閑話:桜と友人のやりとり
今日一日を思い返して、思わず頬が緩む。朝は一緒に登校出来て、満員電車のおかげで連を近くに感じる事ができた。ふわりと香った柔軟剤の匂いに、日なたのような少し暖かい体温。それが近くに感じられて……思い出すだけで、じわりと体温が上がるのが分かる。
……もう少し、近づけたらいいのに。そんな、欲張りな気持ちが出てきてしまって。気づけば、自分の制服の袖にそっと顔を近づけていた。もしかして、彼の匂いが少しでも移っていないかなんて、確かめるみたいに。
そんな自分の行動を、すれ違った人が怪訝そうな顔をしているのに気づいて、急に恥ずかしくなる。
(……ちょっと、変態っぽいよね)
頬が熱くなるのが分かり、思わずその場から小走りで離れた。軽く運動したことで、頭が少しすっきりする。そして思い出すのは、今日の放課後の温かな距離感。それと……かわいいって言ってくれた声。その言葉が頭に反芻され、思わず地面にしゃがみ込んでしまう。帰宅中なのに。
自分でも分かる程赤く染まった表情を彼以外に見せたくなかった。……何よりこの気持ちを自分だけに留めておきたかった。
以前よりは自然に会話が出来るようになってはいるけど……。やっぱりもっと距離を詰めたい。にしても、カッコよすぎるのずるいと思う。
少しむくれたように頬を膨らませる。思い出すのは、太陽の光が反射してキラキラと輝いた顔、ふとした時に微笑む慈愛に満ちた表情。そんな姿ばかり思い出して、自分の心臓が高鳴るのを感じる。気づけば、自然と笑みを浮かべて呟いていた。
(……やっぱり、好きだな。連のこと)
そう、自覚してしまう。ぎこちなかった距離感も自然と縮まって。一緒に勉強をする約束も出来た。本当は、自分から言おうとしてい、たのに彼から提案してくれて……少しためらいがちに、緊張しながら告げる表情がカッコよくて、、、でもその中に可愛さもあって、何とも言えない程、表情が緩んでしまう。
しばらく、そのまま幸せな余韻に浸るなかで、ふと冷静になる。
『私は彼に何を返せるのだろうか?』
そう考えてしまう。欠点が無い彼に私が与えられるものって何だろう。そう考えだして、少し落ち込んだ。だって私には返せるものが何もないから。
涼花ちゃんのように可愛らしくて、勉強を教える事も。千夏のように、誰かを元気づける事も。雫のように、自分の意見をはっきり伝える強さもない。
そう落ち込んで、私は小さく首を振った。落ち込んでちゃダメだよね。……だって、連は真っすぐな私を尊敬すると言ってくれたんだから。なら前を向かなくちゃ。
そう自分を奮い立たせる。顔を上げて、空を見上げると、少しだけ視界が明るくなった気がした。前を向き続ければきっと————ほんの少しは私を見てくれるはずだから。
……もしかして、連もこういった気持ちなのかな?釣り合っていないなんて言った時の、あの少し寂しそうな表情を思い出してそう考えた。
自分のことになると、自信がなくて。謙遜する。でもね、有明君の言っていたように、釣り合っていないのは、私の方なんだよ。そんな事を考えて、胸がちくりと痛んだ。でも同時に私が落ち込む様に、連も悩んでいるなら。私が、連に、自信をつけさせてあげることは出来ないかなって考える。
勉強を教えてもらって、それを褒めるとか。成功体験を多く詰ませるとか?いや、それ以前にどうして、あそこまで自信がなさそうなんだろう。
だって、学年1位の頭脳に、運動も出来て、球技祭で男子を1位に導くリーダーの素質もある。客観的に見れば、十分すぎるくらいすごいのに。だからこそ、彼のことが気になった。
以前話してくれたように、自分の気持ちを話してもらえるように仕向けるとか。でも、誰だって弱い部分を話すのは勇気がいるよね……私だって嫌われるかもって考えると怖いし。
それでも、やっぱりもっと距離を詰めたい。今日みたいに、少しずつでもいいから。私に出来る事を頑張りたい。そう考えて私に何が出来るのか考えるけど、全然考えがまとまらず。気づけば、家についてしまった。
玄関を開けて、一度深く息を吸う。一旦頭を切り換えよう。変に心配させるのは嫌だし、今日は連と一緒に勉強の予定があるから、それまでに明日の予習を終わらせよう。けど、その前に千夏と雫にお礼をしないとだよね。
私はスマホを持って、二人にメッセージを打ち込む。
「連といつも通りに話すことが出来た。二人とありがとう」
