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私はある屋敷の侍女(メイド)

作者: 德川浩二
掲載日:2025/12/06

私はある屋敷の侍女メイド。最近、あろうことか主である伯爵様の嵌めている指輪と感覚がリンク(共感)してしまった。


彼が指輪に触れると、私は足の力が抜けてしまう。 指輪を回されようものなら、刺激のあまりその場で跪きそうになるほどだ。 ついに耐えきれず、私は決死の覚悟で伯爵様に事情を打ち明け、その指輪を私に下さるよう懇願した。


しかし伯爵様は、ゆったりとした動作で指輪を回しながら、私の下半身に視線を這わせた。 「だが、私はわざとやっているのだよ?」

私の名はアリス。伯爵家に仕える侍女の一人で、主である伯爵様の身の回りのお世話を担当している。

だが最近、体の様子がおかしい。

誰かが遠隔で私の“あの場所”を操っているような気がしてならないのだ。


また、あの馴染みのある感覚が襲ってきた。

私は足の力が抜けそうになるのを必死に堪え、その場に立ち尽くして歯を食いしばる。

もしこんな弱点があることを知られたら、間違いなく城から追い出されてしまうだろう。


私は奇妙な感覚を無理やり無視し、意識を伯爵様に集中させた。

彼は執務机の後ろに座り、帳簿を確認している。

少し長めの黒髪が肩から落ち、彫刻のように鋭利な横顔にかかる。

伏し目がちに思索に耽る際、彼はペンを止め、手元の指輪をくるくると弄ぶ癖がある。


しばらく観察していると、信じられない事実に気がついた。

その指輪を回す手つきが、私の体に走る感覚と完全に同期しているのだ!


