お出かけ
桜と一緒に登校することにも、少しずつ慣れてきたその週の金曜日。放課後のざわめきが残る教室で、鞄に手を伸ばした瞬間、ふと耳元で声がする。
「ねぇ、以前話した遊ぶ予定だけど、明日でも大丈夫そう?」
吐息がかすかに耳に触れる。その感触に驚き、思わず上半身ごとのけぞってしまう。
「……そんなに避けられるのは、普通に傷つくんだけど」
「ごめん。つい条件反射で」
自分でも情けないと思いながら、頭を下げる。まぁ……いいけど。なんて返答が来たので顔を上げるが、まだ納得はいっていないようだった。
「条件反射っていうけどさ……望未達でも同じように反応した?」
「うん。こればかりは、多分同じになると思う」
そう正直に答えた。実際、涼花以外なら誰でも同じ様に反応するだろうな……。例え、近くに人の気配があると分かっていても、不意打ちだけは慣れない。ふと、小4の時に、本田さんを泣かせてしまったのを思い出す。
悪気はなかったのだが、距離を急に取ってしまい傷つけたことがある。ほんと、ごめん。本田さん。心の中で謝罪していると、彼女はこちらをじーっと見つめて口を開く。
「納得はした。……それで、返事は?」
「もちろん。問題ないよ」
そう伝えると、彼女はいつもの明るい口調に戻る。
「OK。じゃあ、詳細は望未の方から連絡するから」
「分かった。楽しみにしてる」
「うん。楽しみにしてて」
すんなりと話が進み、彼女は去っていった。が、どうしてだろう、クラスの視線が痛い。
(桜と一緒に登校してるのに、今度は東雲? しかも彼氏持ちだよな?)
そんな疑惑の視線がこちらに向けられている。ここで下手に弁解すると、火傷しそうなので、その視線に気づかないふりをする。その空気を切るように、有明が声を掛けてくれた。
「それじゃあ、帰りますか、連」
「そうだな、帰ろう」
なるべく自然を装って立ち上がる。背中に残る視線を感じながらも、振り返らずに教室を出るのだった。
***
翌日になり望未達と出かける日がやって来た。玄関で靴を履いていると、後ろから声が飛んできた。
「あれ? お兄ちゃん今日はお出かけなの?」
「うん!望未とその友人と出かける」
「りょーかい。夕飯までに返ってくるんだよね?」
「一応そのつもりだけど、いらなくなったら連絡するね」
そう返答して、俺は家に出た。集合前の約45分前に到着する。流石にまだ二人とも来ていないようで少し安心した。
駅前は休日らしい空気に満ちていた。周囲の人達もどこかにお出かけなのだろう。おしゃれな服装に身を包み、どこか楽し気な雰囲気を醸し出している。
あそこに見えるのはカップルだろうか?男性の方がさりげなく荷物を持ってあげ、女性が嬉しそうに微笑んだ。あっちは高校生くらいかな、みんな楽しそうに談笑していた。話題を振るためだろう、先頭を歩いていた男子が振り返った瞬間、誰かにぶつかりそうになる。
あっ————ぶつかる。そう思った瞬間、距離があると分かっているのに、思わず空中へ手を伸ばしていた。そんな自分と同じように、同級生らしき男子がその生徒の服を掴み、ぐいと引き寄せる。危うく接触するところだった体が、すんでのところで止まった。
はぁ、と小さく息を吐く。自分が関係しているわけでもないのに、胸の奥に張りつめていたものがゆるむ。当たりそうになった相手に、慌てて頭を下げる学生。相手は苦笑しながら「大丈夫」と手を振る。
相手の男性が去ると、件の学生は、仲間にいじられて恥ずかしそうに笑っている。ほんと、仲がいいんだな。そう微笑んでいると、急に声を掛けられる。
「なぁんで笑ってるの?かわいい子でもいた?」
そんな風に後ろから声がして、振り向くと、東雲さんと望未が立っている。
「いや、街の風景を見てただけだよ。それと、おはよう、東雲さん、望未」
「おはよう連君」
「まぁ、おはよう」
東雲さんは、少し疑ったような視線を向けてくる。いやホントに街の風景を見てただけなんだけどね。そう思いつつ、周囲を見渡す。
「……あれ?鏑木さんと日浦さんは一緒じゃないのか?」
何気なく尋ねると、東雲さんがにやりと笑った。
「今日は私達二人だけだけど?……あ、もしかして、二人のどっちかが気になっていたの?」
「いや、桜達と遊んだときは千夏達も一緒だったから疑問に思っただけだよ」
「へぇ~、そっかー」
わざとらしく目を細めて、こちらを観察する。どうしてこう、女子は恋愛絡みになると楽しそうなんだろう。……いや、男子も大概か。牽制とか探りとか、部活動によっては先輩が好きな人に告白するなという風潮があったりするし……。
東雲さんは、さっきの返答に納得がいっていないのか確認を含めてもう一度訊ねてくる。
「ホントに好きじゃないの?」
「うん、恋愛的は好きじゃないよ」
「……ほんと、みたいだね」
東雲さんはじっとこちらを見つめたあと、満足そうに小さく頷き、いつもの軽い笑みに戻った。
「にしても、かなりお早い到着でいらっしゃいますね?……そんなに楽しみだった?」
からかうような声音。言われて時計を見ると、まだ三十分も前だ。流石に付き合っていないのに、こんなに早く待っているのはおかしいか。ただ……
「それを言うなら、東雲さん達もでしょ……まぁ、俺は楽しみだったから早く来すぎたけど」
正直に言うと、東雲さんがにやりと笑う。
「ふふん。素直でよろしい! 私達も楽しみだったんだよ、連と遊ぶの」
「そっか、それならよかった」
「だから頼んだよ、連。私達の事楽しませてねっ」
なんて言って、バシッと叩かれる。意外にも東雲さんってスキンシップが多いよな。こういったところが男子に人気な理由なんだろうか。
ふと横を見ると、望未は少しだけテンションの高さに若干ついてきていないようだった。あんまり楽しみじゃなかったからとか?でも、服装はちゃんとこの日のために選んだ服、という感じがする。
もしかして、楽しみで眠れなかったとか?そんな都合のいい事を考えてしまう。それでも、いつもより少し違う雰囲気なのは確かで、何か一言くらいは言っておきたい気がした。
「望未の今日の服、いいね。。いつもみたいに柔らかい雰囲気だけど、少し大人っぽい印象もある。レザー系のバッグに、黒のブーツが凄く似合ってる」
「えっ……あ、ありがとう」
望未は少し恥ずかしかったのか、表情を緩めながらも少し俯いてしまう。もしかしてやらかしたか?そう不安に思っていると、東雲さんから肘打ちされる。やっぱまずったかと思って振り向くと。
東雲さんが「やるじゃん」と言わんばかりの得意げな顔をしていた。一応彼女的にはOKということだらしい。俺にだけ分かるように、にやりと口元を上げる。
「それじゃ、行こうか」
東雲さんが行き先の方に身体を向ける。
「うん!行こう!!」
望未も口元に笑みを浮かべながら頷く。その声は、さっきより少しだけ弾んでいた。俺もどこか胸の奥がくすぐったくなるのを感じながら、二人と一緒に歩いて行くのだった。




