その2
今日はどうやら祭りがあるらしい。
「ええ、今日は陛下が凱旋なさる日ですから」
確か北の国を攻めにいったのは一か月前。もう制圧してしまったのか。
「さずが陛下ですわ」
にっこりとミッシェルは笑っていった。めったに笑わないミッシェルが満面の笑みで笑った。今日の凱旋は槍がふりきっと血祭りになるんだわ!
「…姫。すべて声に出されていることは気づいてらっしゃるわよね?も・ち・ろ・ん」
ちなみに今も満面の笑みだ。ちょ、ちょっとでででできごころだったんですってぇぇぇ!!
みっちり体中をくすぐられてしまった。何度も見えた三途の河。ああでも神様!私はどうやら生きています。
「おおげさね。そんなくすぐられたぐらいで」
「くすぐられたぐらいって!5時間もくすぐられ続ければ誰だってそうおもうわ!!」
「だって姫ったらおもしろいんだもん」
「おもしろいんだもんじゃねぇ!第一あんた暇人すぎるでしょ!ほかに仕事はないわけ」
「え~そりゃ本職はあるわよ?この仕事もお給金もらってるわけじゃないしさー。でもねぇ?いま陛下がバリバリ働いてるから私の出番ってないのよねー」
「ミッシェルの本職ってなんなの」
「え?そんな乙女の秘密につっこんじゃう?きゃ。突っ込んじゃうとか卑猥だわ!」
「そんな思考回路が卑猥じゃ!!」
どうにも教えてくれる気はないようだ。陛下が働けばいらなくなるってことなのかな?う~ん宰相とか?大臣とか?でも陛下が働いてても必要な気がするし、そんな重役だったら私がしらないはずないんだけどねぇ。この国の重役はそろいもそろって見目麗しき男性で、すべてが私を追いかけていたのだから。
「あと、今回の戦いで陛下の正室が決まったらしいわ」
おっと思わず大事な夕ごはんであるミネストローネを吹きそうになってしまったではないか。
「それってマジ情報?」
「ええ、マジ情報。ちなみにお相手は北の国の巫女さまらしいわよ」
「ふーん」
「あなたと同じ巫女さまなんてね」
「違うわミッシェル。私は‘元’巫女さまよ」
「あら、違いなんてあるのかしら?」
だから大男がそんなしなをつくったって気持ち悪いだけだって。
外の音がより一層うるさくなってきた。そりゃ凱旋パレード兼結婚パレードだもんな。派手になるわけだ。この空間に軟禁されてからというもの外の音なんて一切聞こえてこなかったのだから外は相当盛り上がっているらしい。
「ミッシェル。お願いがあるんだけど」
「なあに?お姉さんがかなえてあげるわ」
「ベビーカステラが食べたい」
「あら。庶民的ねぇ」
「おいしいじゃない、あれ」
面白いことにこの世界は元の世界である日本と同じ食文化を持っていた。寿司とか天丼とか普通にあるので驚いたものである。
「しかもあれって祭でもないと食べられないし、私軟禁状態でいけないしさ」
「ねぇ姫?もしよかったら、脱走しない?」
はぁ?と言った私のリアクションは間違っていなかったと思う。
「こんなに簡単に抜けられていいわけ?!」
「今日は警備の大半はお祭りに駆り出されてるしねぇ」
それにしたってざる警備すぎでしょ!!普通にミッシェルに手を引かれて城を出てきちゃってんだけど!!
