反省会
丁度2限目が終わった頃。ようやく朝の地獄のような空気感がなくなった時を見計らって、千夏がこちらにやってくる。1限目の終わりはまだ若干緊張感があり、こちらを窺う人がいたからこそ、このタイミングなのだろう。
桜の様子はどうかと窺っていた先程の休み時間。その終わり頃には、笑っている姿が見れた。その姿を見て安堵すると同時に、千夏と雫に感謝していた。いつだって、フォローしてくれるのだから。
その対応力は見習わないといけないな。素直に、そう感じる。
「連も大変だったね、朝から」
「まぁ、自分が失言したんだからね。それとありがとな、千夏」
「ん?……なにが?」
本気で分かっていない顔をする。自分の優しさに鈍感なのが、いかにも彼女らしくて、思わず頬が緩む。
「さっきの桜のことを含めて、いつもフォローして貰ってるからそのお礼かな。今度何かおごらせてよ」
「いいの、高いもの頼んじゃうかもよ」
「流石に数万はきついけど、1万くらいまでならなんでも」
「いやっ、流石にそこまで求めてないけど!」
驚いたように目を丸くして、冗談だよね?と疑う視線を向けてくるところが彼女らしい。他の人ならいいのっ!と食いつきそうなのに、千夏はどこまでも謙虚だった。
「それで何か欲しい物とかある?」
そう尋ねると、千夏は少しだけ考え込んだ。それから、俺の顔色を窺うように、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「ねぇ、それって私一人じゃなくてもいいの、例えば皆と遊びに行った時とか」
「まぁ、千夏がそれでいいならいいよ」
「わかった。少し考えておく」
千夏はそう嬉しそうに微笑んだ。俺はきっと千夏のこういった友達想いな所が好きなんだろう。誰かと嬉しい事、楽しいことを共有することが好きだと思えるところが。
「それにしても、桜には後で謝らないとな」
「……それはどうして?」
千夏はさっきのことがあってあえて問いかけているのだろう。何が原因なのか口に出してと。
「だって桜に気まずい表情をさせたどころか、怒らせてしまったし?」
「そんな怒っていないと思うよ、桜は」
「そうかな?最後には千夏の後ろに隠れていたと思うけど……」
「あぁ~、そう言えばそうだったね」
と歯切れの悪い回答をする。まぁ、千夏からは表情が見えていなかったもんな。さっきも笑顔を見ているからそう言えるんだろう。
「千夏もごめん。心労をかけて」
「……? もしかして、私も連に怒っている思ってる?」
図星を突かれて、少しだけ言葉に詰まる。
「そうだな。……あの時の視線は鋭かったし……」
「あぁ、あれは猿渡に対して怒っていたの。だって、自分の気持ちは自身で大切にするべきなのに、それを自白させるようにしたから」
そう言って猿渡の方を一瞬チラッと見つめる。そして柔らかな笑みを浮かべるて千夏が口を開いた。
「それに連も真面目過ぎだよ。それを聞く猿渡はどうなんだ?って返せばいいのに……正面から答えるなんて、変に真面目なんだから」
そうくすくすと笑った。うっ……痛い所を突かれて素直に納得する。桜に対する想いを正直に答える必要なんてなかったと。
……はぁ、次からはそうしようと心に深く留める。俺が落ち込んでるのを見てか、千夏がくすっと笑って告げる。
「ちなみに連は私に対してもそんな風に思っているのかな?」
「……勘弁してくれ」
そう伝えると、くすくすと楽し気に笑った。揶揄われているのは分かるけれど、その奥にほんの少しだけ、何かを確かめるような色が混じっている気がした。
いや、気のせいだろう。そんな事を考えている中、千夏は口を開く。
「まぁ、昼休みは一緒にご飯食べたりして、謝るのは放課後にすること」
「いや、すぐに謝った方がいいんじゃ……」
「連が私よりも女心を分かるっていう自負があるなら止めないけど」
ぐうの音も出ない。
「素直に従わせていただきます」
「うむ。……それじゃあ、次の授業の準備があるから、また」
「うん、また」
そういって、千夏は自分の席に戻って行った。
***
迎えた昼休みは、結局桜と目の合うことがない、気まずい状況で、放課後を迎えた。
うん。マジでどうしたらいいのだろうか。放課後のホームルーム中、ずっと考えているが答えは全く出ずに、時間がやって来る。
俺の方へと近付いて来る桜に視線を向けると、目があった瞬間、フッと視線を逸らされる。それでも桜は真っ直ぐ俺の元へとやってくる。
丁度、人一人分が開いている距離まで、近づいてきた。
こんな時でも自分の役割を全する責任感に、尊敬の念を抱く。今も視線を彷徨させる彼女に向かって、俺は先に口を開いた。
「もし、都合が悪かったら明日以降に話し合うか?」
「えっ……どうして?」
どうしてって、そんな気持ちが込み上げる中、先程まで全く合わなかった目と目があった。少し不安そうに見つめてきて、その瞳は少し揺れている。
目に涙が浮かんできそうに見え、途端に鋭くなる雫の視線に背筋を伸ばし、素早く返答する。
「期末まで1ヶ月近いし、もし勉強に集中したかったらってだけだよ。問題なければ俺は……桜と一緒に話したいんだけど、いいか?」
そう伝えると、ぱぁっと、花が開くみたいに表情が明るくなる。どこか眩しく感じる中で、桜は嬉しそうに答える。
「うん。もちろんいいよ」
桜の明るい反応とは裏腹にクラスの男子からは刺すような、もう諦めたような視線が見受けられる。流石に朝のような事態には巻き込まれたくないのだろう。誰も突っ込んでは来なかった。
そんな中、雫だけが、うんうんと満足そうに頷いているのが視界に入る。未だに緊張感を感じる中、俺と桜は並んで教室を出る。向かうのはいつもの空き教室。皆の視線を感じながら、それでも、どこか楽しみにしている自分がいるのだった。