伯爵様が再びペンを取ろうとしたのか、指輪が邪魔だと感じた彼は、指輪を素早く回転させ――そして、乱暴に手を下ろした。


「んっ――」


私は膝から崩れ落ちそうになり、我慢しきれず微かな声を漏らしてしまった。

伯爵様はそれに敏感に気づき、眉をひそめた。


「アリス」



呼吸を整え、私は素早く扉の前から飛び降り、伯爵様の前に跪いた。

「申し訳ございません。どうぞ罰をお与えください」


伯爵様の視線が私に注がれ、値踏みするように見下ろされる。

「今、何をしていた?」


まさか「旦那様の指輪と感覚が繋がってしまいました」などとは言えない。

あまりにも荒唐無稽だ。

それに、伯爵様はその翡翠の指輪を最も気に入っておられ、それは伯爵の権力の象徴でもある。


私は答えに窮した。

「少し、考え事をしておりました」


言い終わるや否や、またあの馴染みのある感触が襲ってきた。

視線を上に向ける。

やはり、伯爵様はまた指輪を弄んでいる。

距離が近すぎるせいか、その細長い指が撫でているのが、まるで私自身であるかのように錯覚してしまう。


私は跪いているのさえ辛くなり、頭をさらに低く垂れた。

「体が熱いな」


熱いどころではない。とても熱い。今すぐ冷水を浴びたいほどに。

「旦那様――」


その時、外から護衛隊長の声が聞こえた。

伯爵様は伏し目がちに私を一瞥した。

「具合が悪いなら、下がって休みなさい」


罰するどころか、休息まで与えてくださるとは。

私は恩赦を受けたかのように感謝し、跪いて礼を述べた。

暗がりから飛び去る際、彼がゆっくりと指輪を手に取るのが見えた。

私は壁に手をつき、再びよろめいた。


伯爵様は優しいお方だ。

あの指輪さえなければ、もっと良かったのに。



一時間ほど冷水を浴び続け、体に異変がないことを確認した後、私はある法則に気づいた。

どうやら指輪から十分に距離を取れば、影響を受けないようだ。


どうせ伯爵様の周りには侍女がたくさんいる。厨房への異動を申請しよう。

そう思い立ち、私はメイドハウスキーパーを訪ねた。


「メイド長、厨房の手伝いに行きたいのですが」

メイド長は石のベンチに座って種菓子をかじりながら、私を横目で見た。

「キュウリの選別でもする気?」

「伯爵様のお世話より、厨房の方がいいとでも?」


確かに待遇は良い。

だが、長く続けると身が持たない。

私は正直に答えた。「苦労がしたいのです」


「本気? 主人が許すとは思えないけど」

私は黙り込んだ。


多くの侍女の中で、私が伯爵様に仕えている期間は最も短い。

他の侍女は汚れ仕事を任されることもあるが、私は一度も命じられたことがない。

最も側近くに仕える侍女として、コーヒーを淹れるのも、毎食の毒見をするのも私の役目だ。

要するに、侍女としての務め以上のことを任されている。

距離が近い分、本来貰えるはずのない褒美も数多く賜っている。


それなのに、配置転換を願い出るなど。

伯爵様の信頼を裏切る行為だ。

だが仕方ない。私はメイド長に頼み込んで、お伺いを立ててもらうことにした。


不安な一夜を過ごした後、メイド長が伝言に来た。

彼女は結果を言わず、ただ複雑な表情で私を見ていた。

「ご主人が呼んでいるわよ」


終わった。

天が崩れ落ちるような気分だ。



私は不安に苛まれながら伯爵様の前に跪いた。周囲の空気が数度下がったように感じる。

「厨房の手伝いがしたいと?」


その口調は、私が一言「はい」と言えば、その場で血しぶきが舞うような冷徹さを帯びていた。

私は目を閉じた。

「……行かなくても、構いません」


頭上から伯爵様の冷笑が聞こえた。

私は流れに身を任せ、罰を請うた。

口を開こうとした瞬間、ある場所から刺激が走った。

半跪きの姿勢が崩れそうになり、私は体を強張らせた。


伯爵様が指輪を回す手が、わずかに止まる。

「アリス、お前、最近様子がおかしいな」


旦那様、なんて勘の鋭い!

私は頭を垂れ、歯の隙間から言葉を絞り出した。

「いいえ、そのようなことは」


伯爵様は明らかに信じておらず、長い間私をじっくりと観察した後、突然口を開いた。

「こっちへ」


まさか、ご自身の手で私を斬るおつもりか!

私はおずおずと立ち上がった。視点が高くなり、伯爵様の手元の動きがよりはっきりと見える。

武芸を嗜む伯爵様の手には薄い豆があり、特に親指の付け根のそれは顕著だ。だから手を組んで指輪に重みをかけると、その感触が鮮明に伝わってくる。


例えば、今まさに。

私が彼の側に歩み寄り、跪こうとした瞬間、彼が手を伸ばして私を引き寄せた。

運悪く、それは指輪を弄んでいた左手だった。


私は必死に拳を握りしめ、声を上げるのを防いだ。

伯爵様の視線が止まり、私の紅潮した顔に注がれる。

私は手でお腹を押さえ、恥ずかしさに耐えた。


「最近、悪いものでも食べたようで」

「少し、気分が優れません」


私の声はどんどん弱々しくなっていく。なぜなら、伯爵様の手がすでに私の腹部に伸びてきていたからだ。

それも、指輪を弄んでいたあの手で。

私は何も考えず、とっさに彼の手を掴んだ。

よりにもよって、親指を掴んでしまった。


私は再び崩れ落ちた。

もう社会的死か肉体的死かを選ぶ必要はない。

一緒に死のう、ううっ。


伯爵様は一時何も言わず、読めない眼差しで私を見つめ、また自分の手に視線を落とした。

やがて、彼は口角をわずかに上げ、手を伸ばして私を助け起こした。

今回は右手だった。


「そんなに辛いなら戻って休みなさい。明日また仕えるように」



しかし翌日、私は仕えることができなかった。

昨夜急に冷え込み、一晩中水風呂に浸かっていたせいで、運悪く風邪を引き高熱を出してしまったのだ。

伯爵様にうつしてはいけないと思い、メイド長に頼んで休みをもらった。


誰かが枕元に立っている気配がした。メイド長が戻ってきたのだと思い、私は掠れた声で彼女を呼んだ。

「メイド長、水を一杯ください」


返事はない。

しかしすぐに、コップの縁が私の唇に当てられるのを感じた。

メイド長も意外と優しいところがあるじゃない、飲ませてくれるなんて。


私はそのまま数口飲み、顔を上げた瞬間、派手なシルクのシャツが目に飛び込んできた。

城内でこんな派手なシルクを着る大胆な人間は誰だ?

私は鈍った頭でしばらく考え、突然ハッと目が覚め、慌てて這い起きた。


「だ、旦那様!」


伯爵様は私の慌てふためく様子を見て笑い、無礼を咎めることもなく、私を布団に包み直し、ついでに私の頭を撫でた。

「まだ熱いな。後で医者を呼ぼう」


私は感激のあまり胸がいっぱいになった。

「ありがとうございます、旦那様」


伯爵様は少し間を置き、妙な顔つきをした。

「礼には及ばない。お前がこうなったのも、元はと言えば……」

伯爵様はそこまで言うと口を閉ざした。


私はそこでようやく、自分がこうなった原因があの指輪にあることを思い出した。

しかし今日、伯爵様の左手にあの翡翠の指輪はない。

まさか、気に入らなくなって外されたのか?

