12.バカップル
※※※
「あっ……うま」
「ね。コーヒーと一緒に飲めば、パフェが甘くても平気でしょ」
「ああ、うまいよ。うまいけどな……」
ゆったりとできるカフェテラス。
コーヒーカップ一つとっても、小洒落ている。
木陰で微風も吹いていて、椅子も座り心地もいいのだが。
「これはないだろ……」
円形の木製テーブルに置かれているのは、巨大なパフェ一つ。
そう。
綾城が頼みやがったのは、カップルが戯れで注文する奴だ。
これを頼む猛者は流石に俺達ぐらいしかいないらしく、周りの微笑ましい顔が視界にちらついてしまっている。
ここにいる客層は狭く、カフェテラスにいるのは俺らと同世代の女子達や、カップルばかり。この場所に長居するのは、かなりの精神力を必要とするようだ。
「こ、れ、が! 美味しいのよ。普段はリエとかと食べるんだけど……」
「そ、そうか……。俺にはよくわからない……けどな」
こうなったら、さっさと完食してここから逃げ出すしかない。
盛りつけ方が半端じゃないパフェは、少しでも動かせばテーブルに溢れるかも知れない。俺はクリームを落とさないように、左手を添えながらスプーンを顔とともに近づけていくと、
「…………あ」
相手もちょうど近づいたタイミングで、顔と顔がかなり接近してしまっていた。
唇を小さく開いて、こっちをじっと眺めたままでいるこいつから醸し出されるのは、おもわず視線を引き寄せられるような、蠱惑的な雰囲気。
瞳と唇にせわしなく視線を上下させていると、
「そうだ」
なにやら、綾城がガサガサとバッグの中を漁り出す。
……あ、良かった。なんだか、わざとらしい独り言だったが助かった……気がする。
バッグの中から取り出したものを、テーブルの上に披露する。
「ほら。じつはランチ作ってきたのよね」
バスケットを開けると、そこには色あざやな具材が挟まれているサンドイッチ。
あまりの周到ぶりに絶句しかける。
「……あ……あのなあ。お前とこれを食べるのが、今の俺には想像できないんだけどな」
「ふぅ……何か思い違いしてない?」
綾城はスプーンを手放して、
「これはね。私と相沢先輩がうまくいった時の予行デートでもあるのよ。だから今のあんたは毒見係として、しっかり任務をこなしてその命を散らしなさい」
サンドイッチをぐいぐいと俺の口に突き出してくる。
グニャグニャと俺の口元に当たって、曲がるサンドイッチが鬱陶しくて、
「……せめて、味見係って言えよ」
覚悟を決めて噛み締めようとするが、
「何か言った?」
ひょいと戻され、ガチンと歯は空を切る。
「なんでもない。なんでもないから、はやく食べさせてくれよ」
「……なによ。そんなにお腹へってたの?」
パチクリと睫毛を瞬かせるお前には、見えてないかもしれないが。
かなり! まわりの! 視線が痛い!
カップル多いこのオシャレなテラスは、はやし立てるような奴らもいる。でもそれら全てが好意的で、それが逆に俺の羞恥心に拍車をかける。
「だったら、さっさと口あけなさいよ。すべては……わたしのために!」
「わ、わかってるよ!」
なんだか恋人同士がやる、あーんみたいだなと腕から嫌な汗を掻きながら、綾城から無理やり口にねじ込まれた、サンドイッチを咀嚼する。
「んっ。ちょっとでちゃった」
綾城は指についたマヨを舐める。
それは、なんだか見てはいけないような妖艶さだった。
「あっ。ねえ、おいしい?」
「えっ、あ、ああ」
真顔で訊いていくるのは、やっぱり相沢先輩の口に合うかどうか。きっと、それを確かめるためなんだろうな。
「うまいよ」
だから俺は率直に、自分の舌が感じたままのことを答える。
そうすることが、自然な反応だと思ったから。
「……そっか。……よかった」
小さくガッツポーズをとる綾城は、ほんとうに喜ばしそうだった。
「ああ、ほんとうにうまっ――いったああっ!!」
なんだこれ、めちゃくちゃ痛い。舌が、焼けるっ。これ、かっらっ。激烈な辛さが時間差で押し寄せてきて、辛いというよりは痛いぃぃ。
コップの水を急いで飲み下す。
「なんだ……これ? なに……いれてんだ?」
こめかみが圧迫されるようで。
鼻から火を吹きそうで。
それから喉が潰れそうだ。
「えっと、ハバネロと七味唐辛子と豆板醤と――」
「……待て。なんでそんなものいれてんだよ?」
こいつ、俺を殺す気か。
「だって……食べ物って辛い方がおいしいわよね? それに、パフェの甘さで中和できるからちょうどいいかなって思って」
「……その計算はおかしいだろ」
こいつほんとに学年主席なのか。バカと天才は紙一重とはいうけどな……。
全身から、だらだらと汗を吹き出しているのはこっちだけ。綾城は涼しい顔でパクパクと口に含んでいる。
理不尽だとは思いつつも、パフェを食ってなんとか辛さを和らげようとする。
「……ごめん、おいしくなかったわよね?」
すると、綾城は睫毛をひそめる。
「やっぱり、こんなの相沢先輩に渡したって……」
どうしてようもないよね、だとか、諦めたほうがいいよね、みたいなことを言いそうだったから。
綾城が言い終わるその前に、俺はガツガツサンドイッチを口に含む。
舌が痺れて痙攣じみていても関係ない。
口から火を吹き出しそうになりながらも、刺激物をすべて平らげる。
ガハッと、吐血しそうになったが、
「さっきのは……あれだ。ちょっと斬新な味で驚いただけだって。……だから、今度相沢先輩とデートする時は、もっと美味しいもの作ってやれよ。俺が食べたのよりずっと美味しいやつを」
頬が引き攣りながらも、根性で言い切る。
「……そっか、そう……よね。この私がまずいもの作るわけないものね」
ふふんと、ちょっと元気なさげだが、偉そうにふんぞり返る。
俺はほっとしつつも、パフェを掬う右手は止まらない。いやほんとうに、辛すぎるって……。
ヒリヒリする口のあたりを抑えながら、パフェを嚥下する。
そして、胃の中のものが十分に消化されて席を立つと会計を済ませる。女子に奢られるという屈辱感を味わいつつも、いいからこのぐらいやらせてよと言い張る狼には逆らえない。
そのまま店内をでようとすると、営業スマイルの店員さんから呼び止められる。キャンペーン中だからと、そっとペラペラな紙二枚を差し出される。
「お客様、よろしければこちらをどうぞ」
渡された映画の割引チケットには、カップル割と記載されていた。




