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18.俺って、ほんと馬鹿

過去編

 中学時代、期待を胸に俺は校舎へと足を踏み入れた。

 何もかもが新鮮で、見るものすべてが光に溢れていた。

 先の見えない世界に、見果てぬ希望を見た。

 それが蜃気楼のようなものだと知らなかった俺は、新しいことに挑戦しようと思ったんだ。まだ純粋でこの世界の不条理というものを知らなかった俺は……。

「なあ、小梶。俺たちで甲子園に行こう!」

 何も考えずに、その場のノリで小梶に声をかけたんだ。

 学校の敷地内。

 あれは、中学入学して、すぐの四月ぐらいのこと。

 桜並木が並んでいて、俺たちの入学を歓迎してくれるようなその場所で。

 でもその時お前は、容赦なく言ってくれたよな。

「……できるわけねぇだろ、そんなこと。……それに、甲子園ってやつは、高校生にならないと行けねぇから」

「え!? そ、そうなの?」

 俺は、昔も今も変わらず、馬鹿だった。

 何も知らなくて、いつものような思いつき。

 甲子園って、テレビで観戦してるだけで楽しくて、高揚してくる。なんだか、甲子園って青春っぽくていいよな! ってぐらいしか思ってなかった。

「……お前、馬鹿じゃねぇーの?」

 中学に入ってから、急激に仲良くなった小梶。

 だからこの当時。

 あまりにこいつの辛辣な発言に、心がついていけてなくて。表情に出さないように気をつけてるけど、この時、ほんとうは結構傷ついたりしてたんだ。

 それでも、曲げられないものがあった。

「馬鹿だよ。……俺ってほんと馬鹿なんだ」

 身の丈に合わない夢を語ると、誰もが怪訝な顔をする。

 はあ? ……お前が? 足元見ろよ、って。

 もっと利口になれよ。現実を見てみろって。この世には99%の凡人と、1%の成功する人間しかいないんだって。

 はは、そうだよな。

 そうなんだ。

 なにかに本気で打ち込めたことのない俺が、どれだけ大口叩いたところで誰も見向きもしない。

 ……でも。


「……でもさ、馬鹿だから夢を見れるんだよ」


 理屈に屈服する前に、屁理屈ぐらいこねたいんだ。

 自分を特別だと思うことを、人は中ニ病だと揶揄するかも知れない。

 大言壮語を吹聴することを、誰もが大嘘つきだと蔑視するかも知れない。

 だけど。

 羊飼いだって最後の最後に、嘘を真にしたんだ。『狼が出たぞ!』って大嘘を、真にした。その末路はとても聞くに耐えないものだった。

 でも、俺も……。

 こんな俺だって少しぐらい、夢を見たかったんだ。嘘だって、嘘のままにしておきたくはなかった。

 どれだけ真実の言葉を吐いても、誰も信じてくれ無かった。信じてくれたのは、きっと実際に襲ってきた狼ぐらいだったんじゃないかって思う。

 そんな可愛そうな羊飼いの最期を描いた有名な童話。それを聞いた俺は、これを教訓に嘘をついたらいけない! なんて自分を戒めることはなかった。

 だって。

 羊飼いはずっとずっと一人ぼっちで、それで寂しくて。誰かの気を引くために嘘をついた。それは、いけないことだ。いけないことだけど……最後に叫んだ真実の言葉は――自分以外の誰かを守るためのものだったんだよ。

 その最後の思いだけは捨て置いてはいけないもので。いつも嘘のようなハッタリをカマしている俺にとって羊飼いは他人事のように思えなかった。

 小梶は桜色の道を歩きながら、

「確かに、野球未経験の人間が、甲子園目指すなんてのは、馬鹿以外の何者でもねぇーじゃねぇーか」

「……わかってるって言ってるだろ。そんなに言われなくてももう、言わないから安心しろよ」

「何言ってんだ。それがお前の夢なんじゃねぇーのか。だったら、ちょっと批判されたぐれぇーで引っ込めるんじゃねぇーよ。馬鹿げた夢を抱えてんなら、もっと馬鹿にならなきゃだめだろーが」

「……なに、言ってんだよ」

「甲子園、一緒に目指してやるっていんだ、バカ野郎」

 俺は、その時の小梶のぷいっと逸らした横顔を、きっと一生忘れない。

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