私は興奮のあまり、伯爵様に跪いて感謝したい衝動に駆られた。


伯爵様が立ち去った後、入り口にメイド長が立っていることに気づいた。

彼女は複雑な表情で私を見ていた。

「アリス、あなた、ご主人があなたに対して少し特別だとは思わない?」


額にはまだ伯爵様の体温が残っていたが、私は何もおかしいとは思わなかった。

「旦那様が部下を気遣うのは、今に始まったことではありません」


メイド長は首を傾げ、結局何も言わずに去っていった。



今回の風邪で、伯爵様は私にたくさんの傷薬や栄養剤を下さった。

だが頑丈な侍女である私には使いきれないため、余った分を同郷のアンナにあげることにした。

彼女は私より半年早く城に来ていて、以前から私の面倒を見てくれていた。


「これ全部、伯爵様が?」

私は頷き、ついでに釘を刺した。「人に見られないようにね」

「安心して」


アンナは興奮気味に薬を眺め、冗談交じりに言った。

「伯爵様、他に何かくれなかった? 使わないものなら私が売ってお金に換えてあげるわよ」

アンナはお金が好きで、胆力もある。

だが伯爵様から賜ったものを勝手に人にあげるわけにはいかない。


私は答えず、手持ちの小銭をすべて彼女に渡した。

「お金に困ってるなら、私に言って」


アンナは脇目も振らず受け取ったが、突然目を細め、薬瓶の山から一つを取り出した。

「これは私には必要ないわ」


不思議に思って受け取り、白い陶器の瓶に書かれた【精力増強】(補腎)の文字を見た瞬間、私はむせ返った。

「これも伯爵様が?」

「……」

「ちょっと親切すぎない?」


私は慌てて伯爵様の弁解をした。

「旦那様は部下の生活を気遣ってくださっているだけよ」


言い終わらないうちに、背後から足音が聞こえた。

侍女同士が密会するのはタブーだ。

私は急いで脇に退き、アンナも荷物をまとめて立ち去ろうとした。

しかし彼女は方向を間違え、正面から伯爵様と大奥様(伯爵の母君)に出くわしてしまった。


アンナは慌てて跪き、礼をした。

伯爵様が視線を彼女に移したとき、私の心臓が跳ね上がった。

幸い、彼女はすぐにアンナを下がらせた。


だが、伯爵様は突然その場に立ち止まって動かなくなった。

音を立てるのが怖くて、私はすぐにその場を離れることができなかった。

どうせ伯爵様はすぐに立ち去るだろう。

そう思っていた矢先、あの馴染み深い、耐え難い感触が襲ってきた。

しかも今回は、とりわけ激しかった。



あまりに突然のことで、私は全身を震わせながら袖を口に噛んで耐えた。


「ここの景色はいいですね。母上、ここで話しましょう」

その言葉を聞いた瞬間、私は天が崩れ落ちるような絶望を感じた。


目の前を馴染みのある黒い影が横切った。

反対側にメイド長が立ち、私に目配せをしている。

【今日は非番でしょう、ここで何をしてるの?】


私は首を横に振り、枯れた池の方へ顔を向けた。

【何でもありません、景色を眺めていただけです】


私は口数が多い方ではない。

メイド長はそれ以上何も言わず、遠くの伯爵様を大人しく見守り、ついでに私を一瞥した。

私は内心パニックに陥り、今回伯爵様が指輪を弄る時間が長すぎることに苦しんでいた。

これはあまりにも拷問だ。


私は体をわずかにずらし、手であの場所を探った。

私が我慢の限界を超えそうになった時、伯爵様の手が突然止まった。


「母上がそう仰るなら、その女たちを受け入れましょう」


その言葉で、私の意識が少し覚醒した。

伯爵様、側室(愛人)を増やすおつもり?