「まあまあいいじゃない。お祭りの日くらい」
い、いいのかなぁ?納得できない。
「さ!いくらざる警備でも寝る時間には帰らないとね。夜更かしは美容の天敵よ!」
「え!警備に見つかるとかそういう問題じゃないわけ!?」
ザル警備に疑問を抱きつつも私は目の前の賑わいに目を奪われた。
まず目に入ったのはわたがしや。でもあれっておもったより量がおおくて食べきれないからパス。次に目に入ったかき氷やもパス。今の季節を考えて売っているのだろうか?私はミッシェルに貸してもらったマフラーを巻きなおしつつ思った。そういやミッシェルって言動は女だけど着るものとかは男物なんだよねぇ。現にこのマフラーも渋めの色合いをしているからおそらく男物なのだろう。
「あ、わたしあれ食べたいわぁ~」
ミッシェルがさしたのはたこ焼きだった。たこ焼きまであるのかよと初めて知ったときは思わずずっこけてしまった。浪速のジャンクフードはおいしいから大好きでうれしいんだけどね!やたらみんなの格好はいかにもファンタジーってな感じなのになんだか違和感はぬぐいきれない。
「私もたべたいな」
「そう?じゃ、半分こしましょうか」
まだまだいろいろ食べたいしねと列に並んだ。ゆらゆらとおどる鰹節。おいしそうだ。このきらりとひかるソースもまたたまらん。ああ!早く食べたい!
「はい、あーん」
「あーん。……やっぱりおいしい。って違ぁぁぁう!!!いや、違わないんだけど、確かにたこ焼きはおいしいんだけど!どうしてミッシェルにあーんなんてやられて素直に食べちゃうかなわたしってさ!」
「やっぱ姫かわいいわねぇ」
「うわわわわーーーー!!そんなにやにや私をみないでくださいぃぃぃぃぃ!!」
顔から、顔から火が出るから!いやほんとに!くそう!くやしい。なんだこの敗北感は!たこ焼きだ、たこ焼きが悪いんだ。あんないい香りで挑発してきたあいつが悪いんだ。私の理性を惑わせ狂わせこんな恥をかかせるなんて!!
「悶絶中悪いんだけど、もうたこ焼きいらないわけ?」
食べちゃうわよ?とミッシェルは最後の一個をゆらゆら私の前に差し出してきた。
「ほらあーん」
「……」
たこ焼きが!たこ焼きが悪いんだ!だからそんなににやにやこっちを見るなぁぁぁぁ!!
「あら、花火ね」
慣れ親しんだ故郷では夏の風物詩だったあれが夜空に舞った。
きれいだなぁ。そういや陛下って花火が好きだったっけ。
「ミッシェル。早くベビーカステラ買って帰りましょうよ」
「あら、どうしたのよ。まだたこ焼きしか食べてないじゃない。私はあとお好み焼きと焼きそばと焼きイカを食べるまで帰らないわよ!」
「どんだけ食べる気だよ!!」
「おいしいんだからいいじゃない。ね?」
「…わかった。仕方ないから付き合ってあげる」
久々に外へでたのだから、私もいちいち気落ちしてる場合なんかじゃなかったわ!
「よし!そうと決まればミッシェル!!!食べて食べて食べまくるわよ!!」
「そうこなくっちゃ!」
ミッシェルと過ごすのは楽しい。あれだけ逆ハー状態だった私だけどそんな日々の楽しさとは違う楽しさ。なんなのかはよくわからないけどさ。なんていうのかな?友達っていう感じだからなのかも。私の取り合いをしていた集団では馬鹿をできる仲間がいなかったから。
「…ミッシェル」
「ん?」
「手、つないでくれない?」
「ふふ、甘えん坊ね」
ミッシェルの手はやはり男性の手で私の手より一回り以上大きかった。すっぽりと包み込まれた手に、はにかむとミッシェルも笑ってくれた。うーん友達っていうよりかお姉さんって感じなのかもしれないな。
花火の音をバックにこんな日がずっと続いたらいいのになんて思った。
祭りからかえった私たち。私はベビーカステラの袋を無造作に机におくとベットとは言いがたいが一応ベットと呼んでいるものに倒れこんだ。
「食べすぎで気持ち悪い」
「私の分までかっさらって食べたくせによくそんなこといえるわね。私のイカ焼きかえしなさいよ!!」
「口から逆流したものでよかったらかえすけど?」
「いらないわよ!!」
頭をはたかれてしまった。ちょっと、本当に逆流したらどうすんのさ!逆流を想像してしまった為か吐き気が再び舞い戻ってくる。ちょ、ほんと吐く!!
「うっ……」
「ちょっと待った!!こんなところで吐くんじゃないわよ!!」
ミッシェルの制止なんてなんの意味もなかった。だって生理現象なんだもん。てへ。