エピローグ 『帰る場所』
春だった。
ルーン村の風は。
昔より少しだけ。
賑やかになっている。
畑の区画は広がり。
新しい家も増えた。
街道は整備され。
旅人も来る。
小さな宿までできた。
以前なら。
村人全員が知り合いだった。
今は。
少しだけ違う。
でも。
変わらないものもあった。
空。
土の匂い。
夕方の風。
そして。
この村の。
ゆっくりした時間。
昼下がり。
ルーン村外れ。
小さな家。
その縁側で。
黒い塊が寝ていた。
「……すぅ……」
ノクスだった。
昔より。
かなり大きい。
もう肩乗りではない。
完全に。
場所を取る。
黒い翼をだらりと広げ。
日向を独占している。
だが。
本人は満足そうだった。
尻尾だけが。
時々ぱたぱた動く。
その隣。
縁側に座っている少年。
……いや。
もう少年という年齢でもない。
でも。
どこか雰囲気は変わらなかった。
悠。
「……」
相変わらず。
無口だった。
手元には。
木箱。
薬草整理中。
静か。
落ち着く作業だった。
風が吹く。
薬草の匂い。
土。
陽射し。
悪くない。
いや。
かなり好きだった。
遠くから声。
「ユウー!」
聞き慣れた声だった。
悠が顔を上げる。
畑側。
リアがいた。
帽子。
薬草籠。
以前より少し大人びた。
でも。
笑い方は変わらない。
「この前頼んだ乾燥葉、できてる?」
「……できてる……」
「助かるー!」
元気だった。
相変わらず。
よく喋る。
リアは縁側へ来ると。
薬草箱を覗き込む。
「うん、綺麗」
「……たぶん……」
「そこは自信持っていいよ?」
「……」
褒められると。
まだ少し困る。
悠は軽く視線を逸らした。
リアはそんな反応に笑う。
「ほんと変わらないね」
「……」
否定できない。
変わっていない。
人混みは。
今も少し苦手だ。
会話も。
得意ではない。
村祭りは。
できれば端で見ていたい。
初対面は。
今でも緊張する。
でも。
孤独じゃなかった。
そこは。
昔と違う。
ノクスが寝返りを打つ。
「……親……飯……」
「寝言だ」
「……そう……」
平和だった。
その時。
村道から大声。
「おーい!」
聞こえた瞬間。
悠は少しだけ目を細めた。
嫌ではない。
ただ。
予感がした。
案の定だった。
「来たぞ!」
レオンだった。
荷物。
大剣。
相変わらず豪快。
全然変わらない。
「……早かった……」
「近くまで依頼だったからな!」
レオンは遠慮なく庭へ入り。
そして。
ノクスを見る。
「でっかくなったなぁ!」
「……寝てる……」
「起こすか?」
「……やめて……」
レオンは笑う。
「冗談だ」
たぶん。
半分本気だった。
リアが呆れる。
「また急に来たの?」
「友人宅訪問だ!」
「雑な理由」
「いいだろ別に」
その時。
家の中から。
小さな足音。
フィオだった。
髪が少し伸びている。
昔より表情も柔らかい。
抱えているのは。
手紙。
「……ユウ」
「……?」
「……また……来てる」
悠が受け取る。
封蝋。
王都紋章。
だが。
堅苦しい公文ではない。
見覚えのある筆跡。
「……アルト……」
リアが覗き込む。
「また?」
「……うん……」
最近。
定期便みたいになっていた。
学院。
研究。
新理論。
時々。
世間話。
長い。
非常に。
長い。
でも。
嫌じゃなかった。
悠が封を開く。
レオンが笑う。
「相変わらず仲良いな」
「……普通……」
「普通かなぁ?」
その時だった。
村入口側。
馬車の音。
皆が顔を上げる。
白銀紋章。
王国車両。
止まる。
そして。
降りてきた人物。
白銀の髪。
整った姿勢。
凛とした空気。
セレスティアだった。
リアが笑う。
「おー、久しぶり!」
「ご無沙汰しています」
騎士装束。
でも。
どこか仕事帰りの顔だった。
少し疲れている。
セレスティアは悠を見る。
視線が合う。
そして。
小さく微笑んだ。
「……帰り道です」
「……遠回り……」
「否定しません」
少しだけ。
柔らかくなった。
昔より。
かなり。
それでも。
真面目さは変わらない。
リアが聞く。
「公務?」
「ええ」
セレスは軽く息を吐く。
「議会調整です」
「うわ」
レオンが即座に顔をしかめた。
「社会ラスボス」
「否定できません」
少し笑いが起きる。
悠は。
それを見ていた。
縁側。
人。
声。
賑やか。
昔の自分なら。
少し離れていたかもしれない。
でも。
今は。
ここが落ち着く。
王都。
旅。
世界。
管理権限。
全部。
まだ続いている。
世界は完全には終わっていない。
修復も。
管理も。
終わりじゃない。
時々。
イヴの通信も来る。
《経過観測を継続中です》
相変わらず淡々としている。
でも。
少しだけ。
人らしくなった気がする。
ゼロスの記録も。
まだ。
アルカディアに残っている。
世界は。
続いている。
そして。
悠も。
その中にいる。
管理者。
英雄。
世界を救った者。
そう呼ばれることもある。
でも。
ルーン村では違う。
「ユウ、飯どうする?」
リアが聞く。
「……食べる……」
「当たり前だろ!」
レオンが笑う。
ノクスが突然起きた。
「飯!?」
「起きた」
「……早い……」
フィオが小さく笑う。
セレスティアも。
わずかに口元を緩めていた。
夕暮れ。
空が赤く染まる。
村の煙。
笑い声。
静かな風。
悠は。
その景色を見る。
そして。
思う。
帰ってきた。
本当に。
ここへ。
言葉にはしない。
でも。
胸の中で。
静かに。
そう思った。
世界の記録は続く。
その中に、彼の小さな居場所も残っていた。