まあ、伯爵という地位にあれば、愛人を囲うこともあるだろう。


私は木の幹に寄りかかり、荒い息をついた。

顔を上げると、メイド長がさらに近くに寄ってきていた。

さっき私が何をしていたか察しがつく距離だ。

彼女は言いたげな顔をした。


「アリス、まさかそんな趣味があったなんてね。でも屋外は……」

彼女は言葉を切り、続けた。

「もう少し慎みなさい」

「……」


私は黙って目を閉じた。今日はそもそも外出するべきじゃなかったのだ。

そうでなければ、半死半生になった挙句、面目まで丸潰れになるなんてことにはならなかったはずだ。



伯爵様は普段、女色に近づかない方だったが、今回は迅速にある女性を「夫人」として迎え入れた。

その女性の身分は謎に包まれており、私でさえ彼女の素顔を見たことがない。


結婚式は簡素なもので、夜の初夜の際、伯爵様は特に私に部屋の外に立つよう命じた。

理解できなかった。

だが、従わざるを得ない。


今夜の月は明るい。私は屋外に立ち、無意識のうちに伯爵様があの女性にどう接するのかを想像していた。

伯爵様は優しい方だから、あの女性はきっと幸せだろう。

部屋の中は不気味なほど静かで、伯爵様はこういう時、こんなにも静かに優しく振る舞うのかと思った。


今夜は長すぎる。

突然、遠くから微かな物音が聞こえ、音のする方を見ると、黒い影が塀を乗り越えていた。

こそこそしている、間違いなく曲者だ。


私は迷わず曲者を追ったが、屋根に登った瞬間、下半身が急に引き締まった。

この感覚はもう刺激という言葉では表現できない。

全身の力が急に抜け、私はそのまま真っ逆さまに落ちていった。


伯爵様、今夜ぐらい指輪を放してくれないんですか!

屋根が突き破られ、私は最終的に柔らかい何かに包まれた。

その感覚は途切れることなく続き、意識が朦朧とし、起き上がる力さえ入らない。

旦那様、あなたのせいでアリスは今回ばかりは散々な目にあっています。


夢か現か、私は本当に伯爵様の姿を見た。

彼は普段の優しい様子とは少し違っていた。

どこか邪気を帯び、瞳はとろんとしていた。

お酒を飲んでいるようだ。

そしてその指で摘んでいるのは、私にとってあまりにも馴染み深いあの指輪だった。


「私の花嫁はどうして酔っているのかな?」


そこでようやく、自分が伯爵様の新婚のベッドに横たわっていることに気づき、慌てて起き上がろうとした。

「旦那様、私は……うっ……違……」


伯爵様はひどく酔っており、同時に飢えていた。

私を乱暴に腕の中に引き寄せ、長い口づけを落とした。

息ができなくなりそうになり、体にも酒の匂いが移っていくのを感じた。

伯爵様は私の赤く腫れた唇を撫で、得意げに笑った。


「夜はまだ長い。しっかりと私に付き合ってもらおうか」



その夜は、長かった。


空が白み始めた頃、私は全身の痛みに耐えながら、伯爵様が目覚める前に逃げ出した。

去り際にはまともに歩くことさえできなかった。

部屋に隠れて一時間かけて体を洗い、ようやく伯爵様特有の香水の匂いを落とした。


洗いながら、自分は終わったと思った。

もし昨夜抱いたのが側室ではなく、私だったと伯爵様に知られたら。

私の侍女人生は確実に終わる。

伯爵様の失望した顔など見たくない。

いっそ、今すぐ逃げようか!


そう考えた矢先、ドアがノックされ、メイド長の声がした。

「アリス、今日は当番でしょう、まだ行かないの?」


私はできるだけ普段通りの声で答えた。

「すぐ行きます」


おかしい。

普通なら、この時点で伯爵様は異常に気づき、体面を気にして調査を命じるはずだ。

だがメイド長からは何の指示もない。


私は不安を抱えたまま書斎へ向かった。

道中、城内はいつもと変わらず、昨夜何も起きなかったかのようだ。

ただ一、二人の侍女が、昨夜伯爵様が夫人を長く寵愛したと噂していた。


「でも、夫人の声、ちょっと変だったわよね」

「伯爵様にとっては初めての奥様だもの」

私は足をもつれさせ、転びそうになった。



書斎に着くと、私は隅に控え、密かに伯爵様の表情を伺った。

予想に反して、伯爵様はいつもと変わらず、むしろ少し楽しげでさえある?

