近付く距離
桜と空き教室へと向かっていく。普段なら何気ない会話を交わすのに、今日はなくて少しだけ寂しい気持ちを感じる。廊下では他の生徒が楽し気に会話しているというのにな……。
ふと視線を向けても、ふいっと逸らされて、少し落ち込む。……まぁ、これも自分が口に出した言葉のせいなので、反省するしかない。
そんな気まずい空気の中、すれ違いざまに男子生徒が近づいてきた。丁度真ん中らへんを歩いているため、桜にぶつからないかと振り返った瞬間、男子生徒を避けるために、桜は俺の方へと近付いて来る。丁度触れ合うかもしれない距離感まで。
————————ッ!!
予想外の距離に、心臓が跳ね、驚きあまり声が漏れそうになる。すんでのところで唾をごくりと飲み込んで耐えた。
ちらりと横目で見ると、桜は特に気にした様子もなく、教室を出た時よりも距離が縮んでいた。心臓の鼓動が早まるのを感じつつ、それでも少し安堵する。
(まだ、嫌われてはいない……ってことでいいのかな?)
胸の奥に溜まっていた不安が、ほんの少しだけ軽くなる。けれど同時に、友達としての距離感をまだ測りきれていない桜らしい行動に、心臓が落ち着くことが無かった。近くなった距離感に、
……まぁ、これが桜らしいのかもしれないな。
そう思い、自然と苦笑がこぼれる。……確かに、こんな距離感だったら勘違いする人もいるよな。少しだけ甘く、くすぐったい感情を抱えたまま、俺達は歩いて行く。
空き教室について、教室の中に入る。昨日と変わらないのに、どうしても緊張感を感じてしまう。桜の方もそれを感じているのだろう。昨日の様に隣に座るのではなく、対面の席に向かって歩いている。
謝るならこのタイミングだよな。そう思い、意を決して口を開く。やけに、喉が乾燥しているのを感じながら、言葉を口に出した。
「今日の朝はごめん。桜に対して、拒絶するようなことを言って……」
そう伝えると、桜はきょとんと首を傾げながら、間をぱちぱちさせてこちらを見つめる。
「……? 別に怒ってないよ」
その表情は戸惑いの色が強く、本当に怒っていないようだった。その反応に俺も首を傾げてしまう。どういうことだ?目線はさっきから合わないし、何より
「あの時、顔を真っ赤にしていなかった?」
そう恐る恐る聞くと、ボンッと音がしそうな勢いで顔を赤らめて、背筋をただした。かと思えば今度はしおらしく縮こまって、少し口ごもりながら口を開いた。
「あれは、その……かわいいって言われたから照れてただけで……」
顔を赤らめながら、手元で指を絡ませる。……いや、可愛すぎるでしょその反応は。思わず自分まで顔が赤くなってくる。しばらく無言の時間が訪れる。
始めて知り合った時の慣れない感じに似ていて、でも恥ずかしくも本音で伝えてくれる彼女らしさに少しずつ気持ちが落ち着いてくる。同時に心が満たされ、さっきまでの不安が、ゆっくりと溶けていく。でも、そっか……
「桜に嫌われてなくて、安心した」
噛みしめるように、その言葉が漏れていた。その言葉に桜が顔を上げ、目を見開いて見つめて来る。
「……そんなに、不安だったの?」
目をパチクリさせながら、桜が不思議そうに訊ねて来る。もちろん、不安だったのかと聞かれたら、今日一日はずっと桜のことを考えるくらいにはずっと気にしていた。
授業中や休み時間も、気付けば視線で追ってしまうくらいには、不安だった。ふと笑っている顔が見れただけで、胸の中にホッとする気持ちを抱いていた。
……さすがに正直に伝えるのは恥ずかしいから、言えはしないけど、素直な気持ちの部分だけは伝える。
「うん、不安だった。……桜と過ごす時間は楽しいから、失うことが怖かった。何より、桜を悲しませるのは嫌だったから、安心した」
言い終えると、少しの間沈黙が落ちた。しん、と小さな沈黙の中で、やけに自分の心音だけがはっきりと耳に響く。
……何か、まずいこと言ったか?
