第1話 制服の抜け殻
「……終わったな、カツミ」
「うん……」
最後の敵、ユニット『アイアン・ジャスティス』リーダーの身体が崩れ落ちると同時に、優勝者が決まる。
同時にシステムのアナウンスが無機質に、けれど全サーバー内に響き渡る。
「第6回PvP大会『オーバー・ザ・ホライゾン』優勝ユニットは『黄金凶星』!」
僕は逆手に持ったストロングアームについた血を腿で拭い、視線は前に据えたまま。背後に回した右手が鞘を捉え、乾いた音とともに水平の鞘へ吸い込ませた――。
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10月8日
いつもどおり、7時に目覚ましで目を覚ます。
手元のリモコンで照明をつけ、ベッドの上で伸びをする。
色白で細い両腕と小さな手。
もう驚かなくなった……というより、慣れちゃったんだろうな。
クローゼットには、丈の合わなくなった制服が抜け殻のように追いやられている。
もう処分しちゃってもいいんだ……そう思っていても踏み切れない。
その横には、真新しい臙脂ベースのチェックスカートに、臙脂のリボン。高校生になるとその色は深緑になる――。
2週間前の9月24日。
連休中に身体が女の子に――いわゆる『TS娘』になっちゃったんだ。
夜、40度近い高熱が出た翌朝、全身の激痛と頭痛で目が覚めると身体が女の子になっていた。
なにしろ連休中だし、普通の病院じゃお医者さんも匙を投げてしまうだろうと、連休明けに何科を受診したらいいかを母さんが市民病院に相談。大学病院を紹介してもらい受診しに行く。
身体検査、血液検査、果てはCTスキャンまで受けた。
診断は、『後天性女子固定化症候群《Acquired Female Fixation Syndrome》』
思春期の男子が数百万人に数人という稀な割合で女子化する病気で、50年ほど前に最初の症例が報告された。
染色体異常は確認できず、未知のウイルスが原因ではないかと言われているが、未だ治療方法は発見されていない。
身体は男に戻ることは二度となく、未発達で女の子として暮らしていかなくてはならない、と医師から告げられた。
低身長で、貧乳なのがちょっと残念……だけど、容姿は自分で言うのもなんだけど、かなりの美少女で、漆黒のロングヘアなのは、ほんの少し嬉しい。
10月だけれどまだまだ暑い日もある。
パジャマからTシャツとジーンズに着替えて――まだ女の子の格好はしたくないんだ――キッチンに行く。
「あ、克美、おはよ」
母さんだ。僕が女の子の身体になっても、学校を2週間近く休んでも普通にしていてくれた。
女の子の身体になって、それを受け入れられなくて学校に行けなくなっちゃっても。
「うん、おはよう」
「朝ごはんできてるから、先に顔洗ってきなね」
「はーい」
母さん、最初はショックを受けた――と言っていたけれど、克美の方がひどいショックを受けたんだよね、と全部受け入れてくれたんだ。
そして学校も、無理して行かなくてもいいんだよと。
けれど、通っている学校は、横浜にある私立の中高一貫の進学校なんだ。
中学3年のあの日まで。無遅刻無欠席だったのにな……。
3年間の合計欠席日数が30日を超えると審議対象となり、内部《高校》進学が認められなくなり、留年だ。
下手したら、最悪退学になる。
母さんが学校に相談をしてくれて、事情が事情なこともあり「ICT学習」の活用――文部科学省の指針に基づき、自宅でのオンライン授業を出席扱いとして認める制度――を学校が認めてくれたんだ。
自宅のPCから教室の授業をリアルタイムで視聴し、教師のPCで質問をチャットで受けてくれる。
もともと成績は良いので、質問したことはないんだけどね。
テストもオンラインで受け、決まった時間内に解いて提出する形式をとってくれるそうだ。
どうせならと、ゲーミングノートPCを買ってもらいオンライン授業が始まったのが昨日、10月の第2週の月曜日からだった。
担任からは、安藤は体調不良のため約半年間、中学卒業まで登校できない。と、あらかじめクラスメイトには知らされている。
クラスのグループチャットには、それらしい書き込みは見当たらなかった――そもそも僕のことなんて話題になったこと、一度だってないし。
チャットで出欠をとる朝のショートホームルームは8時半始まりだ。通学にかかる時間の分、もう少し寝ていられる。
けれど、ちゃんと7時に起きるようにしている。こういうのって習慣だしね。
一人で授業をオンラインで受けるのはつらくはないかって?
別に、不自由なんて全然感じない。これはきっと、「保健室登校」をオンラインでやっているようなもんだから。
元々、帰宅部だったので友人は少ない……というより、クラスではゼロだし、女子化してしまったことは学校は秘匿してくれている。
けれど、僕が女子化したことを知る生徒が一人だけいる――。