口角はずっとわずかに上がっており、時折何かを思い返しているようだ。


侍衛長がお茶菓子を持ってきた際、わざわざ私を呼んで食べるよう勧めてきた。

心臓が震え、これは処刑前の最後の晩餐かと思った。


「アリス」

今日の伯爵様の表情は格別に柔らかい。

「ソファに座りなさい」


断ることもできず、甘く美味しいお菓子を食べながら、不意に涙が溢れそうになった。

私は昨日伯爵様のベッドに上がり、大罪を犯したのに、伯爵様はケーキをご馳走してくださる。

伯爵様は本当にいい人だ。


「美味しいか?」

私は正直に頷いた。「ありがとうございます、旦那様」


視線をずらすと、テーブルの上にあの翡翠の指輪が見えた。

今が好機だ、いっそのこと――


私はドサリと跪いた。

「旦那様、告白しなければならないことがございます」

私は頭を低く垂れ、早口で一気に真実をまくし立てた。


伯爵様はしばらくしてようやく口を開いた。口調は淡々としていた。

「つまり、私が指輪を触ると、お前も感じるということか?」


信じてもらえないと思い、私はしどろもどろになりながら言った。

「今すぐ……検証していただいても構いません」


伯爵様は迷うことなく指輪を手に取った。

弄ぶ動作は緩やかで、視線は真っ直ぐに私に注がれている。

私は全身が火照り、恥ずかしさに襲われた。

後ずさりしようとした瞬間、伯爵様に引き戻された。


伯爵様の低く掠れた声が耳元に落ちる。

「もっと近くへ。そうでなければよく観察できないだろう」


私は足の力が抜け、うっかり伯爵様の膝の上に倒れ込んでしまった。

これは……伯爵様まで反応しているではありませんか!

慌てて飛び退こうとしたが、強く抱きすくめられ、腰帯が解かれた。


「アリス、どうもお前のこの腰つき、覚えがあるのだが?」



心臓がドクリと跳ね、火照りが一気に冷めていくのを感じた。

真実はとても言えない。話題を逸らすしかない。


「旦那様、検証は済みました」

「どうか、その指輪を私にいただけないでしょうか……」


言えば言うほど自信がなくなっていく。

伯爵様が軽く笑い、ゆっくりと私の顎を持ち上げ、目の前でその指輪を掌に収めるまでは。


「だが、私はわざとやっているのだよ?」

「アリス、どうするつもりだ?」


私は驚愕し、理解できず、脳内で高速思考を巡らせた。

わざと?

わざとくれないってこと?