返答がないことに、不安がよぎり、恐る恐る視線を上げる。そに映るのは、柔らかい笑みを浮かべ
「そう……なんだ」
そう、少し恥ずかしそうに呟いた彼女の姿だった。目が合うと、照れながらも笑みを浮かべる彼女の姿があり、俺も釣られるようにして微笑んだ。
……ああ。やっぱり、こういう顔を見ると安心するな。桜は嬉しそうにしながら、
「そんなに気にしてくれてたんだ……」
そうぽつりと声を零す。はにかむような笑顔に、また心臓が高鳴った。……かわいいってのは当然だよな。表情が豊かになった彼女から、つい目が離せなかった。俺の安堵した表情を見てだろう、くすっと笑いながら桜が続ける。
「連も心配しすぎだよ……私が、連を嫌いになる事なんてないのに」
そう笑って告げる彼女は、言い切ったあと、自分の言葉に気づいたのか、一瞬固まり————恥ずかしそうにみるみる頬を赤くする。その様子が愛おしくて、同時に正面から思いを伝えてくれる彼女に感謝もしていた。だから、
「ありがとう、桜」
そう伝える。桜は戸惑いつつも、
「うん」
そう頷いた。そして何かを決意したようにこちらを向いて、
「連も、私が困った時に助けてくれてありがとう。それと……もしもさ、連が困ったことあったら相談してよ。私に出来ることなら何でもするから」
「うん、その時は頼らせてもらおうかな」
「うん!!!」
桜は嬉しそうに頷いた。それから俺達は球技祭の内容について話していく。
「にしても、女子の方もすぐ決まったのは意外だったな」
「そうだね……あのあと、白峰さんと東雲さんの方でまとめてくれたみたいなんだ……」
そう、少し悲し気な表情をする。思い当たるのは、球技祭での出来事で、もしかして嫌な競技とか、押しつけれられたことがあるのか。陰りのある表情に心配になり、聞いてみる。
「……もしかして、出たくない競技に無理やり入れられたりした?」
「え?そんなことないよ、千夏達のおかげで出たい競技に参加できるし……」
「そう……なんだ」
……?てっきりまた押しつけられたのではないかと心配したがどうやら違うようだった。少し小首を傾げて不思議そうに見つめる桜に直球で聞いてみることにする。
「ごめん、少し悲し気な表情をしていたから、てっきり嫌な競技に参加するのかと勘違いした……」
桜は一瞬きょとんとして、それから慌てたように俺を見て、少し俯きながら告げる。
「……えっと、心配かけてごめんね。その……単純に連とこうやって話す時間が無くなるから、少しさびいしなって思って。……うん、それだけ」
誤魔化すように照れ笑いする彼女に、胸が締め付けられる。もしも、桜がいいなら、そう思い緊張しながらも提案してみる。
「もしもの話だけどさ。桜が良ければ、放課後たまに勉強会するとか……嫌じゃなかったら、帰宅後に通話しながら勉強するとか……どう?」
「え?いいの!?」
「うん」
俺の心配とは裏腹に彼女の表情がぱっと明るくなる。その姿にホッとし、つい笑みが零れる。提案して良かった。そう思いながら、俺達は時間が許すまで一緒に話した。
前半は体育祭の競技について。誰かが無理をしていないか、押しつけられていないか話、後半は互いを知るための話をした。
やっぱり楽しいな。元の、いや今まで以上に仲が深まったのを感じながら、一緒に過ごす。その間に見れた、桜の色んな楽しそうに笑う顔や、戸惑って視線を逸らす姿、少しだけむくれる表情などを見ることができ、その全てに愛おしさを感じた。
下校時間近に、俺達は先生にプリントを提出し、一緒に帰宅する。朝よりも、ほんの少しだけ近い距離で。




