですか。・・・ハル、そろそろ行きますね。
ハル 食事時か。
沙都 はい。今日も楽しかったです。
ハル そうか。
沙都 また来ますね。
ハル そうか。
沙都 ・・・また明日も来ますから、待っていてくださいね。
ハル ・・・わかった。
沙都 約束ですよ。
ハル (頷く)
沙都、屋敷へと戻る。
ハル ・・・・・・桜海の国・・・か・・・
照明暗くなる
声のみ、あるいはシルエットで
(影が見える場合は秋伯は屋敷より庭を見下ろす位置に立ち、春季は庭の、秋伯の前に来る位置へ。)
春季 それでは、あの話は本当だったのですか。
秋伯 そのようだ。・・・・・・あちらから話せばよし。我らは先祖代々の盟約に従い、盟友を助けるために動くのみ。しかし・・・隠し立てしようものならば・・・わかっているな。
春季 はい。必ずや、お役目を果たしてまいります。
秋伯 うむ。・・・・・・春季、
春季 なんでありますか
秋伯 ・・・必ず戻れ。これは、そなたの兄としての願いだ。
春季 はい。ありがとうございます、兄上。
春季歩き去る(退場)
暗転
シーン三-五[時はきた]
秋伯が舞台中央に立っている。
秋伯のみ微かに照らす。
そこへくれはが来る。(やはり、姿ははっきりしない。)
くれは 秋伯様。
秋伯 ・・・・・・
くれは 秋伯様?
秋伯 ・・・あぁ、くれはか。どうした。
くれは お知らせしたいことが。
秋伯 そうか。・・・・・・わかったのか。
くれは 確証はありませぬ。しかし・・・
秋伯 構わぬ。言え。
くれは 大変申し上げにくいのですが・・・おそらく、既に・・・山城の手によって・・・
秋伯 そうか・・・
くれは あの男の言動からして、間違いないかと。
秋伯 だが、証拠は無いのだろう
くれは はい。・・・・・・しかし、少なくとも・・・春季様は、あそこにはおられませぬ。
秋伯 城内は調べつくしたのだな。
くれは はい。
秋伯 ・・・・・・
くれは 秋伯様、どういたしますか。
秋伯 計画通り、策は実行する。お前も、持ち場に戻り時を待て。
くれは 御意。
くれは、静かにはける。
秋伯 山城・・・覚悟しておれ・・・
秋伯、足早に去る。
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