それとも、わざと……


私はふと、メイド長が先日こっそり渡してきた春画を思い出した。

私と伯爵様の今の姿勢は、その中の一枚と酷似している。

私は激しく首を振り、下唇を噛み締めた。


「私はただの侍女です。すべては旦那様のお心のままに」


何と言っても、私の命は伯爵様が救ってくださったものだ。

私は幼くして両親を亡くし、祖母に育てられた。

その後、祖母が重病を患い、折悪く洪水に見舞われた時、村へ視察に来られた伯爵様が救済金をくださったのだ。

祖母が大往生した後、私は一人でこの地へ働きに出て、権力者に陥れられた。

その時も伯爵様が自ら公正な裁きを下し、素質があるからと私を侍女に取り立ててくださった。

私には大それた野望などない。ただずっと伯爵様をお守りできればそれでいい。


頭上からため息が聞こえた。

不思議に思って見上げると、伯爵様が呆れたように私の頭を小突いた。

「アリス、お前は本当に朴念仁だな」



伯爵様は指輪を私にくれようとはしなかったが、それ以来、指輪を回す回数はめっきり減った。

ただ、行動がさらに奇妙になった。


外出時、私は他の侍女と共に後ろに控えるはずなのに、伯爵様は私を馬車に乗せるのだ。

メイド長がその命令を伝えてきた時の眼差しは、意味深長だった。

侍女が主人の馬車に乗るのと、寝台に上がるのと何の違いがあるというのか。


私は悪あがきをした。「メイド長、聞き間違いでは?」

メイド長は頷き、言いにくそうにした。

「ご主人は、あなたが最近体調が優れないと仰っていたわ」


これはあからさまな挑発だ。

私は納得がいかず、身軽な動きを見せつけようとしたが、軽く跳躍しようとした瞬間、下半身が震え、無様に転んでしまった。

メイド長は複雑な表情で私を助け起こした。

「ご主人の仰る通りのようね」

「……」


私はやけになって馬車に乗り込み、伯爵様の笑みを含んだ目と合うと、すぐにうつむいた。

ああ、伯爵様はまたあのゲームを楽しみたいに違いない。

私は耳まで真っ赤になった。もし伯爵様がここでアレをしたら、どれほど恥ずかしいことか。


伯爵様は私の考えを見抜き、眉を上げた。

「なんだ、私が人をいじめるしか能がないとでも?」


そうです、と言いたかった。

私が事情を話して以来、伯爵様は私が顔を赤らめて喘ぐ様子を見るのを異常に好むようになった。

しかも私自身に「止めてください」と言わせるのだ。


「旦那様、外では、指輪を弄るのはやめていただけませんか?」

言ってから、自分が失言したことに気づいた。

私は最近、随分と大胆になってしまった。

伯爵様と交渉しようとするなんて。


しかし彼は怒るどころか、本当に指輪を小箱にしまい、にこやかに微笑んだ。

「では交換条件として、私にお菓子を買ってきてもらおうか」

くそっ、伯爵様のその笑顔は指輪よりも反則だ。



伯爵様の機嫌は秋の空のように変わりやすい。

お菓子を買いに行く前は機嫌が良かったのに、私が一袋のお菓子を隠し持っているのを見つけると、不機嫌になった。


「懐に入れているその大判焼き(紅豆餅)、私にはくれないのか?」

私は一瞬で冷や汗をかいた。

私が買ってきた五箱の高級菓子には目もくれず、なぜ私が隠し持っていた安物に目をつけたのか理解できない。


私はゆっくりとそれを取り出し、大人しく差し出した。

「旦那様、餡子はお嫌いでは?」

確かに伯爵様は嫌いだ。彼はその大判焼きの袋を開けようともせず、手のひらで重さを確かめた。


「これは、自分用に買ったものか?」

「……はい」


言い終わるや否や、私は馬車から蹴り出された。

あの大判焼きの袋ごと放り出されたのだ。

伯爵様の冷たい声がカーテン越しに聞こえた。

「自力で城へ戻れ」


私は長いこと考え込んだ。

休憩時間にその大判焼きをアンナに届けてもなお、伯爵様がなぜ急に怒ったのか分からなかった。

アンナはそれを頬張りながら、チッチッと舌打ちをして首を振った。

「あーあ、だいぶ潰れちゃってるわね。次はもっとちゃんと包んできてよ!」


次なんてあるものか。

アンナは突然私の肩を叩いた。

「伯爵様、あなたが嘘をついたのが分かって怒ったんじゃない?」


「まさか」

私は甘いものが苦手だが、伯爵様から賜ったものは全て平らげている。甘すぎて吐き気を催すもの以外は。

伯爵様が一介の侍女の好みなど覚えているはずがない。



伯爵様は私を捨てたようだった。

彼の周りには経験豊富で美しい侍女たちが配置され、私はメイド長の指示に従うよう命じられた。

しかし最近は平和そのもので、仕事がなく、私はメイド長のそばにいるしかなかった。


私が十三回目のため息をついた時、メイド長は耐えきれず、私に種菓子をひとつかみ押し付けた。

「どうしたの?」


私は心の内を話した。

「伯爵様は、私が不要になったのでしょうか?」

彼女はきっぱりと答えた。

「そうね」


私が何食わぬ顔で種菓子をかじるメイド長を無言で見つめると、彼女は平然と言い返した。

「側仕えから外されても、侍女であることに変わりはないでしょう?」

「お給料は減った?」


私は素直に首を振った。彼女の言う通りだと思った。

しかし、心のモヤモヤは晴れない。

メイド長は突然目を細めた。


