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27.不可能を可能にする男

「あの子は、板垣くんの彼女なんだよね?」

「あいつは――」

 俺は慌てて否定しようとするが、割り込まれる。

「ち、違うよ。そういうのじゃないんだけど……。……私、板垣くんのことがやっぱり気にかかるから」

 それは、あれだろうか。

 そういう意味だと捉えてもいいのだろうか。もしかして、アリサが気になっている人は俺だと思っていいのか。


「――だって、私たちって幼なじみじゃない?」


 その一言は、俺の全てを完膚無きまでに砕いた。

 どれだけ繕うように顔を歪めようとしても、引き攣るだけで、不気味にヒクヒクしている。それは、まるで、今にも泣きそうな人みたいで。

 胸のあたりにまでせり上がってくるものを、なんとか抑え込むので必死だった。

「……ねえ、板垣くん。前に、私には気になっている人がいるって言ったよね。……でも、やっぱり、それは私だけみたいだったんだ。その人には、好きな人がいるって分かったから。だから私は、今の距離感でもいいやって思うんだ。だって、そうすれば、ずっとその人と今までどおり話せることができるから。……ごめん。突然過ぎて、何言っているか分からないよね」

 分かるわけ――ない。

 なんで、なんでそんなことを俺に言ってのけることができるんだ。

 そんな想い人への胸中を告げられた俺の心は。部外者だったら。幼なじみだったら、どれだけないがしろにしてもいいっていうんだろうか。

 いや、違う……か。

 中途半端に期待を持たせて、生殺しにされるよりはずっとマシだ。なにより、俺がアリサを好きだってことを、相手は知らないんだから。だから、こんな残酷な現実を突きつけられても必然。

 アリサはブランコに勢いを少しつけて、

「だから、ただの好奇心で訊くんだけど。あの彼女はどういう子なの? 私は、やっぱり板垣くんのことが心配だから」

 土を靴で削りながら、横合いに質問を投げてくる。

 ああ、よかった、って俺は思った。

 だって、正面切って話していれば、本当に頭がどうかなってしまいそうなぐらい傷ついていたから。だから、こうやって横の並びになって喋る場面になって好都合だった。

 これなら、本音で話すことができる。

 ……今ではもう、意味のないことなのかも知れないけれど。

「……あいつは、見たまんまですよ。がさつで暴力的で、自分の気に食わなかったことがあったら、すぐに暴力を振るってくるんですよね。……最初に会った時だって、暴力どころか、事故を起こしそうだったのにシカトされました」

 ――大丈夫?

 あの時、あいつから掛けられた言葉は、俺じゃなかった。あの時は、勘違いしているのを小梶にも見られて恥ずかしかったな。

「あいつ、なんにも考えないで行動するんですよね。成績いいくせに、なんでそんな軽率な行動とるなんだろうなってぐらいで……」

 ――好きです。……相沢先輩……。

 プールで、しかも学校。いくら夕暮れどきだっていうのに、人通りのある往来で告白なんて、馬鹿にも程がある。そういうところこそ、自慢の頭を使えばいいのに、周りのことなんて見えていない、自分の気持ちを貫くあほ。

 だけど、もしもあいつがあそこで告白しなかったら、今の関係性なんて最初からなかったんだろうなって思うと、ちょっと感慨深いものがある。

「それから、人間不信かよってぐらいに、人を信用しなくて。いきなり俺は監視対象にされて、狼みたいに牙を見せられて、渋々俺は言うことを聞くしかなくて……」

 ――あなたが妙なことをしないように、見張らせてもらうわ。

 こっちの話は聞かない。被害妄想が酷過ぎ。綾城と接して初めて分かったけど、本当にめんどくさいやつだった。でもそれは、あいつの人間臭さが見えたってことだ。

 遠くにいたときは、まるで機械のようなやつだと思った。なんでもかんでも完璧にこなして、感情なんて持ち合わせていないで、男と遊んでいる。

 まるで別世界の住人と思っていたけれど、全く見えなかったあいつの側面を、ずっと一緒にいてまざまざと見せつけられた。

「唯我独尊かと思ってたら、意外にセンチメンタルで。いきなり急転直下に落ち込んだりするから、正直……どうやって慰めていいのかもわからない時だってありましたよ」

 ――私は、強くなりたいの。

 周囲に『天才』というレッテルを貼られて、期待に応えることが苦痛で。それでもプレッシャーを撥ね除けようとしたあいつは力強くて、眩しかった。

 誰よりも苦しんでいたはずなのに、それを誰かに相談することなくずっと抱え込んで生きていたんだ。それを俺が知ったのだって、偶然に近いことだった。

 ガッと、音を立てて、ブランコから尻を離す。……これから言うことは、座って言えるようなことではないと思ったから。

「だけど――あいつは、綾城はっ……それだけじゃなくて」

 これだけは、間違いたくなかったから。

「どんな困難にも真正面から立ち向かうだけの勇気を持っている奴だったっ……っ! そんなあいつを……俺は、凄いって尊敬していた……っ! どん底に陥った時に、それでも他人である俺のことを心配してくれる優しいやつだった……っ!」

 ――今、こうして私の傍にいてくれている。

 とても嬉しそうに言った、あいつの言葉が脳裏に蘇る。ああしてふと見せてくれた素の表情。それは、嘘ばかりついている俺には到底できない顔だった。

 グラリと、視界が傾く。

 薄らとした、透明なフィルターが掛かって、目の前が見えづらくなっていく。

「――俺は、あいつみたいになりたい……っ!」

 俺は夢を見た。

 城王大学に行くという、途方もない夢を。

 だが、その想いの根っこの部分はいったいなんだったんだ?

 本当に好きな人の、笑顔を消したくはなかったからじゃないのか。幸せでいて欲しいっていう、願いからじゃないのか。好きな人に告白するだけの、資格みたいなものが欲しかったんじゃないのか。

 ……俺の夢の核はきっと――好きな人の傍にいてもいい人間になるってことだったんだ。

 今の俺には到底手が届かないけれど、それでも、俺は――


 ――……言えないのか。だったらそれは――――夢なんかじゃねぇよ。


 ザクンッ、と思考を途中で切り裂くのは、去来する親友の声。

 ああ、そうだ。

 アリサに思いを告げられないのは、今の俺が弱虫なことが原因。勇気を、ただたった一歩を踏み出すだけで、このどうしようもなく平凡な俺の世界は変わる。

 それが不可能じゃないってことは、とっくの昔に綾城が教えてくれた。

 だから俺は、

「アリサ……俺は……俺は……」

 でも、でも、でも。

 覚悟一つで変わるほど、俺は大層な人間じゃなくて。

 どもって。

 肩が震えて。

 吐きそうで。

 逃げ出したかった。

 そんな俺の手を、

「大丈夫だよ。どんな言葉でも、板垣くんの伝えたいことなら――私は聞くから」

 アリサは握ってくれた。

 いつの間にか、ブランコから降りて、こんなにも距離が縮まっていた。

 ずっとずっと、あんなに遠くに感じたアリサが、今ではこんなにも……。

 目頭が熱くなって、ようやく俺は、


「ずっと前から、俺はアリサが……っ。アリサのことがっ――」

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