すぐに既読がついて、
「やったじゃん♪」
「それは良かったです」
画面の向こうから届く言葉に、胸の奥がふわっと緩む。
「ホント二人のお陰だよ、雫が私の為に連の気持ちを聞いてくれて、千夏がフォローしてくれたからだよ。本当に、ありがとう!!」
メッセージで伝えながら、私は頭を下げた。スマホを握る力を強めて想いが伝わればいいなと思いながら精一杯の気持ちを伝える。目を瞑りながら、半ば祈るような体勢の中、ピコンと返信の音がなった。
『友達だから、当然だよ』
そんな、二人からのメッセージにまた心が温まるのを感じる。心の中でまた、ありがとうと伝える。
「私に出来る事なら何でもするから言って。金銭面は難しいけど」
「なら、勉強を今度教えてください」
「あ、私も私も!!」
そう返答をくれる。本当に二人とも優しくて私にはもったいないくらいいい人だった。
「そういえば、連は何て言ってたんですか?」
雫にそう問われて、私は素直に答えてる。
「私に嫌われてなくて安心したって言ってくれた。それと、ずっと不安だったって」
「へぇ~、連ってそんなこと言うんだ」
「反省しているようで何よりです」
雫の文面から、腕を組んでうんうんと頷いている姿が浮かぶ。思わずくすっと笑ってしまった。画面越しなのに、ちゃんと二人の表情が見える気がする。
「それで、きちんとアピールは出来たんですか?」
「あっ……」
つい連の表情に気を取られていたことと、恥ずかしさから隣に座る事も出来なくて。
「さくら~」
そんなメッセージが飛んでくる。咎めるとまではいかないけど、忘れていたでしょ?と問いかけられているようだった。
「その……連の表情に見惚れてたのと、恥ずかしさから……忘れてました」
そう素直に伝えると、今度は二人からの返信が来なくなる。思わず画面を見つめるが特に、変化が無い。既読はついているよね。え、何かまずいこと言った?不安になった瞬間、
「まぁ、仕方ないよね。次がんばろっか」
「そうですね」
二人が優しくフォローしてくれる。ほっと息が漏れ、安心する。うん、次こそはそう意気込んでいるとメッセージが飛んでくる。
「なら、次に二人きりになるのは当分先か……」
そのメッセージに。
「一応、連と二人きりで勉強する約束はしたよ」
送信した瞬間。
「待って、どんなことが起きたらそうなるの?」
「詳しく!!」
「桜、今電話できる?」
そんなメッセージがポンポン飛んでくる。一体どれだけ早く打っているのか。そう思いつつ返答する。
「出来るよ」
そう伝えるとグループ電話が開始された。
「それでどういう流れですか?」
「えっと……また会えなくなるの、寂しいなっていったら、一緒に勉強しないかって誘われて……」
「それって連の方から?」
「う、うん……そうだけど?」
「マジかー、連の方からいったんだ」
「やりましたね、桜!!ナイスです」
「えっ……うん」
二人の盛り上がりに戸惑いつつ、それでも私も嬉しい気持ちで満たされる。
「そっか……連の方から提案したか」
「桜は案外、素のままの方がいいのかもしれませんね」
「うん、場合によるけど、基本は素の桜が魅力的なんだよね」
突然の褒め言葉に、戸惑っていると、
「それで、それで、次の予定はいつなの」
「一応、今夜だよ、電話しながらって感じて」
「やっる~」「やりましたね」
二人とも変にテンションが高い。どこか楽しそうにする二人に戸惑い質問する。
「なんか、二人ともテンション高くない」
そう尋ねると、
「あ~、夜になるにつれてこんな感じになっちゃうんだよね私達」
「そうです、そうです。気にしなくても大丈夫です。通常運転なので」
「そ、そうなんだ」
少し戸惑っていると、また千夏が質問してくる。
「桜の方はこれから予習して、連と勉強する感じ?」
「うん、一応明日の分含めて」
「そっか、なら続きは明日とかに話そうか。時間も限られていると思うし」
「うん、その方がありがたいかも」
ちゃんと、私のことを考えてくれる。こういう気遣いのできるところが、本当に好きだ。女性同士だと会話が長引くことがあるから、気遣ってくれるのはうれしい。電話が切れる直前。
『がんばって、桜』
二人の声が重なる。
「うん!頑張るね」
私は勢いよく返事をする。通話が終わり、部屋が急に静かになる。でも、不思議と寂しくはない。机に向かい、ノートを開き、予習を開始するのだった。