「アリス、もしかして、ご主人のこと好きになっちゃった?」


私は頭が真っ白になり、無意識に反論した。

「まさか! 伯爵様は貴族で、私はただの侍女です」

「あんな高貴な方には、聡明で有能な貴人こそがお似合いです」


「もしかしたら、彼はバカな子が好きなのかもよ?」

「……」


私は言い返す言葉もなく、最後は憂さ晴らしの酒に付き合わされた。

深夜になっても憂いは晴れず、ただ酔いが回っただけだった。

メイド長が私を支えて帰路についた。


秋風が吹き荒れる中、彼女は屋根の上の方が涼しいと言い張り、私を引っ張って屋根を疾走した。

朦朧とする意識の中で「ここよ」という声が聞こえた。

見ると、メイド長が屋根の上に立ち――瓦を剥がしていた。


私は驚いて止めようとしたが、彼女は言った。

「ここは夫人の部屋よ。彼女の顔を見てみたくない?」


私は手を引っ込め、メイド長の隣に立った。

「一目だけ。見たらすぐ行くから」

室内の視界が広がり、私は身を乗り出して夫人の姿を探した。

しかし次の瞬間、背後から力が加わり、私は無防備なまま落下した。


背後の人物が手を払い、のんびりと口を開いた。

「足が滑ったわ」

「……」



メイド長の力加減は正確で、私はベッドの上に落ち、幾重もの天蓋に包まれた。

この状況、あまりに既視感がある。

私は夫人を探すどころではなく、すぐに跳ね起きて飛び去ろうとした。


屋根まであと一歩というところで、私は指輪の召喚を感じた。

二度あることは三度ある――

私は再びベッドに落下し、今度は起き上がることができなかった。


振り返ると、伯爵様が指輪をつまんでニコニコと私を見ていた。

終わった。夫人寝室への不法侵入は何の罪になるんだっけ?

首が十個あっても足りるだろうか?


伯爵様はゆっくりと私の前に歩み寄った。

「アリス、ああアリス――」


私は伯爵様が結論を下す前に慌てて口を開いた。

「旦那様! 私は――」

言い訳の余地すらないことに気づき、心は死んだようになり、震えながら懇願した。「死に方は選べますか?」


伯爵様は眉を上げ、頷いた。

私は混乱した頭で言った。「老衰がいいです」


伯爵様は呆れて笑った。

私は伯爵様の足元に縮こまり、顔を上げられなかった。

伯爵様が近づいてくる気配を感じ、彼は私の顔を無理やり向けさせ、温かい吐息が耳にかかった。


「なら、私が選んでやろう」


次の瞬間、体が宙に浮き、私は今夜三度目のベッドへの落下を果たした。

そして伯爵様は、私を見下ろしながら私の腰帯を解き始めた!


私はあの一夜の伯爵様を思い出した。

あの時も、こうして始まったのだ。

ただ、今夜の伯爵様は全く酔っていない。


「旦那様、これは――」

「逃げるな」


私は反射的に体を起こしたが、次の瞬間唇を塞がれ、伯爵様はいつものように息ができなくなるほど口づけをしてきた。

しばらくして、憤慨したように鼻を鳴らした。


「朴念仁への罰だ」

「私の気持ちを理解しないからだ」



伯爵様の想いはその夜、徹底的に示された。

翌日、私は痛む体を押さえてよろよろと部屋を出た。

今回は窓を越えることもできず、正門から出た。


侍女の宿舎に戻ると、メイド長が入り口で待っており、私が戻るのを見るやいなや、ゆっくりと傷薬を差し出した。

特効薬だ。

私は風の中で呆然と立ち尽くした。


「メイド長、どうして知ってるの?」

メイド長は笑った。「城内に存在しない夫人が現れた時からよ」


伯爵様の私への想いを知らなかったのは、私だけだったということ?

私は再び混乱した。

「で、どう思ってるの?」


私はその医院特製の極上の傷薬を握りしめ、なかなか口を開けなかった。

少し冷たい朝風が吹き抜け、ようやく頭が冴えてきた。

「恐れ多いです」


恐れ多いのだ。

嫌なわけではない。

だが、その巨大な身分格差だけで、すべての想いを封じ込めるには十分だ。

今のように伯爵様のそばにいられれば、それでいい。


その後、伯爵様からの遠回しなアプローチに対して、私は全て聞こえないふりをした。

何度か続いた後、伯爵様はついに腹を立てたようだった。

書斎への入室も禁じられ、指輪も弄らなくなった。

秋の狩猟にも連れて行ってくれなかった。


そうして三日が過ぎた頃、私は伯爵様が毒に倒れたという知らせを聞いた。



その瞬間、身分などどうでもよくなった。

急いで伯爵様のもとへ駆けつけた。

ベッドで昏睡状態にある人は眉を寄せ、青白い唇の端にはまだ拭き取られていない血の跡が残っていた。


四年間お仕えしてきたのに、たった三日離れただけで、どうしてこんなことに?

命令がないため、伯爵様のそばに長居することはできず、私は怒りに任せて護衛隊長のもとへ走った。

「どうして伯爵様が毒になど?」

「食事は三重の検査を通しているはず。数十人の侍女や衛兵は全員死んだのですか?」


メイド長はしばらく沈黙し、憂鬱そうに顔を上げた。

「裏切り者がいたのよ。三人捕まえて、その内の一人が吐いたわ」

「今回毒を盛ったのは、大奥様よ」


私は驚愕した。

伯爵様は大奥様とそれほど親しくはないが、普段は恭しく接していた。

伯爵様を毒殺して、大奥様に何の得があるというのか?


だが急務なのは解毒剤を見つけることだ。

メイド長の話では、すでに各所を捜索し、残るは大奥様の寝室だけだという。

私は直ちに志願した。


しかし、寝室に足を踏み入れた瞬間、それが罠だと気づいた。

大奥様は幾重にも重なる部下の後ろから私の前に歩み出てきた。

なんと慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。

「あなたがアリスね。服を脱いで見せてちょうだい」


私:「???」



まさか大奥様がいい歳をしてそんな趣味をお持ちだとは思わなかった。

私は死に物狂いで抵抗した。

結果、失敗した。


大奥様の視線が私の腰の後ろに落ちた。

そこには菱形の赤い痣がある。

彼女は何か吉事でも見つけたかのように高笑いをした。

一呼吸置いて、彼女はある装飾品ペンダントを取り出した。

それは私が棚の奥底に隠していたものだ。


「公爵家(一族の長)にはかつて愛妾がいた。二十年前、その妾は山へ祈祷に行った際に早産し、さらに洪水に遭って行方不明になった」

「公爵は長い間探したが、見つかったのは妾の遺体だけ。あの子の特徴を示すものは、このペンダントと痣だけなのだよ」


私の痣とこのペンダントのことを知っているのは、同じ部屋のアンナとメイド長だけだ。

私は瞬時に、伯爵様の近くにいた裏切り者が誰なのかを悟った。

だがその正体は、あまりに予想外だった。


小説にしか出てこないような展開が自分の身に降りかかるとは。

伯爵様は大奥様の実子ではなく、一族の長(公爵)によって擁立されたのだ。

それ以来、大奥様はずっと伯爵様と対立していた。

あれから四年、情勢は安定したと思っていたが、まさか大奥様がまだ権力の座を狙っていたとは。


大奥様は満面の笑みで私の顔を包み込んだ。

「これが天命というものよ。家族と再会したくはない?」


今のこの領地で、大奥様を除けば、公爵が最も権力を持っている。

彼女は公爵と手を組み、伯爵様を失脚させたいのだ。

そして私がその手形となる。


私は皮肉っぽく笑った。

大奥様も笑った。

「この毒の名は『アセス』。二ヶ月に一度発作が起き、六回目の発作で死に至る。私と手を組むなら、お前には栄華と富が約束されるわ」

その毒の名は聞いたことがある。天下の猛毒で、世に残された解毒剤は一人分しかない。



私は承諾した。

目的は、伯爵様のための解毒剤を手に入れることだ。


私は彼女の手配で公爵に会った。

六十近い老人は私を抱きしめて長いこと泣いた。

そして即座に大奥様との協力を約束した。

大奥様が満足して去った後、公爵は急いで私を親族たちに紹介しようとした。


私は笑って首を振り、身につけていたペンダントを彼に渡した。

「私はあなたの子供がどこにいるか知っています」

「ただ、三つの願いを聞き入れていただけるなら」


運命の人間は私ではない。

私の腰の痣は事故、三歳の時に薪で火傷したものだ。

ペンダントに関しては、以前アンナが村のゴロツキを追い払ってくれたお礼にと私にくれたものだ。

私には両親がいる。隣のおばさんに拾われて育てられた主人公は、彼女アンナの方だ。


私は地面に跪き、公爵に頭を下げた。

「一つ、伯爵様のために大奥様を排除していただきたいのです」

「二つ、アンナを大切にしてあげてください」


もし大奥様が私に騙されたと知ったら、その場で命はないだろう。

公爵はすべて承諾し、さらに褒美を与えようとしたが、私は丁重に断った。


去り際、私はこっそりと伯爵様の寝室に忍び込み、解毒剤を伯爵様に飲ませた。

薬効はゆっくりと現れる。私は伯爵様の寝顔を見つめ、鼻の奥がツンとするのを抑えきれなかった。


「旦那様、アリスは行きます」

「これからは、どうかご無理なさらず、休息をとってください。もしよろしければ、心の片隅にアリスの居場所を残しておいてください」

「ほんの小さな場所で構いませんので」


私は伯爵様の口角にそっと口づけをし、四年間心に秘めていた言葉をようやく口にした。

「愛しています」


その後、城内での権力争いの末、大奥様は失脚し、裏切り者は追放されたと聞いた。

その知らせを聞いた時、私は城から遠く離れた旅の途中にいた。

生死は運命のままに。

手元に残された唯一の宝物は、ただ一つの指輪だけだった。

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